第20話 MPのため、ハナちゃんは……

 妖精レインは話を続ける。


『だから、最小ミニでのステータス表示はお勧めしないの。せめて標準ノームだったらMPも表示できたんだけどねー』

『そうなの? でもおじいちゃんが……』

「妖精が何を言っているか教えてくれんか?」

『あ、そうか、聞こえないんだ』


 レインの声は契約者にしか聞こえない。一方でノトロブがしゃべっていてもハナちゃんには聞こえない。


「……なるほどな。そうした使用限度のようなものが詳しいステータスに含まれていると……」

『ねえねえ、なんで詳しいステータスを見ちゃダメなの?』

「本当は良い事のはずなんじゃが、それがわかることで安心してギリギリの戦いをしがちなのじゃ。また、自分が強くなるのが数値でわかるから、と無理して迷宮の奥に進もうとして、みんな死んでしもうた」

『……おじいちゃん、仲良かった人が?』

「ああ、友人だったものも、気に食わない奴もいたが……転生者は強い異能を持つが、総じて早死にしがちじゃ。わしは踏みとどまれたが、若いころに知り合った転生者で生き残っている者は一人だけじゃ。そ奴も迷宮探索は慎重派じゃった」

『……そうなんだ』

「ところでそのえむぴーというのは何じゃ?」

『多分マジックポイントとかマジックパワーとかそんなんだと思う』

「つまり、魔力の残量的なものか……」

『違うよ』

『えっ? えっと、レインちゃんが違うって……』

「早まるなよ、ステータスの詳細表示を持ちかけられても簡単に応じてはいかんぞ」

『えーっと、そのMPが何かって教えてくれないの? ステータス表示以外で』

『うーん、権限的に無理なんだよねー、でも……ヒントぐらいはいいかな、体見ればいいよ』

『体?』


 ハナちゃんは全身を見回す。

 いつもの毛だらけの体だ。


『うーん、いつもとたいして変わらない……』


 ちょっと雷をバシバシ打ったから、なんか毛並みが乱れている気がするけど、色もそのままだし、どこかに変化があるわけではなかった。


『ちょっとモフモフ度が下がってる……ってまさかモフモフポイントとか?』

『……』

『多分答えられないんだよね。うん、自分で確かめるしかないか』

「何かつかめたのかな?」

『うん、ちょっと確かめてみる。雑貨屋へ行きます』


 二人、と誰にも見えないが二体の妖精は雑貨屋に移動する。


『リルちゃーん、戻ってる?』

「わっ、ハナちゃんが変な声、でもそっちの姿でしゃべれるようになったんだ。おめでとう」

『ありがとう。おじいちゃんにいろいろ教えてもらって、できるようになったの。で、その関係なんだけど、ブラシって売ってる?』

「あるよ? でもハナちゃん必要なかったよね? いつでもいい感じだったし抜け毛もなかったし……あれ? 確かに今はなんかモサモサしてるね」

『そうなの、だから私でも使えるようなブラシが……あ、でもお金が……』

「魔獣退治には基本、褒美が村長から出る。ハナちゃんにも出るはずじゃ。じゃが、とりあえず今はわしが立て替えておこう」

『おじいちゃん、ありがとうございます』

「それなら……これかな、結構大き目だしちょっと使い道がないんだよね。多分元はペット用」

『う……ん、正直若干複雑な気持ちだけど……それで』

「お買い上げありがとうございます。えっと、5000円です」

「けっこうするのう。ほいほい」


 パイ爺が一万円銀貨を出すと、おつりの千円小銀貨が五枚返される。


「じゃあ、サービスで私がとかしてあげるね」


 大きな動物にブラシをするのは大変だが、世の中には好き好んでやりたがる者もいるので、どっちがサービスされているのかは場合によるだろう。

 今回がどっちであるかは明言しないが、少なくとも片側だけが利益を得る関係ではなかったとだけ記しておこう。


「そろそろ終わったかの?」


 手持無沙汰なので食堂でお茶をしていたパイ爺が帰ってくる。


「うん、大体いいよ」

『ありがとう、また今度お礼をするよ』

「いいよいいよ、暇なときはまたブラシしてあげるね」


 そして、ハナちゃんはパイ爺と一緒に再び空き地に行き、異能を試す。


「なるほど、今の状態では3回が限度か……じゃが十分じゃな。離れても当てられるのだから防衛の助けにはなるだろう」

『ほんと? やったー』

「じゃが注意が必要じゃな。雷は元々そういう性質があるのは知っておったが、的の近くに誰かがおるときは控えるが良かろう」

