第25話 調査

 前に比べて、エリザベスの顔色は良くなっていたが、表情は暗くなっていた。

 ハナちゃんはそう思った。

 顔色が戻ったのは過密スケジュールが改善されたからで、表情が曇っているのは心配事が続いているということなのだろう。

 久しぶりに会う気がして、ハナちゃんは昼食後もエリザベスと食堂でお話することにした。


「え? ゴローさんいないんですか?」


 そういえばあの日以来見かけないなあ、と思っていたらハナちゃんの知らぬうちにまたダンジョンに潜ったらしい。


「そうなのよ。予備のアンカーが必要だってことで」

「そんなに予備がすぐ必要なものなの?」

「普通はそうじゃないわ。アンカー1つでも普通は半年ぐらいは保つ。だからおかしな状態なのは間違いないわね」


 アンカーがすぐに壊れるおかしな状態。

 それが、きっとエリザベスの表情が良くない理由なんだろう。


「そういえばハナちゃんは、最近あんまり外で見ないけど」

「うんと、いろいろ修行中」

「そうなの……」

「それよりエリーたちは今何してるの?」

「森の調査ね。他に魔獣が近くにいないかとか、なんであんなにたくさん来たのかを調べているの」


 だが調査はあまりうまくいっていない。

 魔獣の死骸はもとより、活動の痕跡も発見できていない。

 普通は魔獣がいればその周囲に食い散らかされた動物の死骸や、排せつ物の痕跡があるはずだ。

 正直そのような痕跡を見つけるのは探索者のエリザベスやタイキにとっては専門外で、ほぼ狩人の後をついていくだけになってしまっているが、いざというときの護衛という意味では心強い、と彼らからは歓迎されていた。


「そうなんだ……ねえ、私もエリーたちの仕事手伝う」

「もうっ、またそんなこと言って……大人に任せて、ハナちゃんは遊んでいていいのに」

「大丈夫、できるよ」


 エリザベスはハナちゃんの力強い返答に、急に昨日のことを思い出してしまう。

 少しためらいながらも、彼女は告白する。


「ハナちゃん、私ね……ゴローさんに言われたの。過保護過ぎるって。私がハナちゃんを自分の子供の予行演習にしてるって」

「むう、それはひどい。後で文句言ってやります」

「そうね、私も最初はひどいって思ったけど……でもね、そうやってゴローさんに文句言えるぐらいしっかりしたハナちゃんに、私が過保護過ぎるのも本当だと思うのよ。だから……ごめんなさいね」

「謝ることなんて……私の方こそ心配させて、ごめんなさい」

「ううん、ハナちゃんは悪くないわ。でもダメだと思ったら助けを呼んでね。必ず私が……いえ、村のみんなも助けてくれるはずよ」

「うん、わかった」

「あと、パイソンさんにもちゃんと話しておきなさい」



 手伝いをする人もいないのに、埃一つなく清潔が保たれているのはさすが医療機関だ。とハナちゃんは感心していたが、


「なに、中では蛇体で居ることも多いからな。きれいにしていないと体に埃がついて大変なんじゃ」


 と、いたって個人的な事情から来るものだった。


「……なるほどな。まあ、わしは別に反対せんよ。妖精と引き合わせたのもわしじゃしな」

「でも、おじいちゃんは戦うの嫌いなんでしょ?」

「嫌い、うむ。嫌いじゃな。皆に傷ついてほしくはないし、全てのケガをわしが治せるわけでもない。だから、注意せい」

「うん」



「……というわけで、村の防衛に正式にハナちゃんを加えることなった」


 タイキの言葉に視線が集まり、ハナちゃんはちょっと緊張した。

 一同がこうして集まって話し合っていられるのも、ひとまず村の守りが機能しているからだった。

 今、この村長の執務室に集まっているのは、探索者の夫婦二人、狩人の全員と部屋の主である村長、そしてハナちゃんであった。


「そりゃあ心強いけど、大丈夫なのか?」


 代表して質問を発したのは、ハナちゃんとも旧知の狩人のリーダーだ。


「大丈夫です。もうすぐ12歳になるし……」


 転生の仕組みはわからないが、増えこそすれ年齢が減ることはなかろう。

 ということで、合算して考えれば確かにあとひと月もしないうちにハナちゃんは12歳ということになる。


「……それに、ほら、最近は体に肉もついてきたんですよ」


 これも事実だ。

 残念ながら縦に伸びるには骨格の成長が必要で、それはこの短い期間ではかなわなかったが、かつての痩せっぽっちの姿はかなりましになっている。


「その姿で、と言うなら反対したがな」


 しかし、それでも体格としてはやはり10歳未満の子供であって、説得力は薄かった。


「まあ、歓迎する。扱いとしては……」

「それは私と同じで、魔法アタッカーというのがいいんじゃない?」


 エリザベスが提案する。

 

