第21話 ゴローの帰還

「結局、無駄足だった……と説明するのも業腹よな……しかし……」


 ゴローは遠征が不首尾に終わったことに落胆しながらシンオオサカで出立の準備をし、朝一で宿屋をチェックアウトしていた。

 シンオオサカの一層中央フロア。

 大規模都市であるシンオオサカは地上だけでなくダンジョン内も都市の機能が分散されている。アンカーで固定化され地上と続きになったフロアは魔物が発生しない。固定されていないゲートの先からやってくるものに対処するだけでいいので、すべてのゲートが固定化されているこのフロアは安全だ。

 交易の起点である一層フロアであることもあり、この中央フロアは多くの商店、商会、それらの倉庫があり、護衛の探索者のための施設も多かった。

 ゴローがいるのもそうした探索者向けの宿であった。


「簡単では無いだろうさ。結局秘宝はミナモトの影響が強い。私たちオリタが確保している4つ、君たちの持つ1つ、残りの10のうち、いくつがミナモトの手にあるのか……」

「実際に全部確保しているのであれば、我らに手を出してきてもおかしくなかろう。いくつか浮いたものが残っておるのは相違なかろう」

「そうなんだよねえ……どこにあるのやら」


 一階の食堂で話をしているのは鍛えられた体の男ゴローと、自らを『オリタ』に属していると話している若い女性。女性はショートカットで涼やかな雰囲気を漂わせており、探索者というイメージにはそぐわない。むしろおしゃれなカフェの給仕などして同性異性問わず人気になっているような風貌だ。


「ま、とにかく今回はこれでしまいだ。またなんか情報があったら村に連絡せい」

「いつもの彼経由でいいんだよね……正直ミニマクスにまで情報が漏れるのはあんまり好ましくないんだけどなあ」

「あいつらは自分からは何もせんではないか……杞憂ではないか?」

「だけど、ミナモトに情報が洩れる可能性はあるんだよね。彼らは平等だから」

「『全てを記すミニマクス』か……もし気に入らないのであれば行商人に言付けてもらっても構わんぞ」

「そっちはそっちで、タイミングが合わないこともあるんだよねえ」

「まあ方法は任せる。それではわしはこの辺でお暇する」

「うん、またね」


 宿を出て、ゴローは今話していた人物について思いをはせる。

 オリタの一員として自分にコンタクトを取って来たのが若い女性であるのは予想外だった。名をユーリと名乗った彼女は、あろうことかオリタの腹心であると名乗った。

 転生者にのみ伝わるうたがある。



  妖精は転生者を迷宮の奥にいざなう

  ミナモトは全てを後押しする

  オリタは全てをかき回す

  ミニマクスは全てを書き記す

  15の秘宝が鍵となる



 実際の立ち位置はともかく、ミナモト、オリタ、ミニマクス、15の秘宝、それらがこのウメチカ超迷宮の謎にかかわっているのは間違いない。

 その一角であるオリタを名乗るユーリに何度か誘われ、ゴローは秘宝を探す遠征に出かけていた。

 その過程で各陣営の立ち位置も把握した。

 ミニマクスはあまりわからない。単に情報を集め、記録し続けることだけを強迫観念であるかのように行う集団だ。自ら動くことは無いため立ち位置は不明。

 ミナモトは人を、特に転生者に超迷宮を攻略させようとしているらしい。オリタは、ミナモトに反して迷宮をかく乱して簡単に攻略できないようにしているそうだ。普通に考えればオリタが悪だが、そう言い切れないのはミナモトの側にも不審な点があるからだ。

 ミナモトは人に超迷宮攻略をさせるために、とてつもない不便を押し付けている。その事実を知った時にはむしろミナモトこそが人類の敵ではないかと思った。

 そんなわけで、オリタを単純に良くないものと断ずるにもためらわれる。

 むしろ、奥に進ませないことで今の迷宮一層を利用した交易などが盛んになっている面もあるのだ。

 何より――


「わしは『魔王』じゃからな、巷で悪とされるものをそのまま信じ込むのも芸がない」


 歩みはいつしか、東フロアに至っていた。

 こちらは中央フロアに比べれば人は少ないし空き地も多い。

 各ゲートの近くにはそこから侵入する魔物に対処するためにシンオオサカの兵士の詰所が置かれているが、そもそも二層に続くゲートを除けばさほど危険はないため人数も少ない。

 イコマに続く東側のゲートは周辺にも建物が多くにぎわっているが、そこから少し離れた東北方面のゲートはさびれていた。

 こちらにはいくつか小さい村々が存在するだけで、進んだ先に超樹海を出る道があるわけではない。東のイコマへつながるゲートとは重要度が全く違う。

 番をしている兵士に目礼をして、ゴローはゲートをくぐる。

 ちらっと確認したアンカー数は2だ。

 シンオオサカなら予備の在庫も多いだろうし、一応ちゃんと管理されているようだ。


「さて、村はもうすぐだな」


 固定化されたフロア同士では離れていてもその位置関係は変わらない。

 途中のフロアの内容とそのフロアのゲートの位置は変わるために、毎回一直線に進めるわけではないのだが、おおむねシンオオサカからモリノミヤに行くには3~5フロアを通るぐらいでいける。

 なお、一般的な護衛付きの行商人の場合、1フロア通り抜けるのに早くて2時間、途中で魔物の処理に苦戦したりゲートが遠かったりすると4~5時間ぐらいかかる。

 当然休みなく移動できるわけではないので、シンオオサカとモリノミヤの間はおおむね1~2日間かかると計算されている。

 しかしそれはゴローには適用されない。

 一瞬で魔物を屠る力を持っている彼は、いくらてこずったとしても1フロア2時間もかかることはあり得ない。

 今出たということは、昼は超えるかもしれないが夕方ということはなかろう、と考えていた。


――何もなければな


 当然迷宮では楽観した者から死んでいくということを熟知している彼は油断したりしない。


「サル、出て来い」


 声を変えると彼の肩に光が集まり、小さな猿の姿をした妖精が現れる。


『今日は迷宮探索ですか? 今日は四層ぐらいまで行かれますか?』

「お前は相変わらずじゃのう。今日は戻りじゃ。村に戻る」

『そんなあ、せっかく入ったんだからちょっとぐらいは先に進んでおきましょうよ』

「ま、いずれな。秘宝の探索が空振りに終わったんじゃ。少しは村でゆっくりしたい」

『おお、大仕事をされておったのですな。さすがは我が主。運もありましょう、次こそは首尾よく秘宝を手にされるに違いありません』

「おべっかは良い。索敵を頼むぞ」

『承知いたしました』


 そして熟練探索者と妖精は迷宮の奥に進む。

 この方面で数少ない村があると言われている北ではなく、先に何もないと言われている東のゲートを目指して。



『そうそう、リルちゃん、まだ皆勤続けてるの?』

「うん、本当は途切れてもいいんだけど一回意識しちゃうと……ね」

『そういうものかあ』


 ブラシで毛並みを整えてもらいながら、ハナちゃんは何気ない会話をする。正直、話していないと気持ちよくて寝てしまいそうだ。

 毎日魔獣の警戒を続けているハナちゃんの、特に意味のない日常だった。

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