第16話 一手足りない
「無茶したわねえ」
ハナちゃんがやったことを聞いたエリザベスの感想がそれだった。
夕方になって帰って来たタイキとエリザベスは、ゲートを見て状況を理解し、すぐに村長のところに話を聞きに行った。
行ってみると、とても疲れた顔の村長、ユーディス、行商人がいた。
ユーディスが老狩人と一緒に報告に行った後、二人と村長で方針が話し合われた。
話し合いは難航したが、結局タイキとエリザベスが帰ってこないと方針も立たないということになり、「現役が来るならばわしはいらんだろう」との主張が認められ、老狩人は解放された。
そこに、荷物の買い付けと積み込みで倉庫から帰って来た行商人が巻き込まれ、メンバーを変えた三人で再び話し合いがもたれた。
行商人と村で少ない戦力を取り合う構図になってやはり話し合いは難航した。そして、やはり主要戦力であるタイキとエリザベスが帰ってこないとどうしようもないという結論になった。
そんなわけで最初からの村長とユーディスは疲労困憊だったし、仕事終わりに巻き込まれた行商人も同様に疲れていた。
そのようなときにタイキたちが帰って来たのだ。
ユーディスが説明を始めようとするのを遮って、タイキはこの長い会議で最初の建設的な意見を述べた。
「とりあえず、みんな腹が減っているし食事しながら話しませんか?」
夕食が用意され、足りない分は食堂で何皿か作ってもらい、タイキとエリザベスが運んできた。
村長の家の入ってすぐの部屋は広めの執務室だが、急遽そこを臨時の食事兼会議の場として整え、料理の皿が並べられた。
その食事中にユーディスから村に出た魔獣の顛末を聞き、エリザベスの冒頭の発言につながったのだ。
「ケガはないのよね?」
「そう聞いているよ、遅めの昼食をしてすぐに宿舎に戻ったと聞いている。もう寝ているんじゃないかな」
「ほんと、無茶する子なんだから」
「でも、あの子のおかげで俺たち抜きでも魔獣を倒せたのだから、感謝しないとな」
「そうね……なんか複雑な気分だけど」
話題はケガ人の話になる。
「で、リノは大丈夫だったの?」
「彼女は軽傷だった。もう家に戻っている」
「問題は……護衛の戦士か……」
その言葉に、行商人が反応する。
「あなたがたのどちらかが、代わりについてきてもらえませんか?」
「と言われても……」
タイキは困った顔をして、村長の方をちらっと見る。
だが、村長は考えこんでいるようでこちらに注意を払っていない。
「お願いします。しっかり報酬は払いますから……」
そこでようやく村長が話題に気づく。
「すいませんが、そういうのは食事が終ってからにしませんか? まだ説明も全部終わっていないじゃないですか」
「……申し訳ない」
行商人としても今後の関係があるから強くは出れない。もちろん、野菜を買い付けているのだから早く戻りたい、今後の行商のスケジュールもあるので焦りはあるのだが、それを押し殺して謝罪を口にした。
やがて食事が片付けられ、本格的な話し合いとなった。
「今、村で戦力が必要なのはダンジョンのアンカー取得と魔獣から村を守ることですね……」
探索者としてタイキの発言だが、異論が出ないようなので彼は続ける。
「で、どっちが重要かというと魔獣への対処の方でしょうね。アンカーは猶予期間があります。ここは村の防衛に戦力を集中させるべきではないでしょうか?」
「だが、そのままずるずると猶予期間が過ぎることにはならないか?」
村長が懸念を表明する。
「それは戦力をどう増やすかということになりますね」
そこで一同の視線がユーディスに向く。
「ゴローさんのことを言っているなら、向こうから連絡はありません。明日朝の通信でシンオオサカでの消息調査を依頼しますか?」
「……そうだな」
村長がためらいがちなのには、費用がかかるからだ。おまけに確実に捕まるとはかぎらない。
「他はどうなんだ? ケガ人は?」
「マイルズさんは……ああ、負傷した狩人ですが、肩を噛まれていてしばらく弓は難しいそうです。斥候としての能力がある人なので、役割分担をすれば一週間もあれば復帰できるとのことです」
ユーディスはこの家に戻ってきていたナオにケガ人たちの状況を確認していた。彼が話し合いの場にいないのは、彼の立場が行商人の護衛と村長の息子ということで火種になりかねないとユーディスに諭されてのことだった。
「そして、護衛の人は骨が折れているので戦力としては難しいでしょうね」
バリーは態度は良くなくても護衛をまとめていた剣士だ。彼が抜けることは大きい。
「ユー、シンオオサカから探索者を呼ぶってのは無しなのか?」
「それは……」
タイキの言葉に、ユーディスは村長を見る。
「すまんが、そこまでの蓄えは村には無い」
