ドートンボリ編(仮)
第34話 ドートンボリの3人組
ウメチカ超迷宮。
その中でもドートンボリの町付近のとあるフロアで、一見してイロモノであるパーティが探索を行っていた。
「行くでえ、射線かぶんなや!」
『おっけー』
「問題ない」
目の前にいるのはゴブリン。
ダンジョンの1層、2層でよく見かける彼らは、もちろん魔物であって、地上のそれとは違う。
地上のゴブリンは、知的人種の一つではあるのだが、森の奥で集団生活をしていて人間やその他の種族とはあまり交わらない。
中には、人間と友好を結んだ集落もあるらしいが、一般的には互いを避けた生活をしている。
原始的ではあるが、社会性があり、森の一部を支配地としている彼らだが、森の魔獣に比べれば弱く、それに対して防護を固めているらしい。
また、先述の人間とのかかわりもあるが、ダンジョンに対しても異常に警戒しており、たとえ人のいない廃棄ゲートでも、避けて通るという。
つまり、この場にいるそれが地上の知的生命体である可能性は皆無、というわけだ。
「行けええっ!」
ハナちゃんが丸く『伏せ』の体勢になるのと同時に、背後から石が飛んでくる。
石、というより岩、と呼んだ方がいいような大きさだ。
それはすさまじいスピードで前方に飛ぶと、片手剣を装備した金髪の男の脇をすり抜け、敵ゴブリンに直撃する。
直撃を受けたゴブリンは、そのままの勢いで背後に吹っ飛ばされる。
ほどなく、煙が上がり死骸が蒸発していく。
後にドロップ品が残るかどうかは暗くて見えないが、まあこの浅層では期待できないだろう。
仲間がやられてうろたえているゴブリンののど元を、金髪の持つ剣が貫く。
「よそ見していてはいけないな」
そして、最後に残った一体、うずくまっているハナちゃんに近づいてくるそれを見て、ハナちゃんは足に手を添えてモフッとひと撫で。
前方にでんぐり返しをして、直前のゴブリンに対して両足(短い)を突き出す。
『モフモフキック』
雷光を纏った両足蹴りは、両足(短い)のために届かなかったが、その雷光はゴブリンにかすり、ゴブリンはこん棒を取り落とす。
モフモフサンダーでないのは、乱戦の流れ弾を嫌ったためだった。
モフモフキックであれば足からすぐ近くにしか雷の力が及ばない。
この3人で活動するようになって数日。
互いに手の内もわかってきて、今では連携をとれるようになってきた。
「よーし、よくやったで、ハナちゃん。ヴィーさんはドロップ調べてくれるか?」
「はいはい、わかったよ。ハナちゃんの為ならなんでも言ってくれ」
ちなみに、最初の声の『ハナちゃん』は絶妙にイントネーションが違う。『ナ』の方が強調されている。
そしてヴィーさんと呼ばれた金髪の男。
やせ型だが骨格自体は大柄で、端正な顔立ちをしている。
きれいな金髪も相まって、女性に人気がでそうな容姿をしているが、声がかけられる直前に手をわさわさして、ハナちゃんをモフりたい気配を隠せないでいた。
ハナちゃんは立ち上がって、マントを一払いして、前を合わせて変化をした。
ポンという音がする。
例の事件の時までは頭を触らないと変化できなかったが、もはや念じるだけで人型に変化できるようになったのだ。
変化後についてくる衣服も腹巻き、かぼちゃパンツに加え、タンクトップシャツも出せるようになり、もはや変化したとて裸を周りに披露することにはならない。
だが、それでも下着姿であることには間違いない。
あれ以来愛用している、ゴムひもで首にかけるタイプのマントだが、今では素材を丈夫にして、ダンジョンでも使用できるものになっている。
そして、その内側に着物というか浴衣のような構造の服を着ている。
これならば、帯をほどいて袖を抜くだけでタヌキ形態になっても破れない。
肩と腰のあたりで外のマントと固定されているので脱げ落ちる心配もなく、こうして少女に戻った時も、マントの内でごそごそやって着なおすことができる。
「何もなかったよ」
「ヴィーさん、お疲れ様です」
「休憩しよかあ。まだ先に進まなあかんし……」
さっき後ろから岩を飛ばした少女が、三人のリーダーであるようだ。
その背丈は、ハナちゃんと変わりないぐらい低い。
だが、半袖の服から覗いている腕は太くないもののしまった筋肉が見える。
全体的に骨太のしっかりした体をしたこの少女の名はカリン。
ドワーフ族の精霊術師にして、前世でも大阪出身の転生者だ。
そして、唯一の男である、金髪の剣士。
彼はヴィクトルという名で転生者、そして前世からの吸血鬼だ。
ハナちゃんがどうしてこのように転生者だけで、しかもモリノミヤから遠く離れたドートンボリでダンジョン探索をしているのかに関しては、複雑な事情がある。
◇
「本当かよ、村長」
「ああ、全滅だそうだ」
タイキはその知らせを聞いて、すぐに村長に話を聞きに行った。
そこでその話が真実であると告げられたのだ。
「まさか、他でそんなことになっているとはな……」
「知り合いもいただろうが、今は安否がわからん。すべてはシンオオサカ政府から情報が来るのを待つしかあるまい」
何が起こったか?
