第37話 ヴィクトルは毛並みしか気にしない

 とりあえず、即危害を加えられそうではないようだし、転生者を自称することもあって、ヴィクトルをこちらの席に招くことにした。


「そんなに好きやったら、獣人の嫁はんでももろたらええんちゃう?」


 さすがにカリンも、動物を嫁に、とは言わなかった。

 前世では存在しなったが、この世界ではハナちゃんのように獣の特徴が一部に出た者もいる。

 その度合いもいろいろで、単に尻尾があるだけの者や、顔や前腕、胸などが毛でおおわれている者、さらには二足歩行の獣といった姿のものなど様々だ。


「ダメですね、人間に耳や尻尾が付いた程度では、私の好みではありません。ですが、表に出てくる人は大体がそのような人ばかりで……」

「ちょうど今のハナちゃんぐらいか……」


 ずっと挑戦して、衣服の方は徐々に進歩しているものの、いまだに邪魔な尻尾と、飾り以上の機能が無いタヌキ耳を消して変身することはできていない。

 だが、ヴィクトルはその程度なら獣人とは認めてくれないようだ。


「森の奥とかには少数ながらいらっしゃるという話は聞くんですけどね……」

「それって、言葉のわかる魔獣とちゃうんか?」

「たとえ魔獣だとしても私は差別はしません。些細なことです」


 なんか立派なことを言っているようだが、別の視点ではとんでもない差別主義者であることを忘れてはいけない。

 見た目はいいだけに、残念な男であった。


「この超樹海に来たのは、そういう噂を聞いたからです」

「森の奥に住んでる住人のことか?」

「ええ、西洋の方で有名な話ですが、プレスタージョン、あるいはプレステジョアンと呼ばれる王の話です」

「ほう、いや、よう知らんけど……」

「伝説のようなものですが、キリスト教の盛んなヨーロッパから遠く離れた地に、キリスト教の王が独立して平和な王国を築いているというものです」

「あくまで伝説やねんな」

「ええ、それを探そうと多くの冒険家が旅立ちました。有力なのはアフリカ大陸だと思われていたのですが、結局見つからず、ならばこの超樹海ではないかと私は考えたのです」

「それと、キリスト教と獣人に何の関係があるかもわからんで」

「それに関しては伝説の中に以下の一節があるのです。『その王国では、けものはいても、のけものはいない』だそうです。すなわち、人と獣人が仲良く暮らしているという意味だと思います」

「にわかには信じられへんなあ」

「ええ、私も望みは薄いと思っていました。あきらめて向こうに帰ろうかとドートンボリに来た時に、私は出会ったのです」


 今まで空気のように気配を消していたハナちゃんに二人の注目が集まる。

 いたたまれない気持ちになって、ハナちゃんの耳がぺたりと折れた。


「ハナちゃんか……」

「ええ、理想的です。ぜひ末永く一緒にいたいです」

「ええっ……」


 ハナちゃんはうろたえてしまう。


――これって、私とお付き合いしたい、ってこと?


 村ではみんな仲良くしてくれたが、そういう方面での好意を向けられたのは初めてだった。

 何せ姿かたちは10歳に満たない幼女なのだ。

 もしかすると、村の子供たちの間ではハナちゃんを好きな子もいるかもしれないが、いつもリルちゃんや大人に混じって活動していたので直接の接触は少なかった。

 そんなわけで、ハナちゃんは絶賛混乱中だった。

 そんなハナちゃんを横目に、カリンがまぜっかえす。


「ふうん、一生添い遂げます、とかじゃないのね?」

「ふむ、それでもいいのですが……なにせ私の一生は長いので」


 長命種だろうか、だがエルフなども血が濃くなければ寿命は変わらない。そしてヴィクトルの見た目はエルフの特徴を持っていないようにカリンには見えた。


「人間とちゃうんか?」

「ええ、私は吸血鬼です」


 それならカリンにも納得できる。

 いや、こんな昼間に歩いていることはおかしいが、吸血鬼は見た目に特徴があまり出ない。

 そして、弱点を突かれなければずっと長らえることができる。

 だが、各種の弱点があり、自ら進んでなるものではないだろう。


「こっちでそんなのにされたんか?」

「いえ、前世からです」


 前世に吸血鬼が実在したのか、とハナちゃんとカリンは驚いた。

 ハナちゃんがゴローの正体を知っていれば、そういうこともあるのかもしれないと思ったかもしれないが、彼は自分の正体を隠している。


「誰かに血を吸われたとか?」

「自分からお願いしました」

「ってことは永遠の命が欲しかったとか?」


 そういうものを求めるということは邪悪な人間かもしれない。

 カリンは警戒して聞いた。


「ええ、そうですね。何せ世に獣人を広めるためには人の一生では足りませんから」

「はあ?」

「順を追って話をすると、私は前世から獣人が大好きでした。しかし空想の中にしか存在しない。だから生命工学を学び、それでも時間が足りないことを悟って、吸血鬼に眷属にしてもらったのです。まあ、そのあとこちらに飛ばされてしまったので、研究は無駄になったのですが……」


