第38話 カリンの術は前に飛ばない

 せっかくだからモリノ食堂でご飯を食べてからが良かったかな、とハナちゃんは思ったが、転生者同士で話をするのに周りに人がいると話せないことも多い。

 三人は出店で軽食を買って、カリンの部屋に集まった。

 格安でとめてもらっているハナちゃんの部屋は、個室ではあったが狭い。

 また、ヴィクトルは超樹海を離れようとしていたぐらいで、宿は南の港への街道近くのため、ちょっと遠い。

 そんなわけでカリンの部屋に来たのだが、その広さにハナちゃんは驚いた。


「すごーい……なんか二部屋あるし……」

「はっはっは、風呂もあるでえ」

「うらやましい……」


 村と同じく共同浴場はドートンボリにも存在したが、ハナちゃんの耳とか尻尾とかが目立ってじろじろ見られるので、ちょっと恥ずかしいのだ。


――体は貧相だしなあ……


 少なくとも12歳と言えば、多少は女性らしいシルエットにもなっているだろうが、残念ながらハナちゃんはまだその段階にない。

 転生してからは健康的に生活できているので時間の問題だと思うが、現時点でのビハインドは否めない。


「まあ、その分家賃は高いがな」


 長期滞在を前提としているので一日いくらではなく月ごとに家賃を支払っているそうだ。

 長いことは、部屋の中に置かれた調度や私物が多いことでもわかる。


「ともかく、ご飯食べながら情報交換しよか」


 カリンは二人にテーブルの椅子を勧めた。


「さて……まず異能やな」

「そうですね、とはいえ私の異能は迷宮探索には役に立たないので……」

「へえ……せやけど、吸血鬼の能力やったら別に異能はいらんか……参考までに、どんなん?」

「私の異能は、表示上は『きゅうけつき』です」

「はあ? あんたは元々吸血鬼とちゃうんか?」

「字が違います。『吸血機』です。平たく言うと巨大ロボットです」

「はあーっ⁉」「びっくり」

「迷宮で使えないぐらい大きいので、私はこの身一つだけを戦力として計算してください」

「はあ、まあええわ。そしたら私の異能やけど、自分でもようわからんねん」

「それは読み方が難しいとか?」


 ハナちゃんが思ったのは、パイ爺の異能だ。

 あれも普通に『どくやく』と読めるから、病気を治す薬も作れるのに気づくのが遅れた、と聞いていた。


「いや、まあ慣れない日本語やから読めんことは無いんやけど」

「あれ?」


 ハナちゃんだって、いくら病院暮らしだったとはいえ、カリンの言葉が大阪弁であることはわかる。


「カリンさんって、大阪出身とかではないんですか?」

「いや、私はカリフォルニアのビックリサンダーマウンテンのふもとのドワーフ集落の出身やで」

「いや、前世で……」

「前世もアルゼンチンの農家の出やな」

「でも、その言葉、いわゆる前世の大阪の表現だと思うんですが……」

「これはドワーフ弁やで」


 ちなみに、ドワーフが山頂の岩に雷が当たって生まれたという伝説が残っているが、その山がビックリサンダーマウンテンだ。

 その時の雷にふもとの人がびっくりしたからそう名付けられた。

 なお、ビックリはインド人が一時世界を支配した関係で、世界中どこでも通用する。

 話がそれていったのでヴィクトルが改めて聞く。


「それで、カリンさんの異能は何と言うのです?」

「えっとな『バールのようなもの』って言うねん」

「……なんだろ?」「なんでしょうね?」


 バール、いわゆる長い柄をしたくぎ抜きのことだ。

 そして、「のようなもの」とはどういう意味だろう?


