第35話 良い事ではあるのだが……
「ここが……」
なんだかんだあって、モリノミヤから一団で移動してきた村人の中に、ハナちゃんもいた。
秋口にシンオオサカに連れて行かれたので、人が多いことに驚きはしなかったものの、それでもモリノミヤ村とは比べ物にならないぐらい大きい町で、人の行き来も激しかった。
「……ドートンボリか……」
前世で似た地名を聞いたことがあるような気がするハナちゃんだったが、なんでも外国由来の名前らしいので、きっと気のせいだろう。
遠くを見ると、円形の領域はモリノミヤより広いようだ。
ダンジョンのフロアにも門番が居て、人が生活していることから、先のフロアも固定化済みということなのだろう。
太陽の方向からして、市街が続いているのは南のようだ。
南には川幅数十キロのアマゾン川があるので、その川べりに作られた港との行き来が相応にあるということなのだろう。
まずは、ニルさんのご両親がやっているという店を探さなくてはいけない。
最終的に18人になった一行を率いているのはタイキだった。
ゴローは、もしもの時の抑えとして村に残ることになった。
「お、ここだ」
町の南側に進んでいくと、『モリノ食堂』と書かれた看板が見える。
そりゃ超樹海の中、どこの町にあろうが森の食堂だろう、とも思えるが、これはモリノミヤ出身であることも含んだ意味だ。
店はかなり大きく、モリノミヤの食堂の倍ぐらいの広さがある。
店内はピカピカの新品というわけではなかったが、きれいに整頓され、床も掃き清められて、清潔な印象を与える。
あちらの食堂には無かったカウンターの奥の厨房で、禿げ上がった大男が作業をしていた。
「お久しぶり、おやっさん」
「おう、タイキか、話は聞いている。歩いて疲れてるだろう、勝手に座ってくれや」
今はまだ午前中である。
昨日朝にモリノミヤを出たが、ダンジョン内を歩きなれていない村人が多かったため、道中で手間取って一日でたどり着くことができなかった。
仕方なしにシンオオサカで一泊ということになったが、例の避難民がいる関係で宿をとるのに苦労した。
それでも何とか全員が休めたのだが、その手配でタイキはダンジョンの道中より疲れたと愚痴っていた。
今朝早くに出発し、今度は大して問題なくドートンボリに到着したのだった。
ぞろぞろと店に入ってくる一行。
タイキ、エリザベス、ハナちゃんに加え、普段農業をやっている村人が13人、そして狩人からナイルズとマイルズ。
若くて動けるものを中心の人選だけあって、ここまでリタイヤした人はいなかったが、皆疲れていた。
「お疲れさんね、セルフで悪いけど、お茶をどうぞ」
奥からお盆に重ねられたコップと大きなヤカンを持って現れたのは優しそうな女性だった。年こそ上だが、その雰囲気は間違いなくニルさんのお母さんだろう。
口々にお礼を言って、お茶をいただく。
肌寒くなってきた季節にはありがたい。
「ありがとうございます。ライラさん……ところで、ハンスさんは?」
「ハンス君は奥で支度してるわよ。やっとリルちゃんに会えるんだって仕事が手につかない様子だったから、昨日から下がらせたの」
「ハンスさん?」
「あら? あなたがハナちゃんね。リルちゃんと仲良くしてくれてるのよね。お便りで聞いてるわ。私がライラ、リルちゃんのおばあちゃんよ」
「ハナです。よろしくお願いします」
「ハンスはリルちゃんのお父さんよ。向こうに手伝いに行ってもらうことになったの」
それはうれしいだろう。
だが、娘の方がうれしいかどうかはわからない。
現に、ハナちゃんはリルちゃんからお父さんの話を聞いたことが無かった。
もしかして、すでにお亡くなりになっているのではないか、と気を使って聞かなかったのだが、余計な気遣いだったようだ。
ちょっと打ち合わせをしてくる、とタイキが奥に行ったので、ハナちゃんはエリザベスと休憩していた。
「大丈夫?」
「うん、ちょっと疲れただけよ……」
道中からハナちゃんは気になっていたのだが、エリザベスの体調が良くないようだ。
護衛に交渉にと忙しいタイキには悟らせないようにしていたので、気づいていたのはそばにいたハナちゃんだけかもしれない。
ただ、表情がすぐれないし、時折立ち止まって壁にもたれたりしていた。
心配するハナちゃんに、微笑みかけるエリザベス。
そこに、タイキが帰ってくる。
「タイキさん、あの……」
「ちょっとみんな聞いてくれ」
エリザベスのことを相談しようという機先を制して、タイキが深刻な顔で皆に話し出す。
「俺たちはドートンボリの仕事を割り振られるらしい。町からの税金代わりだそうだ」
モリノミヤは、小規模なこともあり、一応貨幣経済に組み込まれてはいるが、各々自主的に村のためになることをやっている。
それにより、税金として徴収する金銭は少ない。代わりに村のための労役が課されているという認識で問題ない。
