第19話 モフッとドン、モフッとポン

「モフ……芸?」

「念のために聞くが、表示内容に追加の情報は無いか?」

「どう? レインちゃん」

『私はこれだけしか知らないよ』

「やはりな。じゃが……どういう意味なのか……てっきり、電撃か精霊術関連のなにかだと……」


――多分モフモフでなんかするってことだね。そういえばあの時は……


「おじいちゃん、ちょっと変身解きたいから向こう向いてて……妖精さんたちも」

「ふむ、何かつかんだか」『わかったー』『私に前とかないんですがね』


 素直に従う老人と、やっぱり前がわからないけどなんか回転する跳ねるボール。鳥かごはパイ爺が体で隠してくれた。

 素早く衣服を脱いで、変身解除、ポン。


「がう」


――しまった、しゃべれないや


 やってしまってから気づく。


『契約精霊の仕事だから通訳するよー』

『やった。これだけでも日常生活が楽になる』


 鳴き声が自動的にハナちゃんの声に置き換わる。

 ただ、音はちょっと変だった。何重にも聞こえるというか金属的な響きがあるというか、日常話しているハナちゃんの声とはかなり違う。


「練習せんと自然な感じにはならんぞ」

『げ、そうなんですか?』

「うむ、まあ実用上問題は無かろう」

『そうですね。こういうものだと思ってもらえれば……ってそうだ、モフ芸のやり方なんですが、多分こうやって……』


 ハナちゃんが左腕を右手でわしゃわしゃする。


『あれ? およ? 何で? もしかして雷出しながら……』


 バチィィ

 いろんな角度でいろんなモフり方を試している最中に、急に腕から電撃が飛び出る。

 ドオォン

 それがダンジョンの壁を襲う……隠れているエリザベスのすぐそばの。

 

