第33話 小さな村の小さな家
一章最終話です。
とりあえずですが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
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村の危機は去った。
ハナちゃんが狼の親玉にとどめを刺したと同時に、狼の集団の大半が消えてなくなってしまったのだ。
残った数体の狼魔獣は、圧力の減ったゴロー、タイキなどによってすぐに退治された。
結局、今回の村への襲撃は総勢30体以上というものだったが、死骸が残る魔獣だったのは親玉とあと3体のみだった。
「それだけ、向こうの戦力を削ることに成功していたということじゃろうな」
今、けがの治療で横になっているハナちゃんに、診療所の主であるパイ爺が説明してくれた。
あの後、出血と急に気が抜けたので、ハナちゃんは気を失ってしまった。
駆けつけてきた男たちは驚いたものの、何とか応急処置をして、荷車に乗せて診療所に運び込んだのだ。
すでに隠れていた村人は表に出て来ており、荷車の上でまるで狩られた獲物のようにぐたっとしているハナちゃんの姿を見て心配した者も多かった。
そんなわけで、目を覚ましたと聞いた村人が診療所に詰めかけたが、パイ爺の一喝で追い出され、いま中にはハナちゃん、パイ爺、エリザベスの三人しかいなかった。
「後始末は大変じゃないですか?」
もう今は変身もして少女の姿で座っているハナちゃんが質問する。
パイ爺に借りた服の前襟の合わせ目から、包帯が覗いているのが痛々しいが、元気な様子だった。
「そうでもないみたい。死骸は四体だけだから、もう片付け終わっているわ」
「もうアンカーも再設置したから、ハナちゃんはゆっくり休んでおくのじゃ」
「……そうします」
とりあえず動けないほどの重傷ではないが、変化後でも、くっきりと狼の牙の跡がついていた。
雑菌の問題については、負傷より病気の方を得意とする異能のため、パイ爺の処置で間違いはないだろう。
パイ爺が「手伝ってくる」と言って外に出たあと、ハナちゃんはエリザベスに切り出した。
「これで終わりなのかな……」
「そう願っているわ」
「……私、生き物を殺したの初めてかもしれない」
気を許したエリザベスを前にして、ハナちゃんは気になっていることを口にした。
時間が経てば、自分の中でも消化できるのだろうが、エリザベスであれば、どう向き合うべきか教えてくれる、あるいはヒントをくれるのではないかと考えたのだ。
しばらくして、口を開いたエリザベスはこんなことを言った。
「エルフはね……と言ってももう純血なんてほとんど残っていないから、私も聞いた話なんだけどね……」
そういえば、パイ爺がそんなことを言っていたのをハナちゃんは思い出した。
この世界にも、エルフやドワーフといった、人間と明確に違う特徴を持つ人たちがいて、だが彼らは自分たちだけで生き延びることができず、他種族と交じり合って生きているのだそうだ。
そして、エリザベスはそのエルフの血が流れていると、パイ爺は遠征先で言っていた。
「……彼らは、元々森の奥でひっそり暮らしていたの。で、森の奥だから農業もできないし、移動するわけじゃないから狩猟だって狩りつくしたらおしまい。だからいつも飢えていたって聞いているわ」
一般には、森の奥に住む神秘的な種族という見方をされているが、実態はそのような悲惨なものだったらしい。
「それで滅亡寸前まで行って、しょうがなく外の人間と取引をすることで食料を手に入れたの。でも、他種族の力を頼って生き延びたことを屈辱に感じるエルフもいたみたいでね、『我々は殺生をしない、道徳的に優れた種族だ』なんて言い出したのよ」
「……でも、それって……」
「そう、結局自分で狩らなくても買った肉を食べていることには変わりないわ。単に生き物を殺すのを目にしなくなっただけで……」
実際に、狩人以外は動物が狩られるところなど見たことは無いだろう。ただ、エルフの場合は、狩猟自体を他種族に丸投げしたことで、そのような偏った見方が生まれたのだという。
「……で、この話が教えてくれるのは、嫌なこと、汚いことを遠ざけても、それが自分たちにとって必要なことだったら、その責任から逃れられないということなの。だから、ハナちゃんが狼を殺したことに罪悪感があるなら、それはこの村の全員で分かち合うものだと思うわ」
「……そう、なのかな……」
「むしろ、嫌な仕事、みんながやりたくないことを体を張ってやったハナちゃんは偉いわ。そう思っておきなさい」
「……うん、ありがとう」
「さ、ケガしているんだから早く帰って休みなさい。後のことは私たちに任せて」
そう締めくくったエリザベスに付き添われて、ハナちゃんは宿舎の自室に戻った。
さあ、休もうと思った時、ハナちゃんは気づいた。
「これって……寝てる間に元に戻ったら包帯ダメになるよね?」
