第24話 森の徒党狼

「さて……」


 そこでいったん声を潜めてゴローが二人に問う。


「それはそれとして、今後どう動くと思う?」

「……おかしいのは俺でもわかる」

「あんなに狼ばっかり連続で来られちゃねえ……」


 戦う者として、この一連の魔獣の襲来に何も感じないはずもない。


「確認じゃが、確かにそれらは魔獣だったんじゃな?」

「ええ、ちゃんと死体は残って今頃倉庫に山積みになっているはずよ。悪くならないうちに処理できるか微妙なところね。季節が季節だけに……」

「ってことは、ゴローさんは魔物だと疑っているのか?」


 魔物、それはウメチカ超迷宮で遭遇する敵対存在だ。

 その特徴は二つ。

 迷宮からは出てこれない。

 死ねば蒸発する。

 初めて間近で見た者は驚きながら蒸発する様を眺めるのが常であったが、長年探索者を続けると当たり前になる。せいぜいが、蒸発するときの気体を吸い込むのは体に悪そうだから離れよう、と思うぐらいだ。

 そうした性質を持つ魔物に対して、森の中の動物の変種で、体が大きかったり、精霊術を使ったりするものは魔獣と呼ぶ。

 なお、ゴブリンなどの人型は魔人と呼び、巨大なアリやクモは魔虫と呼ぶ。

 だが、これらは社会を維持する関係で人間とは距離をとって生息するので、めったなことでもない限り接触しない。

 魔獣、魔人、魔虫に対して、迷宮内の存在は十把一絡げに魔物と呼ばれる。それは先述のような特徴があるからだ。

 つまり、タイキがゴローに確かめたのは、何らかのイレギュラーで魔物が迷宮を出て森の中で活動しているんじゃないか、ということだ。


「ちょっとちょっと、魔物は地上ゲートを通れないでしょう? それともゴローさんはなにか特別な方法を知っているの?」

「心当たりは無い。だが、迷宮にまつわる特別な宝の中にはどんな力を持っているかわからないものがある……だから一概には否定できんだけだ。むしろ……」


 ゴローは『秘宝』とは言わなかった。

 15の秘宝のことは転生者と三大勢力の争いに巻き込む恐れがあるためだ。

 それに、実際ゴローは魔物を連れ出せるような効果の秘宝には心当たりがない。


「……わしが知っている魔物で、似た特徴の奴を知っているのだ」

「本当? でも特徴というと……」

「一つ、狼型をしていること。二つ、支配下の狼と集団で襲ってくること……」

「でも、それって普通の森の狼の性質よね。それが魔獣化したらそういうこともあるんじゃない?」

「いや、三つ目にそいつは狼型の魔物を自由に生み出せるのだ。その数は100を超えることもある」

「ひでえ、そんなの探索者にどうしろっていうんだよ」


 タイキが悲鳴を上げる。


「ふむ、だが4層にまで潜れるような探索者であれば、面倒だが対応策ぐらい持っておるものだぞ」

「想像つかない領域ね」


 今後、そこまで深みにはまるつもりがないエリザベスは、詳しいことを聞くのをやめた。


「……んで、そんな特徴的な奴ならただの『狼』じゃなくて固有名がついてんじゃねえのか? ほら、『暗殺者ゴブリン』とか『剣刃猪けんじんいのしし』とか、ああいうの」

「ああ、徒党を組む狼、ということで『徒党狼ととうろう』と呼ばれている」


 やはり固有名持ちであった。

 迷宮にただ一体、というわけではないが、元の魔物と同じと考えると足をすくわれるような特殊な魔物につけられるものだった。


「姿は普通の狼の魔獣や魔物と変わらん。体高で1mちょっとか。自身が生み出す狼の他に、周囲の魔物も支配下に置き、連携して襲ってくる……まことに厄介な敵だな」

「ひええ、どうしろって言うんだよ」

「徒党狼を先に見つけて倒してしまえば奴が生み出した狼は消える。そうなれば一気に対処は楽になる」


 まあ、親玉はなかなか表に出てこんがな。とゴローは笑う。


「確かに集団の狼という点は共通だけど、それだけ?」

「やつはな、生み出した配下は捨て身の突撃をさせることができるのだ……やられれば次々生み出せばいいだけだからな」

「だけど、別に村に攻めてきた魔獣は捨て身、って感じじゃなかったぜ? 確かに数は多かったから群れといわれれば納得できるが……」


 ゴローはカップに入った麦酒で口を湿らせてから口を開いた。


「そこで……だ。探索者として問うが、アンカーの劣化が早すぎることの原因に何か案があるか?」


 唐突に話が飛んだ感じをして、すぐに答えを返せない二人だったが、しばし考えて首を振る。


「……そうだな。わしも初めての事態だ。だが、徒党狼の仕業と考えると説明がつく。すなわち生み出した狼を捨て身で村に突撃させているなら、こうなるのではないか?」


 つまり、前から狼は継続して村に突撃しており、最近入り込んだ狼のはただの一部に過ぎない、ということだ。


「そんな……」

「おいおい、そんなことでアンカーが壊れるのか?」

「村が安全なのは、超迷宮と超樹海の力が拮抗して打ち消し合っているからと言われておる」

「そうなの? 聞いたことないわ」

「その辺は……まあ、そういうことを調べた奴がいるんだ……」


 オリタとのつながりで知った、とは言えないゴローだった。


「……で、魔獣というのは樹海側の存在だからな。そちらからの圧力が強くなれば迷宮側に負担がかかる。必然的にアンカーの消耗が早くなるっていう理屈だ」

「ああ……そうか、アンカー持ち出しの話ね」