――ひえっ


 全く動けなかった。嗅いだことのないような臭いがあたりに漂い、エリザベスは冷や汗が流れるのを感じた。


「ふむ、しょうがあるまい。出てきてよいぞ」


 言われて物陰からエリザベスが姿を現す。


『あれ? 何でいるの?』

「あははー……」

「心配してついてきておったのじゃ」

『でも村を守る打ち合わせだって言ってたじゃない』

「……すぐに戻るつもりだったわ」

「まあ、まだ魔獣除けの領域が消えてすぐじゃから、そう危険はないがの」

『それでも良くない』

「……はい、反省してます」

「で、ハナちゃんや、今のはやり方が分かったのか?」

『こう、腕の毛をわしゃわしゃ撫でると雷が出ます』

「やっぱり、転生者の異能は独特よね」

『……で、多分左ひじあたりをこう……』


 そう言って、ハナちゃんが左腕を今度は人のいない壁に向け、肘のあたりを撫でると、先ほどと同じように電撃が走り、ダンジョンの壁にあたり、焦げを作った。

 近寄ってパイ爺が当たったところを確認する。


「ふむ、かなりの威力じゃな。エリザベス、どう思う?」

「そうね。ダンジョンの壁は特に壊せないこともないんだけど、生き物相手だったら相当危ないわよね。ちょっとした雷が落ちるようなものよね」

「そうじゃな、これならば……」

「ええ、でも射程距離と使用回数も調べないと……」

「その辺は村でやろう。お前さんも早く打ち合わせに行かんか」

「……そうね、じゃあ先に失礼するわ。ハナちゃん、またね」

『はーい、わざわざ来てくれてありがとう』


 ハナちゃんは左手を振ってエリザベスを見送った。その時、なんか腕の毛並みがモサっとしているのに気づいたが、まああれだけ撫でまわしたらそうなるか、と思った。


「さあて、このまま行くか。服はこのかばんじゃな」

『はい、お願いします……あ、レインちゃんはどうしよう』


 村のみんなが見るとびっくりするかもしれない。


「問題ない、そのまま出るぞ」


 そして二人と妖精二体はモリノミヤへの出口に向かった。



『こうなるんだあ』


 外に出た瞬間に妖精は姿を消した。が、今のつぶやきでわかったようにハナちゃんの言葉は続けて翻訳してくれているようだ。


『レインちゃん、聞こえてる?』

『うん、大丈夫。姿が消えてもハナちゃんとだったら話せるよ』

「今、ハナちゃんは妖精の声が聞こえていると思うが、妖精の声は契約者本人以外には聞こえん。他の人がいるときは注意せんといかんぞ」

『私がこの姿で話せるのは良いの?』

「それは、やり方を勉強したとすればよかろう。さて、燃えるものの無い空き地に行こうか」

『あ、どうせ帰ってくるんだからかばん置いてくるよ、リルちゃんのところに』


 ハナちゃんはおじいさんにだけ荷物を持たせている状況がちょっと気になっていた。


「別に重いものではないんじゃが……そう言うならほれ」


 立ち上がってかばんを受け取り、ハナちゃんは雑貨屋に行く。

 無人だった。


――あ、そうか、リルちゃんは学校か……そういえば皆勤賞がどうとか言っていたし


 実際には寺子屋のようなものだが、この時間は彼女はそこで勉強しているはず。お母さんのニルさんは料理の仕込みをしているだろうし、雑貨屋は無人だった。


――まあ、もう村の人しかいないし、問題ないんだよね


 とりあえず荷物だけでも置いておこうと奥の倉庫に入る。

 倉庫と言ってもそとから見える角度にないだけで扉などは無く、今の体ではドアノブが苦手なハナちゃんでも大丈夫だ。

 かばんを置いてふとハナちゃんは気づく。


――モフ芸、ってことは他にもあるのかな、例えば……


 そう思って、おでこのあたりをわしゃっと撫でてみると、突然いつものポンという音が鳴って変身できた。

 まさか、こんな簡単だったとは……

 ハナちゃんは喜びながらもちょっと落ち込んだ。

 とはいえ、この体でやれることはないはずなので、変身を戻そうとして気が付く。


「葉っぱは……ない⁉」


 髪の毛をぱさぱさやっても全然戻らない。


「そうだ、モフ芸」


 ということは残っているのは耳しかない。

 右耳……だめ、左耳……だめ、じゃあ両方だ……成功。


『なんとかなったあ』


 ずっと大ダヌキの姿のままは嫌だけど、戻れなくなるのも困る。

 ハナちゃんはホッとしておじいさんが待つところまで戻る。


「遅かったの」

『他の技も見つかったの、葉っぱなしで変身できたんだよ」

「ほう、つまり体を撫でることでいろいろな技が使えると……便利そうじゃな」

『で、変身したら毛が無いし、前使っていた葉っぱのアクセサリもなくて、戻れないんじゃないかと焦ったの』

「なるほどなあ、それで時間がかかったのか」

『いろいろ試してみたら両耳を同時に触ったら戻れました』

「……ということは、今後変身しても耳は消せんな」

『えええっ、それは困るよ』

「時間で戻るのかどうかは後で調べる必要があろう」

『そうだね、今日寝るときに試してみる……』


 話しながら村の空き地に移動する。

 村の建物は、食堂や朝の市などから近い中央部にまとまっている。

 この村の領域は半径300mの円形をしているが、大体その中心から半径100mぐらいに建物が密集している。

 意外に広いのではないか、と思うかもしれないが面積でいうと全体の10分の1であって、建物がまばらという感覚はない。

 その外側がその他の用途に使われてるが、かなりの部分はまばらに木がある、ただの空き地である。この村の人数が適正より少ないのは明らかだった。

 そんな空き地の一部、ちょうど新たに畑を開こうと切り開かれている場所に二人はやって来た。


「この辺でいいじゃろう。まずは外でも同じように使えるか試そう」

『中と外で違うの?』

「そういう異能もある。まあ、魔獣の件があるからその恐れは少ないがな」

『じゃあ始めます……あれ?』


 何度かモフモフしてみるも、全く反応がない。


『MP切れかあ……』

「なんじゃそりゃ、えむぴいとかいうのは?」

『MP切れだね』


 そこで、それまで沈黙を保っていた妖精のレインが口をはさんだ。

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