締まらないが、このままでは包帯が体に締まるので、再度診療所に足を運ぶことになった。
◇
この事件はこれで終わりになった。
モリノミヤ村に平穏が戻る。
あの狼の親玉は、解体したところ魔物としての魔石が体内に見つかった。
本来この物質は血液に交じって液体となっており、死とともに血管の途中で固まって大きくなり、石のようになる。
ところが、この狼の魔石は二つ見つかった。
一つは心臓近くの太い血管の中。
これは通常のものだ。
もう一つ、これは頭蓋骨の中に見つかった。
頭の血管は細いため、通常魔石が固体化する場所としては考えられない。
「誰かに埋め込まれたか……」
パイソンはそのように言ったが、では誰が? ということは分からないままだった。
「ふむ、こちらの方が徒党狼のものだろうな」
大きさを見て、ゴローがそのように言う。
彼が徒党狼のものと言ったのは頭から出てきたものだ。
「何かよからぬことを企んでいる者がいたということか……」
魔獣の中に魔物の魔石を埋め込む。
このことで魔物の能力を使える魔獣を生み出す。
そんなことを魔獣や魔物がやるわけがない。
おそらく、そのような実験をした悪い人間がいたということだろう。
「この後、何もなければいいんじゃがのう……」
パイソンが不安そうに言う。
「やれやれ、しばらく遠出は無しだな」
「そうしてもらえると助かる」
二人の転生者は、警戒と情報収集が必要ということで合意し、村のために動くことにした。
◇
「すごーい」
夏が過ぎ、秋風が心地よい時分。
ハナちゃんは真新しい家を見て、歓声をあげた。
前から建てられることになっていた、タイキとエリザベスの新居……ではない。
二人の家はその隣に建っていて、村の他の家と同じく家族が暮らせる大きさの家だ。
この家は、村の守りに貢献したハナちゃんに、村の人たちがお礼として建ててくれたものだ。
タイキたちの新居を建てるために外から呼んだ大工さんに、村長たちが追加でお金を出し、少しでも安くなるように、とニルさんが彼らに無料で食事をふるまい、他の村人も森から木を切り出したり、力仕事を手伝ったり……
そのような経緯で、一人用の小さな、それでいて居心地の良さそうな家が建ったのだ。
ハナちゃんは当然建てられている間も現場を見て知っていた。
しかし、出来上がりを驚かそうと村人が示し合わせ、もうすぐ完成というあたりで、タイキとエリザベスがハナちゃんをシンオオサカに連れて行ったのだ。
もう、ダンジョンを連れて歩くことに不安のないハナちゃんだったので、一度見に行ってもいいだろうという判断もあった。
超樹海最大の町は、ハナちゃんにとって初めてのことばかりで驚きの連続だった。
ダンジョンゲートの真上に高くそびえる鉄塔『シンオオサカタワー』。
土台は頑丈に作られて、4つの足はゲートの建物を囲む太いもので、その間は広場になっている。
非常時には避難場所になるために、上には人が入る広間が数層にわたってもうけられ、普段は催し物会場として利用されている。
そして広場の周囲の建物も高い。
鉄筋コンクリート造りの建物は、ここが中世並みのファンタジー世界というよりは現代に近いということを思い出させるものだった。
そして、地下の区画。
ダンジョンの利用が進んでいると聞いていたが、物流の基点となっているシンオオサカ地下は、人と物が大量に行き来しており、地上以上の賑わいを見せていた。
そんな大きな町で、ハナちゃんはタイキとエリザベスに連れられ、探索者の協会やいろいろな店に足を運んだ。
リルちゃんをはじめとして村の人たちへのお土産もたくさん買って、ハナちゃんはモリノミヤ村に帰って来た。
そして今に至る。
小さな家にみんなで入ってみると、中央部に大きなテーブルがあった。
「これって……」
「ちょうど入れ替えの時期だったんで、中古で悪いけど、新しく買うこともないかと思ってね」
ニルさんの贈り物だったらしい。確かに、食堂のテーブルと同じものだった。
「ありがとうございます」
「ちゃんと磨いてきれいにしたは私なのよ」
リルちゃんが付け加える。
「ありがとう」
部屋は暖炉とその右に作業用の机があった。
そして、左側は仕切りがあって、空間はつながっているものの、入り口から奥は見えなくなっている。そちらが寝室だろう。
部屋の中はそれ以外は家具が無かったが、それは後でそろえていけばいいだろう。
ともかく、これでハナちゃんはこの村に本格的に定住することになった。
なお、のちにゴローからも新築祝いがあった。
「どうだ、ぴったりだろう?」
「……ありがとう、でも、欲を言うと女の子だとよかったけど……」
「何を言う、タヌキの置物と言えばこれだろう?」
「……そうなんだろうけど……」
かくして、玄関の脇にタヌキの置物が鎮座することになった。
金運の象徴たる大きな金袋は、ハナちゃんのお気に召さなかったようだけれども。
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