「まあ、よくわからんし、今の戦い方で問題ないから気にしてへん」

「……そうか、戦い方というのは?」

「精霊術で石作って棒で投げんねん」


 彼女が示したのは、背負っていたのと合わせて数本ある棒。

 先が網になっていて、そこに石を乗せて投げるのだろう。

 手で投げるよりも威力がありそうだ。


「魔導術は?」

「そっちはあかん。からっきしや」


 つまり、通路幅に広がった敵に対処できるようなものではないということだ。


「でも威力はあるで。たいていの一層二層の敵やったら一撃やし、めったに外さへん」

「なるほど、威力のある弓士と考えればいいわけですね」


 そのあたりは頑丈な前衛の自分がカバーすればいいか、ヴィクトルは納得した。


「そんで、ハナちゃんのも詳しく聞こか。さっき聞いたのやと私でも何となくしかわからん」

「ほう? 何か特殊な異能でしょうか?」


 二人の期待に押され、ハナちゃんは自分の異能を明かす。

 さすがにあの場面では、ぼかして話すしかなかったのだ。


「えーと、私の異能は『モフ芸』です」

「は?」

「それは、どのような?」

「変身して、体の毛をモフモフすると技が出るの」

「ほう……」

「それは……いろいろな技があるということですか?」


 語彙を失ったようなカリンに比べてヴィクトルは的確に質問してくる。


「今は、電撃を飛ばせるのと、熱い風が飛ばせるのと、脚力が強くなるのかな……あと、毛並みをモフモフに戻せる技もあります」

「最後のは役に立つんか?」

「えっと、他のは使うと毛並みがモサモサになって、全身そうなると技が使えなくなります。だから、モフモフに戻せないとかなり面倒です」

「なるほどなあ……」

「ふむ、遠くから電撃を飛ばしてもらうのが強そうですね」

「でも、周りに飛び散るから近くに味方がいると危ないよ?」

「なるほど、使い方に工夫が必要……というわけですね」


 ヴィクトルは真面目に戦略を考えているらしい。

 ハナちゃんは、今度お風呂借りれないかな、とか考えている。

 そしてカリンは、考えることが苦手だったので、


「なあなあ、とりあえず迷宮行って試しに何回か戦ってみいへん?」


 と言い出した。


「いやいや、そこはちょっと戦い方の打ち合わせをしないと……」

「一層だよね。なら行けるかも」

「よし、多数決や、いくで!」


 そんなわけで、ヴィクトルをカリンが引っ張って、ハナちゃんが後について出ていく。



 協会で登録して、迷宮に潜って今は一層のフロアにいる。

 地上ゲートから入ったフロアは人が住んでいるぐらいなので、そこから一つゲートをくぐった先だった。

 ドートンボリは、地上の広さがそのまま維持する街道の距離に反映されるので、他の町よりもフロア維持に力を入れている。

 そして、迷宮による地上の安全地帯は、一層のフロアを多くつなげるよりも深い層のフロアをつなげる方が広くなる。

 現在は一層2フロア、二層1フロア、三層1フロアが固定化されており、半径400mを越える安全地帯が地上には存在する。

 この規模は超樹海内でもシンオオサカ、ナンバに次ぐ第三位の規模だ。

 都市の規模という点ではアワジシマの方が上だが、あちらは迷宮のゲートが無く、魔獣のいないアマゾン川流域に浮島として存在しているだけだ。


『初めましてですな、皆さん』


 カリンの妖精は、偉そうな口調の目覚まし時計だった。


「名前は『チクタク紳士』な」


 言われてみれば、現在時刻と関係なく8時20分ぐらいを指していて、ひげっぽい。

 一応時計なので、現在時刻は教えてくれるらしい。

 言葉で。


「その文字盤は飾りやねん」


 やっぱり妖精は変なのが多い。

 なお、自分では移動できず、カリンがひもで首から下げている。


『あれ? ヴィクトルさんの妖精は?』

「ええ、礼儀ですから見せますが……」


 出てきたのはナイスバディのネコミミお姉さんだった。


『やっほー、この人の妖精のニーアよ、よろしくね』

『こんにちは、ハナです……ってヴィクトルさん、美人の妖精さんいるじゃない』

「残念ながら毛が足りません」

『でも巨乳美女ですよ』

「巨乳でも貧毛ではねえ……」

