第22話 ゴローとの邂逅、そして確定

「うわっ……ってハナちゃんか」


 ダンジョンゲートの建物を出てきたのはタイキだった。

 彼は入り口すぐそばにしつえられた寝床(寝てないが)でじっとしているハナちゃんを見て一瞬驚いた。


『あ、タイキさんだ、おかえりー』

「うわ……しゃべれるようになったのか」


 それなりに流暢にはなったが、まだ若干違和感が残るハナちゃんの声に、タイキは驚きの反応を示した。


『そうなの。あ、エリーさんは今休憩中だから宿舎にいると思うよ』

「ということは、今はハナちゃんが交代して番してるのか。うん、ありがとう」

『といっても、あんまり魔獣は出てこないんだけどね』


 タイキが発ってから6日が過ぎていた。

 行きは順調だったが、それでも3日かかり、さすがに疲れてその晩は向こうに泊まった。4日目には一応、シンオオサカで情報収集と、村への援軍をかつての知り合いに当たってみたが、ちょうど手の空いているような者はいなかった。

 5日目に引き返してきたが、こちらも一人ということで慎重に進み、やはりその日のうちにこちらに到着することはできず、ダンジョン内で一泊して到着したのだ。

 元々一週間をめどに、ということだったのでこれでも予定に問題はない。

 その間、魔獣は一体入ってきたが、非番の夜だったのでハナちゃんは後で聞いただけだった。聞いた話では大きな狼だったらしく、確かに魔獣という大きさだったそうだ。


「足が速いから大変だったよ」


 なんてエリザベスは言っていたが、確かに村人が表に出ている昼間だったら足が追いつかず、被害が出ていたかもしれない。

 皆が寝静まって建物の中にいた夜で良かったとも言える。


「ところで、ゴローさんって探索者はまだ帰ってない?」

『あ、噂の人ね。まだだよ』

「そうか……」


 タイキとしては、肝心な時にいないことに、本人の責任ではないと聞いていてもちょっと腹が立っていた。が、こうしてハナちゃんが村を守ってくれるなら何とかなるだろう、と思い直す。


