第32話 キック

 ハナちゃんが放ったモフモフサンダーは、狼たちに炸裂した。

 だが、全員というわけにはいかず、倒れたのは2体だけだった。

 他の狼の動きは止まったが、それが雷撃で動きが鈍ったのか、敵を見定めて構えているのかは判断がつかない。

 そして……


『まだ増えるの?』


 さらに4体、煙とともに狼が現れる。

 最初より増えている。


『でも、まだ行くよっ、モフモフサンダーっ!』


 大きな音をたて、再び雷撃が狼の集団に着弾する。

 なお、後でリルちゃんから「狼の遠吠えより雷の方がうるさかった」と言われて落ち込むハナちゃんだったが、この時点ではそんなことは気にしている場合ではない。

 今回はほぼ半数が倒れ、残りは5体。

 同行している狩人のリーダーは、とどめを刺そうと近づくが、無事な狼に阻まれて進めない。


「わしらに任せよ」


 南から、パイ爺のチームもやって来た。

 前衛を任せられる大蛇が現れたことで、戦況は良くなる。

 前に出たパイ爺が敵を引き付ける。

 長さでいえば10m以上あり、太さもハナちゃんの胴回りぐらいある。

 そんな大蛇が、シュルシュルと近づき、噛みついた後に首に巻き付き、圧迫して血流を止めて絞め殺す。

 さらに、巻き付いていない部分をピタンビタンと暴れさせて他の狼をけん制する。

 そして、3人に増えた狩人は、弓で残りの狼をけん制する。

 この場では倒れている狼にとどめを刺すことよりも、動いている狼の動きを止めることに集中している。

 そしてハナちゃんは……


『ううっ、やっぱりつらい……』


 全身を撫でまわして、モサモサリカバリーを発動する。

 光に包まれ、乱れた毛並みが、まるで丹念にブラッシングをした直後のようにふっかつする。

 同時に、ハナちゃんの心に深刻なダメージを与える。

 もう二度とモサモサリカバリーを使いたくないような重い気持ちになり、同時にすぐにでもモフモフで癒されたい衝動が湧き出てくる。

 モフモフ、モサモサ、モフモフ、モサモサ……この永久機関ともいえるループをたどりかねないモサ芸は、やはりモフ芸の暗黒面ダークサイドと呼ばれるにふさわしい。

 だが、それによりハナちゃんのMP(モフの方)は最大にまで回復した。

 戦況は、こちらが有利だ。

 しかし、今……

 また遠吠えが響き、新たな狼が5体出現する。


「やはり、親玉を何とかしないと……ハナちゃん、いけるか?」


 狩人のリーダーさんが、ハナちゃんに聞いてくる。

 彼自身もマイルズ、ナイルズも狙っているのだが、親玉たる狼はうまく逃げ延びている。

 乱戦であり、そこに突っ込んでいくのは狩人の装備、接近戦の技量では難しい。

 パイ爺は主に足止めと敵を引き付けることを重視して戦っているため、突っ込んでいくことはできない。

 それによって、後衛に接敵させては前に出た意味がないからだ。


『やってみます』


 ハナちゃんは、目覚めた新しい異能をこの実戦で試すことを決意した。

 二足歩行からしゃがんで左の膝付近をモフモフする。

 たちまち、両足に雷の光がまとわりつくように出現する。

 この異能は、短時間ではあるが、ハナちゃんにとんでもない脚力をもたらす。

 練習でやった時は、あまりの速度に二歩目で転んだ。

 ゴロンゴロンと転がっていったが、幸い空き地でやっていたのでどこにもぶつからなかった。

 当然、どろどろになった毛並みを整えるためにモサモサリカバーが使用された。

 練習により、何とか数歩は転ばず走れるようになったが、移動手段としてはまだ改善すべき点が多い。

 一度、ジャンプしてみたら立っている木の先端ぐらいまで跳べた。

 こんなに高くから落ちて着地はどうしよう、と思いついた時には地面が迫っていた。

 とっさに、両足を思いっきり地面にたたきつけたが、それによって空き地に大きなクレーターができてしまった。

 つまり、この新しい異能は、早い踏み出しに加えて抜群のキック力ももたらすのだ。

 ということで……


『モフモフキィークッ!』


 ハナちゃん命名、モフモフキックが爆誕した。

 しかし、悲しいかな。

 タヌキの足は短いのだ。

 従って、実際に目当ての狼に叩き込まれた時にはショルダータックルになっていた。