「そんな表現初めて聞いたで」


 ここでもぶれないヴィクトルであった。

 ともかく、自己紹介が終わった一行であったが、レインとニーアは目立つ。

 かたや飛び跳ねて七色に光るボールだし、もう一人は大人の一人だ。

 戦わない、というかすり抜けるので戦えないし、とりあえずのところは姿を消しておいてもらうことにした。


「よし、じゃあ電撃をおねがいするよ」


 フロアの外周回廊から少し入ると、トカゲの魔物の一団が現れた。

 大きさは犬より少し大きいが、牙を剥いてこちらをにらんでいる。

 ハナちゃんはすでに変身しており、タヌキ姿で二足歩行している。

 そういえば、この姿で立って歩くのも最初の頃に比べればずいぶん楽になった、とハナちゃんは気が付いた。


『はーい、じゃあ行きます』


 ハナちゃんが前に出て、久々に使用する。


『モフモフサンダー』


 バリィィ


 電撃が先頭のトカゲに炸裂する。

 そしてそのあとに続く二体に雷光が飛んでいくのが見えた。

 それらのトカゲはビクッと体をこわばらせて、そのまま倒れた。一帯は腹を上にして動かない。

 その後ろからまだトカゲが近づいてくる。あと3体だ。


『やっちゃうよ、モフモフサンダー、モフモフサンダー』


 雷撃が続けて2回発生して、この場の魔物は全て倒れた。


「すごいね……」

「一網打尽やな」


 二人はハナちゃんの雷撃の威力に驚いていた。


『でも連発は3回までだよ』


 いざとなれば回復も可能だが、あの感触は何度も味わいたいものではない。

 できればモサモサリカバリーは使わず、ブラッシングで回復したいものだが、今それをお願いすると、間違いなくヴィクトルの魔の手が伸びるだろう。

 しかし背に腹は代えられない。

 いや、後衛で同性のカリンにお願いする方がいいかもしれない。

 そのあたりのことは帰ってから考えよう。

 とりあえず、今はダンジョン内なので仕方ない。

 ハナちゃんは、しぶしぶモサモサリカバリーを発動する。


「おお」

「ぴっかぴかやん」


 派手なエフェクトが散った後に、モフモフを取り戻したハナちゃんが現れる。


『でもね……これ、とってもきついの』

「しんどいんか?」

『精神的に、きついんだ』

「なるほど……確かに一定の縛りが無いと、あの威力です。無敵でしょうね」

「うまいことできとるなあ」


 異能は異質ではあるが万能ではない。

 他の術や技術で再現はできないが、それだけでごり押しできるものでもないのだ。


「じゃあ、次はカリンさんですね」

「よっしゃ……って敵がおらんな」

「壁とかでいいんじゃないですか?」

「なんや気合が乗らんなあ」


 言いながらも、カリンは棒を構える。

 布が巻かれているのでぱっと見わからなかったが、金属製の棒だ。

 先端の網も鉄で編まれていて、これだったらスコップみたいな形でいいんじゃないかとハナちゃんは思ったが、聞いてみると空気抵抗の関係でこれが一番いいらしい。

 つまり、ものすごく重いもので、それを自由に振り回せるのはさすがドワーフ族の筋力といえる。


「よっしゃ、いくで」


 網を後ろにして構えた棒の、その網の部分に丸い岩が現れる。

 直径はバレーボールぐらい。

 相当な重さがあるだろう。

 それを支える棒の重さも合わせると、到底振り回せるように思えないが、カリンは気合とともにそれを振る。

 ドガッ、と重い音がして、一瞬で岩が壁に当たって砕ける。


『すごい、見えなかった』

「狙いはどれぐらいつきます?」

「ほなもっかいやってみよか」


 同じ動作が繰り返されて、先ほど当たった場所とほぼ同じところに岩が当たる。


「なるほど……正確ですね」

「まあな。本当はこれが術だけで飛ばせればええんやろうけど……」


 カリンの術は前に飛ばない。


『だけど、十分じゃないですか?』

「ありがとな」

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ハナちゃんは毛並みが気になる 春池 カイト @haruike

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