 エリザベスは探索者の禁止事項について思い至った。


「そう、アンカーを森に持ち出すのは禁止だ。なぜかわかるか?」


 そこでタイキに水が向けられる。


「ええと、意味ないからじゃねえか? 他の村や 町に移動するにしたって森を突っ切ってというのは無理だ」

「それならわざわざ禁止事項にするはずもなかろう。あれは、かつて森に持って入ったアンカーが数日で朽ちて果てたからじゃ」

「たしかに、そう考えるとアンカーと森がお互いに相手を害しているというのは納得できるわね」


 そこまではいいか、とゴローは話を戻す。


「正直、そこまで頭が回るとは思わんのだが、生み出して支配下にある狼を守りを破るためだけに突撃させているならこのようにもなろう」

「ちょっと待ってくれ、特攻した奴らがいるとしたら、死体が……そうか、そこで蒸発したと考えれば」


 配下の狼が、ダンジョン内の魔物と同じ性質を持っているとすれば死骸は残らない。

 そのことに思い至って納得するタイキに、エリザベスが横から口を挟む。


「ちょっとちょっと、結局魔物が地上に出てることを前提にしないと、その話は成り立たないわよ。それはあり得ないって認めたわよね?」

「……そうなんじゃよ。だから、わからんのよな……わしらの知らんからくりが裏にあるとしか……」


 せっかくのお疲れ様会であったはずなのに思いのほか難しい話になって、タイキは酒を飲み干し、お代わりを取りに立った。


「ゴローさんは?」


 視点が高くなったことで、カップの中身が少ないことに気づいたタイキが声をかける。


「うむ、もらおう」

「あたしにも水もらえる?」

「はいよ」


 テーブルに戻って来たタイキを交えて、今後の話をする。


「まず、わしは再びダンジョンに戻る」

「それは……予備のアンカーの確保ね?」

「そうじゃ、アンカーによる守りこそ村にとっての最大の防壁じゃ」


 当然アンカーは複数を設置した方が長持ちする。

 だが、狙って壊されているのだったら、壊されてから再設置すればさらにひと月効果を保つことができる。


「そして、その間の村の守りは……」

「俺たちということだな? それと、森の調査もした方がいいな」

「うむ、さすがに徒党狼あるいは他の黒幕がすぐ見つかるとは思えんが、手下の動いた痕跡は見つかるやもしれん」

「もしかしたら、村に突撃しようとした魔獣の痕跡も見つかったりしないかしら?」

「魔物だとしたら死骸は残らねえが、似たような能力を偶然持った魔獣だとすれば死骸も残っているかもな」

「そうね。広い範囲だと狩人の皆さんとも協力しないといけないわ」


 エリザベスとタイキの方針も決まった。


「手出しはするなよ。一体二体減らすよりも正体をつかむことが大事だ。それに人間は森の中じゃ不利だからな」

「森の中の徒党狼か何か……聞いた感じじゃダンジョンで出るより面倒じゃねえか?」

「本当にね」


 話も一段落し、そろそろお開きにするか、というタイミングで、ふと思いついたタイキが発言する。


「仮に魔物が出てきたとしたら……まあありえねえが、だとしたらどこから出てきたんだろうな?」

「そりゃこの村のゲートから出るわけにゃいかねえから、放棄された地上ゲートだろうさ。例えばこの村から一番近いのだと北に50kmぐらいにあったはずだぜ」

「なるほどな、隣の放棄ゲートだったらまだ移動可能か……」

「放棄ゲートだって魔物は出てこれないわよ」

「そうなんだよなあ……だれか説明してくれねえかな……」



「むう」


 次の日、目覚めたハナちゃんは気分が晴れなかった。

 昨夜は久々にぐっすり眠れた。

 ただ、それは安心したから、ではない。

 早起きの必要がなくなり、それまでの数日で疲れ切っていたからだ。


「ゴローさんがああ言うということは、結構ぎりぎりってことなんだよね……」


 強そうなゴローさんが、わざわざ自分に「何かあるかも」って言うということは、多分タヌキの手も借りたいということなんだろう。

 ハナちゃんは、今の体になって自由に動けるようになってから、力を持て余している感じがしていた。

 少なくとも、モフボディは頑丈だし、少々のことがあっても大丈夫だ。

 ならば、大好きな村のみんなのモフ盾になって、危険から守ってあげたい。


――もう、それしかできないしね


 できない、というのは前世で恩を受けた人たちに対する恩返しが不可能だということだ。


 「情けは人の為ならず」

 人のために骨折ることは、回りまわって自分が苦しい時に人の助けを得られる。

 だから、できるだけ人のためになることをしなさい。

 そういう言葉だが、恩義のめぐりが世界を超えることがあるのかはハナちゃんにはわからない。


――だからといって、やらない理由にはならないよ


 もしかすると、前世の両親が赤ちゃんに生まれ変わってくるかもしれない。

 もしかしたら、前世のお医者さんが、トラックにはねられてシンオオサカに飛ばされてくるかもしれない。

 そうじゃなくても……


「そうじゃなくても、世界が優しくなってほしいよね」


 ふん、と拳を握りしめるハナちゃん。


「なら、まずやることは……聞こえる? レインちゃん」

『はいはーい』


 この日以来、ハナちゃんは部屋に閉じこもることが多くなった。

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