「そうだな。守りの時はそれでいいか。班を組むなら探索者二人に俺たちが二人、ハナちゃんに残り四人の分け方がいいだろうな」


 戦力として高い上に前衛後衛がそろっているタイキとエリザベスならば、後は斥候と遊撃があればいい。

 そのための要員は最低限でいいという判断だった。


「メンバーは後で考えよう。それで、だ……本題に入るぞ」


 そして一同が囲んでいるテーブルに大きな紙が広げられた。

 その紙には中心に大きく円が描かれていた。

 村とその周辺の模式図だ。

 円の内側は、田畑の位置と狩猟小屋の位置が描かれている。

 そして、円の外にはいくつかバツ印が散らばっていた。


「これが、調査で確認された魔獣の痕跡だ」

「見た感じ、魔獣らしき存在は見てねえんだがな」

「ははっ、そりゃ本職以外にゃ難しいぜ。動物の死骸や、葉を食べた跡、糞や足跡の見付け方と見分け方は、普段から森に入ってねえと難しいだろうな」


 異変そのものだけではなく、前とどう変わっているか、などで動物たちの行動を想像して、この調査は行われた。


「で、結論としては確かにおかしい。姿が見えないのに、動物たちはそこに魔獣がいるかのように住みかを変えたり、避けて動いていたりする」

「魔獣って普段は違うの?」


 『正式メンバー』になったからにはハナちゃんも積極的に発言する。先生には花丸をもらえるだろう。


「中には見つけにくい奴もいるが、生活している生き物だからな。ずっと隠れていたら食べ物も見つけられねえし、糞だってする。俺たちが見つけられねえことはまずない」

「じゃあ実はいないとか?」

「それならいいんだけどなあ」


 狩人のつぶやきに、タイキが反論する。


「その場合は問題が二つになる。この間からやたら来る狼の魔獣の問題、それとアンカーがすぐダメになる問題だ」


 その二つの間に関係があるかもしれない、というのは確証がなかったものの一同に説明されていた。


「正直な……俺たち狩人はダンジョンのことには詳しくない。魔物が外に出ているなんて本当にあるのか?」

「俺も信じられねえよ。だけど、多分森だけ見ていてもこの問題は解決しねえ。そんな気がする。こっちから動いていかねえとダメだ」

「……で、具体的には何をする?」


 タイキはエリザベスと視線を合わす。

 エリザベスがうなずいたのを受けて、タイキは口を開く。


「ダンジョンから隣近所の放棄ゲートを探る」


 受けてエリザベスが説明する。


「実際に魔物が外に出ているかは分からない。でも、何もないところから敵は出てこないの。ダンジョンの外ではね……だから人のいない地上ゲートを、それも近くを探ってみようと思うわけ」


 元探索者の老狩人が考え込む。


「知っている限りだと、北に1つ、南に1つ、東が2つかな?」

「そうね、西隣のはシンオオサカへの道の途中だし、ここ一月の間でもタイキが見ているしゴローさんも見ている。ひとまず他のを探ろうと思います」

「で、だれが?」


 タイキが答える。


「俺とエリーで行く。あと2人欲しい……」


 視線を受けて狩人のリーダーが判断する。


「なら、若いマイナイ兄弟だな。爺さんも元探索者とはいえ、今はもうつらかろう」

「5年前なら怒鳴り返しておるがな」

「5年できくのかよ……残りのメンバーは村の守りだな」

「私も、だね」

「おう、よろしく頼むぜ。ところで、その調査はいつ行くんだ」

「すぐ行こうと思う」

「ゴローさんを待った方が良くねえか?」

「いや、外に出ての調査も考えると時間が足りねえな。まあ4人で行くし大丈夫さ」


 この時、タイキは内心ではリーダーの言うことももっともだと思った。

 だが、一方でこれからこの村の冒険者としてやっていくうえで、何でもゴローに頼るのは良くないとも考えていた。

 何より、せっかく帰って来た自分がこの村で働くのに何らかのしっかりした成果を出したいとも思っていた。

 あるいは、本人の都合といえ、ゴローが宿舎住まいなのに、自分たちが家を建ててもらうということに対しての引け目も含まれていた。

 そして、その複雑な気持ちはずっと一緒にいたエリザベスにはお見通しだった。

 だから、


「そうね、大丈夫だと思うわ」


 と同意した。

 

 そして数日、帰って来た調査メンバーの中にはタイキもエリザベスもいなかった。

 


 

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