第36話 転生者が寄ってくる

「うーん、やっぱり一人だとつらいよね」


 ドートンボリの医者に診てもらった結果、エリザベスの妊娠が確定した。

 ここで、今後どうするかの問題が出てくる。

 出産が迫った妊婦を連れてダンジョンを移動するのも、新生児を連れてダンジョンを移動するのも避けたい。

 したがって、エリザベスは今のうちにモリノミヤに帰らなければいけない。

 村には、頼りになる医者がいるわけだし、探索者が多く滞在して騒がしいとはいえ、他の選択肢はない。

 そうなると、護衛としてタイキもついていかざるを得ず、一時ハナちゃんはドートンボリ滞在組唯一の探索者となった。

 そう、ハナちゃんは探索者として正式に登録されている。

 秋にシンオオサカで登録したので、協会で仕事を受けたり、仲間を集めたりすることができる。

 所属はモリノミヤになっているので、シンオオサカの奉仕義務は課されないが、今回のドートンボリではその義務を果たさなくてはならない。

 そこで、協会に足を運んだのだ。


「さすがに……君みたいな小さな子を仲間にするってのは……」

「……そうですか、気が変わったらお願いします」


 こんなやり取りが数度繰り返された。


「むう、いっそのこと変身して勧誘しようか……」


 やってみた。

 剣を向けられた。

 精霊術も飛んできた。


「だめかあ……」


 協会の人に怒られて、隅っこのベンチに座ってしょんぼりするハナちゃんに、しかし話しかける声があった。


「なあなあ、あんた」


 顔をあげると、自分と大して変わらないぐらいの女の子だった。

 色の薄く、灯りの程度によっては白っぽく見える髪はおさげに結われている。

 顔は日焼けしたのか黒っぽく、髪より濃い色をしていて、気が強そうな表情をしている。

 背中に長い棒を背負っていて、その棒の先は広がって網のようになっているが、虫取り網のように深くない。

 ハナちゃんは知らないが、ラクロスというスポーツに使われるスティックの柄がすごく長いもののような形だった。


「はい?」

「あんた……転生者やろ? さっきの変身見とったで」

「はあ……まあ」

「そんでやな、私とパーティ組んでくれへんか?」

「転生者、だから?」

「そうや、同じ転生者やから」

「えっ? そうなの」

「せやで」


 なんと、目の前の少女も転生者だった。

 ということは……


「変身もできるの?」

「それはでけへん」

「でも異能とか妖精さんとかはいるの?」

「おう、おるで」


 ハナちゃんとしては、願ったりかなったりだ。


「えっと、とりあえずお願いします。ハナです。モリノミヤ村から来ています」

「へえ、って知らんわ。後で教えてな。私はカリン。こう見えて探索者は3年ぐらいやっとる」

「うえ、ってことはかなり先輩?」

「そらそうやろ。見たところハナは10歳ぐらいか?」

「12歳です。事情があって背が低いだけです」

「私は今年で18やな。同じく事情があって背が低いねん」


 よくよく見ると胸は豊かで、確かにハナちゃんと同年代には見えない。だが、立ってみてもハナちゃんと背の高さは変わらない。


「まあ、いろいろあるわな。ちょっと場所移そか」

「はーい」


 せっかくだから、とモリノ食堂に案内する。

 今は午後、ちょうど昼と夜の中間だが、ぱらぱらと客がいる。

 二人は飲み物だけ注文して、互いの情報を交換する。


「そうか、そりゃ大変やな」

「うん。私一人で、なんてどうしようかと考えて、あんなことに……」


 きっと、タイキに知られたら怒られるだろう。エリザベスに知られたら心配されるかもしれない。ゴローなら大笑いするだろうが……


「じゃあ俺の番だな。私がこんななりをしてるのは訳があってな、実はドワーフ族の出身やねん」

「へえ、初めて会った」


 この辺りは世界の常識としてエリザベスたちから聞いていた。

 エルフが森の奥から出てきたのに対して、ドワーフの先祖は山頂にある丸い岩に雷が当たってそこから生まれたと言われている。

 最初はいろいろ暴れまわったが、偉い神様に懲らしめられて、以後はおとなしく採掘や鍛冶をして暮らしているらしい。

 人との交わりはかなり古くかららしいが、エルフと同じく人間との混血が進んでいて、見た目でよくわからない。

 がっしりしていて背が低めの人がいたら、そうかもしれない、という程度だが、そう考えるとカリンはまさにその特徴を持っている。


「そんで、私は超樹海の謎を解くことが夢やねん。そのために迷宮の奥まで行こうと思っとる」

「へえ……ってどんな謎?」

「実はな、はるか昔にこの超樹海にはでっかい塔があったらしいねん。それこそずっと遠くからも見えるような。けど、いざ森に足を踏み入れてみたら煙のように消えてしもうたらしい」

「森の外から? そんなに大きいの?」

「せや。それこそ天まで届くほどの塔やったって記録にはのこっとる。私はドワーフとしてそんな建築物を作れるぐらいのすごい技術を調べたいって思っとんねん」


 空まで続く高い塔。

 そんなものがあるのだろうか?