近隣の3つの村が滅びたというのだ。
初夏にこの村を襲った狼の魔獣、魔物の襲撃。
それと同様の事件が、近隣の村でも起きていた。
そして、モリノミヤ村ほど戦力に余裕があるわけではない、その三つの村は、防衛に失敗し、生き残りがシンオオサカに避難したということだった。
「で、それがうちにどうかかわってくるんだ?」
「実はな、シンオオサカがこの村を奪還作戦の拠点として使いたいと言ってきたんだ」
「ってことは、宿舎をいっぱいにして10人ってとこか……ゴローさんに言っとかねえとな……」
「それがな……30人こっちによこしたいと言われたんだ」
「ちょっとまてよ、そんなの無理だろう?」
今せいぜい50人の村。
そこに30人の兵士あるいは探索者が加わる。
食料だって余裕はないし、住むところだってない。
無理な話なのはタイキにだってわかる。
「拒否できねえのか?」
「無理だ。協定でそうなっとる」
実は、モリノミヤ村はシンオオサカ政府の支配下にあるわけではない。
古くから独立の村として存在している。
同様の村は樹海中にも多数存在するが、支配下に無いということは自前で村の防衛をしないといけないということだ。
今回放棄された三つの村はシンオオサカの支配下にある。
だから、その村の奪還にシンオオサカ政府が動くのだ。
だが、モリノミヤ村が全く無関係というわけではない。
独立村は周囲の村、ひいてはシンオオサカ政府と相互協力の協定を結んでいる。
全くの没交渉だったら交易すら成り立たない。
今回のような非常時には、戦力の供出こそ無いが、村の設備を融通することが取り決めてあったのだ。
「……で、俺たちができることは?」
「村の者には、数か月の辛抱ということで仲の良い家族で共同生活をしてもらうことにした。独身の狩人は狩猟小屋で寝泊まりしてもらうようお願いした。ただ、それでも食料がな……」
村の蓄えを出しても、この冬が近い時期に80人を養える食料は無理だ。
「シンオオサカから運べねえのか?」
「それもお願いしているが、向こうも避難民の分があってこちらに回せる余裕があるかどうか……」
村三つ分の食料が放棄されているのに等しい。
そして放棄してきた過程でいくらか命を落としたが、かなりの避難民がシンオオサカに逃げ込んだのだった。
「……そこでな、村人の内20人ぐらいを他の村に一時避難させようと思っとる」
「そんな当てが村長にあるのか?」
「同郷の者が開いたドートンボリという町がある」
「ああ、あそこか……って同郷?」
「わしもスウェーデンの血が流れているからな。あの街を開いた兄弟は地元の英雄だったと父から聞いている」
サミー村長の父はスウェーデンからの移民で、先々代の村長の一人娘と結婚し、跡を継いだ。
サミー村長も、父である先代村長がサムエルとスウェーデン式の名前を付けたのだが、小さい時からサミーサミーと略して呼ばれていたので、今ではそう名乗るようになっていた。
そして、ドートンボリはスウェーデン人の開いた町として知られている。
ドーグラス(Douglas)とトミ(Tommy)という兄弟が、海からアマゾン川に入り、流域を探検して首尾よく川岸から近いゲートを発見した。
そして、そのゲートに村を開き、川に浮島で作った港を整備して物流拠点として整備したのだ。
その村は、二人の兄弟の名前をとってDoug-Tomm-borg、すなわちドートンボリと名付けられた。末尾のborgは「城塞、壁」を意味する言葉で、本国でもイエテボリという大きな都市があるように、スウェーデンでは町の名前によく使われる。
「そういえば、ニルさんの両親はあそこじゃなかったか?」
「そうだ、あそこで何人か引き取ってもらおうと思っているんだが……」
「こうなったら、こっちに手伝いが欲しいぐらいだがな。ニルさん一人じゃつらいだろう」
「そこは、残った村の者で手伝おうと思っていたが……」
「だが、店の料理が出せる人間がいるか?」
50人の村に30人が滞在、20人を避難させるとして60人。
食堂に頼らない村人もいる状態で手一杯なら、食堂の仕事は倍ほど忙しくなってもおかしくない。
「なら、手紙でお願いしよう。一人でも食堂を手伝ってもらえるなら何とか回せるだろう」
「で、肝心な向こうに行く村人は誰を考えている?」
「村の守りは問題ない。ならば探索者やそれに類する者、いざとなればダンジョンを通って戻ってこれるものが優先だな」
「俺と、エリー、ゴローさんに、あとはハナちゃんか……」
「ああ、せっかく村に居ついてくれたのに、心苦しいが……」
「まあ、兵士でいっぱいの村よりはましだろう……わかった、俺が話しておくよ。農業組や狩人はどうする?」
「そっちはわしに任せておけ。若いのを中心に声をかけてみる」
かくして、ハナちゃんは新居を追い出され、ドートンボリへの出張が決定してしまったのだった。
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