『その時は私が近づいて……』

「それはダメじゃ。エリザベスとも約束したが、お前さんを前に出さんことが最低限の条件となる。前に出ようものなら問答無用で防衛から外されるぞ」

『はあ、そうですよね』

「ところで体に疲れなどは無いか?」

『全然ないですよ』

「そうか、では本当に毛並みが乱れる以外の弊害が無いということか……これはまた面妖な……」

『でも復帰に時間かかりますよ』

「そうじゃな、どれ、負担でないのならもう一回試してみるか、わしがいてやろう」

『お願いします』


 そして再度異能を試すときに、ハナちゃんはふと思いついて、今度は左右の手を逆にしてみた。つまり右手を伸ばして右ひじを左手でモフるのだ。


 ゴオオォ


 なんと、今度は右手から風らしきものが出て、向けた方向の草が焦げ、すぐに炎を上げて燃え始めた。


「いかん」


 老人は精霊術も得意だったようで、呼び出された水で火はすぐにおさまる。


『ごめんなさい、やっちゃった』

「いや、試すことは悪いことではない。この空き地が燃えても問題は無いのじゃ。それにしても、それは炎などでは無いな」

『えっと、自分では風が出ている感じです』

「ということは熱風ということになるか……使いどころが難しいかもしれんな」


 ダンジョン内ならともかく、家も木でできており、草の多いこの村の中で使うのは少々不向きかもしれない。


「しかし、左は電撃、あるいは稲妻、そして右が熱風か……威力といい、複数の属性を使うことといい、まさに竜王ドラゴン・ロードといったところかな」

『そんな魔物がいるんですか?』

「昔迷宮の深層に居たらしいのう。当時のトップ探索者がずいぶんてこずったと聞いている」

『ほえー』

「何を呆けておる、おぬしもできることではないか」

『はあ、そうなんですけどね……でも回数が』

「おお、そうじゃそうじゃ、そっちも3回できるかどうか試してみるか。今濡らしたところならこれ以上燃えんじゃろう」

『はい、やってみます』


 検証の結果、こちらも3回ちゃんと発動することができた。

 再度のブラッシングののち、他の能力もあるか試してみたが、変化、電撃、熱風以外には発動しなかった。


「ふむ……もしかしたらじゃが、3つだけなのかもしれんな」

『今は?』

「ハナちゃんは毛並みが乱れることで残りの使用回数が落ちてしまう。ならば能力自体の数も体に表れているのではないか」

『体に?』


 自分の体を眺めるも、いつものモフモフだ。


「しっぽじゃよ」

『しっぽ?』

「うむ、自分ではあまり見ないと思うが、ほれ、斑点が3つあったろう? 聞いた話では年経た猫は尻尾が割れて猫又になると言われ、年経た狐は尻尾が増えて最大9つになるというではないか」

『ってことはどんどん斑点が増えるかもってこと?』

「わからん。今まで見たことはないからのう」

『そうかあ』


 ハナちゃんは、化けダヌキというと茶釜になるぐらいしか知らない。そもそもタヌキかどうか怪しいのだから、考えても無駄かもしれない。


「ともかく、威力は充分だから、後は安全に使えるように、な」

『はーい、注意します』


 と、この日の検証はこれで終わった。



「それじゃ、待機お願いね」

『はーい、お疲れさま』


 次の日から、ダンジョンゲートの建物前にハナちゃんの居場所が作られた。

 村の中心なので、どの方面から魔獣が来ても対応しやすいからだ。

 当然、異能を使うために常に獣の姿のままである。

 今のところ朝から昼、昼食をはさんで夕方までがハナちゃんの番で、夜はエリザベスが待機している。

 

――なんか、動物園の動物みたい


 檻は無く、単にわらが敷かれ、わらが広がらないように低い木枠で囲われたその場所は、まあ居心地は悪くない。

 寝転がっているだけで仕事になっているというのは、この村に来て、実は働き者であることが判明したハナちゃんにとってはちょっと罪悪感があった。

 それでも、他の者には任せられない仕事であることは理解していたし、どうせ動けないのならせいぜいどしっと構えてみんなに安心感を与えてあげよう、と思っていた。

 梅雨も明け、夏が近づいてくる森の中の村の中心で、大きなハナちゃんは、毛並みを乱さないようにじっと佇んでいた。

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