 ハナちゃんは自分でも調べてみたくなった。


「それって、名前とかついてるの?」

「ああ、『太陽の塔』って言われとるな。太陽まで続く塔ってことで名付けられたみたいやで」

「え? それってあのシンオオサカの?」


 シンオオサカのゲート直上にあるあの高い塔。

 あの名前が確か『太陽の塔』と言ったはずだと、ハナちゃんは思い出した。


「ちゃうちゃう、あんなパチモンとちゃう。あれは太陽の塔にあやかってつけただけや。本物はあんなちっちゃい塔とちゃうで」

「そうなんだ……」

「あとは、天まで通じるって意味の『通天閣』っていう別名もあるけど、こっちはあんまり使われとらんな」


 『太陽の塔』あるいは『通天閣』、それが超樹海の大きな謎の一つであるのは間違いない。


「で、それがダンジョンとどう関係するの?」

「超樹海の謎でなんとかなりそうなんはそれだけやからな」

「関係あるの?」

「ある、それは間違いない」


 実際ゴローなどはもう少し深い事情を知っている。

 この超樹海、超迷宮に関しては複数の超自然的な存在が関わっていて、そのせめぎあいによって現状が作られているという事情だ。

 そこまでいかなくても3年も探索者をやっており、転生者であるカリンは、超樹海と超迷宮の関係に感づいていた。


「そうかあ……」

「まあ、そんなわけでずっと一緒っちゅうわけにはいかんけど、しばらく一緒に行動するぐらいはええやろ? 転生者同士は顔つないでおくもんやで」

「そうなんですね」


 ハナちゃんが知っている転生者は、パイ爺、ゴロー、そしてこのカリンで3人目だ。

 それが多いのか少ないのかハナちゃんには判断がつかなかったが、モリノミヤに引きこもっていた割には多いというのが実情だ。


「そしたら、戦力の確認といこか……」

「えっと、私は……」


 情報を交換した結果、カリンは精霊術を得意とするらしい。

 ドワーフ族であるということで、岩を呼び出して敵にぶつけるのが主な攻撃手段だそうだ。


「あー、二人とも後衛気味やな。そしたらもう一人か二人前衛がいたほうがええな」

「何日か待てばタイキさんという剣士の人が帰ってくるんですけど……」


 今朝モリノミヤに向けて出発したタイキ、エリザベスと食堂の手伝いに行くハンスだが、往復だけ考えても4、5日はかかる。

 エリザベスの体調や向こうでの活動も考えると一週間ぐらいは見ておかなくてはいけないだろう。


「それまで暇になるのはちょっとなあ……」

「そうですね」


 ハナちゃんも、一週間暇そうにしているのは心苦しい。

 すでに、村から来た他の面々は仕事を始めている。

 モリノ食堂でも皿洗いや給仕で数人が働いている。

 それに、今は探索者として探索者用の宿に泊まっている身だ。

 探索者用の宿は町のための仕事ということで格安であり、活動しないで部屋にこもっているのは悪い気がする。

 それぞれ何かいい方法は無いかと考え込む二人に、横から声がかかった。


「お嬢さん方、それでは私を仲間に加えませんか?」


 見ると、金髪の若い男だった。

 見た目はハンサムで、人気が出そうな端正な顔をしている。

 背は高く、腰に剣を帯びているので前衛の探索者なのだろう。


「おあいにくさま、私らはストーカーには興味ないねん」

「ストーカー⁉」


 それって、こっそり付きまとう迷惑な人のことだよね、とハナちゃんはびっくりする。


「おや、気づかれてましたか」

「そりゃそうやで、協会からこの店までずっとこっちを伺っとったやろ? 私が警戒しとったんも気付かんかったか?」

「もちろん、気づいていましたよ。でも、きっとお二人の役に立てるのではないかと思ったので、お話が一段落するまで様子をうかがっていただけですよ」

「ほう、何でそう思ったん?」

「では、自己紹介させてもらいましょう。私の名はヴィクトル、転生者です」

「なんか胡散臭いなあ。あっち行ってくれんか?」

「おや? 『転生者同士は顔をつないでおくもの』ではなかったのですか?」

「……聞いとったんか、やっぱりストーカーとちゃうんか?」

「見目麗しい女性とお近づきになりたいというのは当たり前では?」

「けっ、私らに目をつけるとかロリコンちゃうんか?」


 確かに、この二人に大人の男性が近づくとそのように見られても仕方がない。二人とも子供ぐらいの身長しかないし、一人は正真正銘の子供である。


「いえいえ、体の大小は私にはまったくどうでもいいことです。それよりも……」


 なんか、ヴィクトルの視線がハナちゃんに注がれている。

 それも体とは違う場所に。


「やっぱり変態やないか。そんなにつるぺったんのハナちゃんが気に入ったんか?」


 言うに事欠いてつるぺったんとはひどいなあ、とハナちゃんは思ったが、確かに胸は平坦だった。


「いえいえ……やはり素晴らしい。素晴らしい毛並みです。出来ればあちらの姿の方であればもっといいんですが……」

「げっ、マジもんの変態やった」

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