探索者はアンカーの確保を自主的に行い、村のトラブルに積極的に対処する。この夏の狼の一件などは、大いに活躍した。
しかし、一般的な町や村はそうではない。
住人は税金を納めて、それによって自治体は設備の維持や兵士を雇っているし、探索者にも税金または労役が課される。
探索者はアンカー取得のための探索を義務付けられるか、そこまで実力が無ければ兵士として一定日数働くか、ダンジョンの収益のうち、一定の割合を徴集される。
そのため、大きな町は探索者を探索者協会で管理しているのが普通で、そこで実力と町への貢献度が測られ、税金が決まる。
税金逃れで、ダンジョンでの魔石や鉱石、アンカーなどを協会を通さずに売買することも可能だが、その場合は労役で町に貢献しないといけない。
「……つまり、俺たちは一定の期間この町に住むから、ドートンボリに何らかの形で貢献しないといけないってことだ」
一応、今回のことについてはモリノミヤの村長からドートンボリの町長に連絡が通っているが、この二つは協定を結んでいない。
事情は理解してくれたが、滞在中は各自町への奉仕を行うことが条件とされたのだ。
タイキの話を継いで、仕込みを終えた店主が説明する。
「一部はこの店の手伝いをしてもらって、店が税金を代理で収めることにした。だが、せいぜい3人ぐらいだな。それ以上は打ちとしても苦しい」
「それで、他の者はダンジョンフロアや港の仕事をしてもらうことになっちまった」
ドートンボリは物流拠点として栄えている。
アマゾン川の一大都市、川の中に浮島として作られたアワジシマや、その衛星都市として作られた川べりのカミシンジョ、シモシンジョ、あるいは河口近くにあるいくつかの町と交易が盛んだ。
そして、その河川交易とダンジョンを通した交易の結節点になるのがこのドートンボリだ。
港からドートンボリ本市街までの森は約15km。
森の15kmというと相当な距離だが、これでも川からゲートの距離としては最短である。
切り開いても切り開いても復活する超樹海の森だが、ドートンボリでは何とか道を維持している。
舗装こそされていないが、大型の自動車でもすれ違える道が、ダンジョン流通と河川流通をつないでいる。
「道の工事ではないのか?」
話に割り込んできたのはマイルズだ。
「そっちを希望するならやってもらってもいいが、樹海内だから危険が高い。やるなら自己責任でお願いする、とのことだ」
「俺と弟はそっちの方がいいな。さすがに狩人なら力仕事より哨戒だろう」
マイルズとしては、たとえ数か月といえども森から離れて力仕事などにかまけていては腕が落ちるという不安があった。
狩人の仕事に近い道の工事の哨戒なら、訓練にもなるだろうという目論見だった。
「で、最後に探索者だが、これは点数制で貢献度を求められた。ちょうど3人でアンカーを一つ取ってくればほぼ達成できる程度のな」
貢献度は人数割りされる。
例えば、一般的なダンジョン探索では4~6人程度で動くが、仮に6人で行って、そこにタイキ、エリザベス、ハナちゃんが入るとすると貢献度は半分になるから2つのアンカー取得が必要になる。
なお、貢献度の人数割りは探索開始時に申請した全員に適用される。それは生死を問わずであり、仮に悪い探索者が仲間を使い捨てにしても貢献度を独り占めする、ということにはならないように留意されている。
「……だから、俺たち3人だけで行くか、他のメンバーを連れて行くか……」
タイキがそういって考え込む横で、エリザベスはいよいよ顔色が悪く、蒼白になっている。
「タイキさん、エリザベスさんがしんどそう」
「えっ?」
ようやくエリザベスの様子に気づいたタイキが血相を変える。
「ごめん……ちょっと……吐きそう」
エリザベスがとぎれとぎれに言う。
慌ててタイキと、ライラさんが付き添ってエリザベスを奥に連れて行く。
「大丈夫かな……」
ハナちゃんは心配そうにつぶやく。
村人も、エリザベスのことを心配するが、数人、何かに感づいたようだった。
戻って来たライラさんが一同に告げる。
「休んでもらったわ。もしかすると……おめでたかもしれないね」
それを聞いた村人たちの、沈んでいた空気が一気に和らいだ。
中には、「新居ができて……これぐらいだから……」と勝手に逆算する者もいた。
ハナちゃんも、暗い気分が晴れ、にこにこしていた。
戻って来たタイキに、皆が祝福の声をかける。
「ああ、ありがとう……まだ診てもらわないとわからねえが、うん、ありがとう」
そして祝福の声をかけるハナちゃんに、少し表情を陰らせて、タイキが告げた。
「良い事なんだけど、ただなあ……」
エリザベスが抜けるということは、探索者としての義務を果たすことが難しくなる。
「そうかあ」
ハナちゃんも、そのことを察して、ちょっと不安になった。
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