 残念ながら今の段階では『モフモフキック(笑)』であった。


 ギャン


 予測しがたい攻撃を食らって、親玉とおぼしき狼はハナちゃんの巨体につぶされ、悲鳴を上げた。

 ハナちゃんは、無理な体勢ですっ飛んでいったことと、ぶつかったことでゴロゴロと転がっていった。

 非常識な光景に、人間(+蛇)側も、狼側も、あっけにとられたが、そんな場合ではない、ということですぐに従前の戦いを続けた。

 当の、親玉であるらしい狼は、よろよろと立ち上がると……

 一目散に逃げだした。


『あっ!』


 そうだ、いまこの村は守りの力が失われている。

 それに、元々中に入った魔獣は一瞬で村の外に弾き飛ばされるわけではなく、単に出たら中に入れないというだけだ。

 そして外には深い森が広がっている。

 ここで逃してしまったら、また力を蓄えて同じことを繰り返すかもしれない。


『ここはっ』


 起き上がったハナちゃんは再び足をモフモフした。

 まるで静電気が起きてそうなっているかのように、足を雷光が包んでいく。

 そしてハナちゃんは、足を踏み出した。

 過去最高記録である五歩の加速を経て、踏み切ったハナちゃんは狼の後ろ姿に一直線に飛んでいく。


――そうだ、ここで……


 滞空時間に余裕があるハナちゃんは、体をくるっと回して、足を前に出す。

 元々、寝たきりで運動神経のかけらもなかったはずのハナちゃんだったが、実は生まれ持った感覚は優れていた。

 一切発揮することなく前世は死んでしまったわけだが、自由に動ける元気な体を手に入れて、毎日一生懸命動き回っていたことが、ここで奇跡的にかみ合ったのだ。

 雷光を纏ったままのハナちゃんの両足は、まっすぐ狼の体に突き刺さった。

 『モフモフドロップキック』――今度は、誰に恥じることもないキックである。

 さっきの体当たりと違い、キックをまともに受けてしまった親玉の狼は、吹き飛ばされて転がった。

 どこか骨折してしまったのか、起き上がろうともがくも、上半身を起こして牙をむくのが精いっぱいだった。

 狼の体がクッションになったのか、ハナちゃんはすぐに起き上がることができた。

 にらんでくる狼と目が合う。


『ごめんね』


 ちょっとかわいそうだと思う気持ちもある。

 彼らも、この超樹海の中で、必死に生きてきた生き物なのかもしれない。

 たまたま知恵が回り、ダンジョンを活用して強くなることに成功した、狼の中では英雄なのかもしれない。

 だけど、村を襲ってきて、幸いまだ死者は出ていないにせよ、村の誰かを噛み殺す可能性を考えると、ハナちゃんにも譲ることはできなかった。

 いままで、落ち着いた状態で敵にとどめを刺したことは無い。

 タイキたちを助けにいった先では、もしかすると何匹化はハナちゃんがとどめを刺したのかもしれないが、その時はそのことを気にする余裕がなかった。

 タイキやエリザベス、ナイルズが無事かどうかで頭がいっぱいだったのだ。

 あの時のことを除けば、ハナちゃんはしびれさせるだけで、とどめは周りの人がやってくれた。

 でも、今、この場においてはハナちゃんがやらなければならない。

 誰かを待っていて、また狼を呼び出されてはかなわない。

 だから……

 ハナちゃんは、覚悟を決めて、左手を狼の体に押し付けた。

 狼が噛みついてくるのを、ハナちゃんは甘んじて受ける。

 肩に痛みを感じ、血が流れるのを感じながら、ハナちゃんは異能を発動した。


『――モフモフサンダー』


 バチィィ、と直接狼の体に電撃が走り、噛みついていた牙から力が抜けるのを感じる。

 ハナちゃんの毛並みはモサモサで、狼の毛並みも電撃で逆立ってモサモサだった。

 ハナちゃんは血が流れる肩の傷を手で押さえて、その場に立ち尽くしていた。

 狼の体はいつまでたっても消えない。

 

――ああ、私はこの手で一つの命を奪ったんだね……


 そのことを、今ハナちゃんは実感として反芻していた。

 遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえる。

 ハナちゃんは、気持ちを切り替え、駆け寄ってくる村のみんなを出迎えた。

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