「じゃあ、俺はエリーのところに帰るよ。お仕事頑張ってね」

『はーい』



 同じ日、しばしののち。


「うわっ……って魔獣じゃないのか?」


 ダンジョンゲートの建物を出てきたのはゴローだった。

 彼は入り口すぐそばにしつえられた寝床(寝てないが)でじっとしているハナちゃんを見て一瞬驚いた。

 少なくとも見たことのない人。

 だが、ダンジョンのゲートから単独で現れ、そして刀のようなものを腰に差して和服のようなシルエットの革の防具を身に着けたその姿は、まさに探索者という出で立ち。

 ということは、ハナちゃんは一人思い当たる人がいた。


『あ、初めて見る人ね……ひょっとしてゴローさん?』

「ああ、その通り。わしはゴローと名乗っておる。この村の探索者じゃ」

『初めまして、私はハナといいます。パイソンさんと同じ転生者です』

「外の町から来たのか?」

「いえ、この町の近くに出現しました。ポン、って」

「そうか、ふむ……ああ、聞いているかもしれんが、わしも転生者だ。名前からわかるようにおぬしと同じくこの日ノ本出身じゃな」


 日ノ本、という言い方は少しなじみがなかったが、きっと日本のことだろう、とハナちゃんは納得した。


――そうか、転生者なんだね。おじいちゃんは外国の人だったし、きっといろいろ聞けること、あるよね


『そうなんですね。なんか元の日本と全然違っててちょっと不安だったんですよ。いろいろ教えてくださいね』

「ふむ、おぬしはいつ頃の時代のものじゃ?」

『2018年に死んだと思います』

「なるほどのう、わしはかなり昔の者じゃから興味深い。わしの方から聞きたいことの方が多そうじゃ」


――やっぱり


 話し方からしても古い時代の人、という感じをハナちゃんは受けていた。その予想は当たったわけだ。


『こちらにもかなり昔から?』

「いや、わしがこの地に降り立ったのは5年前じゃ。そのあたり、元の世界の年代とはあまり関係が無いようでな」


――そんなことがあるんだ


 さすがに時間は前後しないと思うけど、もしかしたら後から来る転生者には、何百年もあとのことも聞けるかもしれない。ハナちゃんは、そのことがちょっと楽しみになった。


『そうなんですかあ……と、いけない。今は村が大変なんで村長さんにお話ししてください』

「ああ、ゲートの状況は見ておる。確かに、時間を浪費しておる場合ではないな。また話を聞かせてくれ」


 そう言い残して、ゴローは村長の家に足を進めた。

 その後ろ姿を見ても、やっぱり時代劇の人っぽくてなんだかかっこいい、とハナちゃんは思った。



 夕方になり、交代の時間になったがエリザベスは現れなかった。

 代わりにゴローが現れる。

 服装は、革ではなく布になって、まるっきり時代劇に出てくるお侍さんだ。


「話はまとまった。明日からわしが迷宮に潜る。おぬしはあの二人と村の守りの方を任せる」

『はーい。じゃあエリーさんももっと休めるのか、それはうれしいです』

「おぬしの負担も軽くなろう。聞けば幼子おさなごというではないか。その体に惑わされておった。そういえば話した感じは確かに幼かったと、後で気づいたわ」


 やっぱりこの人も、ハナちゃんのことを小さい、と思っている。ここは、ちゃんと誤解を解いておかねば、とハナちゃんは反論する。


『でも11歳ですよ。ゴローさんの時代の11歳だったら大人に混じって仕事するのも当たり前じゃなかったですか?』


 その反論に、ゴローは頬をちょっと緩め、こう答えた。


「ふむ、確かにそうだが、我もこの村の流儀に染まっておるのかな……ところで」


 そこで調子を元に戻して彼はつづけた。


「……おぬしは迷宮に行きたいか?」


 そのことは、パイ爺やエリザベスにさんざん早い早いと言われている。

 ハナちゃんはやはり自分が子ども扱いされていることを自覚しているし、彼らが心配していってくれているのを知っているので、当然おとなしく同意している。

 しかし……


『そういう言い方をするってことは、誘ってくれてるんですか?』


 この人は感じ的にもっとバリバリ戦ってそうな気がする。

 ハナちゃんの受けた印象は、実際に間違っていなかった。


「それでもかまわんぞ。転生者は何かと迷宮に惹かれるもんじゃ。異能が戦いに向いたものならもっと若年でもそこそこ進める。それにおぬしの場合はその立派な体があるであろう?」


――おお、立派と言われたのは何気に初めてかもしれないね


 しかし、一応自分のことで喧嘩になってもらっては困るので、ハナちゃんは予防線を張る。


『でも、おじいちゃんやエリザベスはまだ早いって言うよ?』

「わしとあのおきなの意見は違うんじゃがな。エリザベス、というのはあの嫁のほうだな。あの者もおぬしを子供じゃと思い込んでおるんじゃろうな。転生者がそれで測れるわけがなかろう」

『……そういう、ものですか……』

「まあ、村で平和に過ごしたいならかの御仁ごじんの言うとおりにするもよかろう。だが、迷宮へ心惹かれるのならば、わしを頼るのも良いじゃろう」

『考えておきます』

「うむ、なにやら珍妙な力を持っておるようじゃし、わしも楽しみじゃ。おぬしが力を示してくれるのがな」


 パイ爺ちゃんには『面妖』と言われ、この人からは『珍妙』と言われたことに、ハナちゃんはちょっと複雑な気持ちになった。

 

『とにかく、お知らせありがとうございます。じゃあ私は戻ります』


 言い残して宿舎に戻って変身する。

 その間ハナちゃんには気になってしょうがないことがあった。

 ダンジョンに行きたいかどうか、ではない。


――みんな言い方が悪いよね。なんか私が珍獣みたいじゃないの。


 もっと良い言い方は無いものか、ハナちゃんはそれがずっと気になっていたのだ。

 何かもっと良い言い方、ないかなあ……と考えながらうわの空で夕食を食べ、お風呂に入って、そして部屋に戻って寝る直前になってようやく閃いた。


――ユニークっていいんじゃない? ほら、ユニークスキルとかってなんか特別って感じがするし


『残念だけど、異能は全て唯一ユニークなのよね』


 レインに「どう?」って聞いたらそんな答えが返ってきた。

 ハナちゃんはふてくされてレインにお休みも言わずにそのまま寝ころんだ。



「うむ、では出陣としよう」

『早いですね』


 早朝にダンジョンに向かうゴローを見送ったのはハナちゃんだけだった。

 前日帰還し、そのあとも打ち合わせなどで休むことができなかったタイキや夜番のエリザベスはまだ起きてきていない。

 タイキと同じで昨日帰ったばかりのゴローが、このように元気にダンジョンに行こうとするのは、やはり探索者としての経験の差なのだろうか。

 そこで、意外な言葉が彼から帰って来た。


「見送りご苦労、どの」

『ふえっ? 私化けダヌキなの?』

「なんじゃ、知らんかったのか、大きな体躯に尻尾の斑点と言えば化けダヌキの特徴じゃろうが……いや、こちらの世界では見たことが無いな」

『元の世界でも茶釜に化けるとか聞いたことあるけど、私聞いたことないよ?』

「そうか、あまり一般的ではなかったかな……まあ、『魔王』のわしが言うんじゃから間違いない」

『魔王?』

「ま、それはおいおい……迷宮に行く気になったら話すこともあろう。そういえばおぬしの妖精は毬の妖精じゃそうじゃが、それも珍しいな。普通は生き物の姿をとるもんだが」


 ということは生き物ならぬ『死に物』であるところの、パイ爺の妖精も変わっているのだろうか?

 そのようなことを言うゴローの妖精はどんなのだろう? ハナちゃんは聞いてみた。


『ゴローさんの妖精はどんななの?』

「サルじゃ」

『猿? 名前は?』

「サルじゃ」

『それは名前の付け方としてどうなの?』

「別に不便は無かろう。わしが呼ぶだけじゃからな。人前には出さんし」


 不便は無いだろうが不憫だろう。


『むー、なんかかわいそう』

「ははは、まあ楽しみにしておけ、そのうち会わせてやる……ではな」

『はーい、行ってらっしゃい』


 ハナちゃんと別れ、ゴローはゲートの建物の中に消えた。


――『魔王』、それにサル、か


 その言葉に関係のある日本の有名人を、ハナちゃんは一人知っていた。


――まさかね


 果たして、ゴローと名乗る彼が、例の有名な殿様なのかどうか気になったが、あとはハナちゃんが本人に聞いてみるしかない。


――でも、ゴローなんて名乗ってるから簡単には言いそうにないよね


 それともこの世界にも信長っているのだろうか。

 ただ、ハナちゃんはそんなことより化けダヌキの衝撃の方が上だった。


――そうかあ、結局タヌキなんだね。ま、謎生物よりはましか……


 ハナちゃんはそう思い直して、いつもの場所で丸くなるのだった。

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