 筋金入りの変態だった。

 カリンもハナちゃんもあきれ返った。


 ハナちゃんも、将来は誰かと結婚するのかもしれない。

 特にエリザベスのことがあってから、そういう将来を考えることも多くなった。

 もっと成長して大きくなり、ずっと変身したままでいられれば、恋人に一人も作るのは悪くない。

 どちらも一朝一夕には実現しないが、この世界に根を張る以上はいずれ何とかしたいとハナちゃんは考えていた。

 しかし、その相手がこんな変態というのは、ちょっとありえない。

 ハナちゃんは、ちょっと椅子を引いた。


「いやいや、そんなに警戒しなくても、今すぐどうこうしようとは思っていませんよ。なんせ、私はいつまでも待つことができるのですから」


 そうヴィクトルは言うが、ハナちゃんにとっては安心できない。

 さっさとその平和な国とやらを見つけてそこに永住してほしい。


「……まあ、それとは別に、私も迷宮の奥に興味はあるのです」

「ほんまか?」

「だって、超樹海で起こる不思議なことは全て超迷宮が原因ですからね。プレスタ―ジョンの王国が存在し、それが見つからないのなら迷宮が原因でしょう」

「せやな、私の目的、太陽の塔が消えたのも迷宮が原因やろうしな」

「ところで、ハナさんはそういう目標はあるんでしょうか?」

「ふえっ?」


 「ハナさん」という呼びかけが耳慣れなかったこともあって、とっさに自分のことだとは思えなかった。

 自覚して、そして改めて考えてみる。

 そして、その考えを口に出してみる。


「まず、この町に居続けられることが第一だよ。でも……それって今困ってることなんだよね……そういうことじゃないんだよね?」

「そうやな、どっちかというと人生の目標っちゅうか、そういう大きなもんやな」


――人生の目標、か……考えたこともなかったな


 なにせ、新しい体と新しい環境に対応するので手一杯だったのだ。

 ここ数か月は村でのんびり暮らせていたが、それも突然追い出されて、今ここで別の面倒ごとに頭を悩ませている。

 能動的に「これやりたい」とか考えることが無かったのは確かだった。

 

――でも、そうだね……


 ハナちゃんは一つの考えに行きついた。


「私、モリノミヤをおっきな町にする。何があってもみんなが平和に暮らしていけるような場所にしたい」

「それって……どうなん?」

「まあ、地に足の着いた目標だね」


 確かに、人生の目標としては小さいものに思えるかもしれない。

 だが、それはハナちゃん自身にとっては別だ。


「確かに、夢とかロマンとかそういうのとは違うんですけど、私は今の村での生活自体がご褒美で、その生活が続くことが人生の目標なんです」


 ハナちゃんは、前世からのことを二人に話した。

 生を半ばあきらめていたこと、結局死んだと思ったら元気な体を手に入れて、日々楽しく暮らしていたこと。

 そして、モリノミヤ村が自分にとってどれだけ大事なのかということを語った。

 なんとなくしんみりしてしまった二人は、なんとなく気まずそうな顔をした。


「なるほど、そりゃそうなるわな」

「先ほどは大した目標じゃないなどと考えていたことをお詫びします」

「もしかしたら、大きくなったら別のこともあるかもしれないけど、こうやって少しのことで脅かされるのは、やっぱり我慢できない。まずは、村がずっと私の居場所になってくれることが一番大事」


 そろそろ店は昼の準備であわただしく、客も入り始めている。

 そんな中で、明るい調子でカリンが宣言する。


「よっしゃ、私もモリノミヤに移住する」


 続いてヴィクトルも同じようなことを口にする。


「ふむ、拠点としては悪くないですね。別に大都市にいなくても迷宮には挑めるわけですし……」

「ほんと? うれしい」


 こうして、モリノミヤ村は新たに2人の強力な探索者にして転生者を迎えることになった。

 そして、同時にこの3人でダンジョン探索を進めていくことが決まった。

 それはそれとして、そろそろ邪魔になるので、3人は移動することにした。

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