うまくいっている村だが、だからといって裕福なわけではない。
「期間を分けて考える必要があるかもしれませんね。とりあえずマイルズさんの復帰までの一週間、そして猶予期間までの残りの期間と」
エリザベスはここまで聞き役に徹していたが、初めて意見を表明する。
「となると、まず一週間は村の防衛中心、それ以降で戦力を分けてダンジョンと村に配置となるか……」
「あのう……」
そこで行商人が口をはさむ。
「さっきも言ったことですが、タイキさんかエリザベスさんを護衛にお借りすることはできませんか?」
「しかし……ただでさえ少ない村の戦力を……」
村長は難色を示す。
「ですが、予定通りにいかないとこちらも損害になってしまいます。それに対して村に補償を求めることにもなりかねません」
「それは……あまりにも……いや、そうですな」
村長も道理がわからない人ではない。
「どっちかと言うなら俺でしょうね。前衛の代わりというならエリザベスでは不安がある。帰りも村に移動するだけなら一人でなんとかなる」
探索者はあまりダンジョンを単独行しないが、それは一人で倒せる敵にうまみが無いことが原因だ。行商人が移動するような外縁部を移動するだけならタイキレベルなら難しくない。
「そうなると、私が村の防衛に加わればいいわけね。狩人の人たちと打ち合わせしないといけないわね」
「うーん、それしかないか……わかりました、では1週間はそのような方針で」
村長が決断し、行商人は何とかなりそうだと胸をなでおろした。
以降の話し合いに関係無い彼が、礼を言って貸し与えられている客室に引っ込む。
「さて、じゃあそれ以降の方針を決めようか」
「あ……村長、気が付いていないかもしれないけど、そっちの方がキツイと思いますよ」
タイキの言葉に村長とユーディスがギョッとする。
やっぱりわかってなかったか、とタイキは一から説明することにした。
「一週間を過ぎたら俺とエリーはダンジョンに専念することになる。なるべく急ぐけれど、最大で二週間ぐらいは見ておいてもらいたい。そしてその間、村の防衛は残りの人で対処してもらうしかない」
すなわち、復帰したマイルズを含めた狩人たちで魔獣へ対応するということになる。後を継いでエリザベスが説明する。
「問題は、固定化ゲートのもたらす守りが失われた状態だということね。言うなれば今この村は超樹海の森のど真ん中と変わらないの。今はまだ魔獣たちも守りが失われていることに気づいていないけれど、徐々に気づいた魔獣が次から次へとやってくるわ。それに対して村の人たちで本当に大丈夫かしら?」
ようやく理解した村長とユーディスは沈黙した。
二人とも戦闘経験が薄いのですぐに思い至らなかったが、説明されたらすぐに理解でき、そして状況がとても悪いことに絶句したのだ。
しばらくの沈黙ののち、村長が口を開いた。
「今日の……」
「ハナちゃんを当てにしているなら許さない」
「……っ」
図星だった。
だが、それを口に出す前にエリザベスが拒絶したので、続けることができなかった。
「確かに、あの子は今日活躍したかもしれないけど、あの子はまだ子供。本当は11歳だというけれど、それでも矢面に立たせるのは反対」
「村長、例えばナオが11歳で大人と同じ体をしてたとして魔獣と戦わせるか?」
「そ……それは、だが大人よりずっと強いだろう?」
大人の村人が魔獣を倒すことどころか、正面から当たることすら難しい。現に一線級ではないものの探索者のバリーでさえ一撃で吹っ飛ばされている。
同じ魔獣に正面から一人で立ち向かい、押しつぶしにも抗ったハナちゃんが単純な強さで頼りになることは確かだ。
「強いからといって、子供を前に立たせて生き物を殺させるというところが問題なのよ。体の問題じゃない、心の問題よ。あの子はもっと年相応にゆっくりと成長していく権利があるはずよ」
「……村長、12で村を飛び出して探索者になった俺が言うことじゃないと思うが、そのころの同年代で今も探索者を続けてる奴はほとんどいない。死んだか、ケガして落ちぶれたか、悪い道に入ったか、そんなもんだ。俺はエリーに拾われて助かったが……子供を戦いに巻き込んじゃいけねえよ」
冒険者二人に詰められ、たじたじの村長。なお、ユーディスは傍観。
しかし、村長もあきらめきれない。今の戦力が不足だということだと、探索者を外部から呼ぶということになりかねなかった。
「タイキみたいに……本人が希望したらどうだ?」
「希望するに決まってるじゃない。あの子はどうしたわけか自分が役に立つことに一生懸命なの。見ていて不安になるぐらい……そんな話をしたら絶対に『やります』って言うに決まってるわ。でも、それは許さない」
エリザベスの言葉は村長の気に障った。
「君たちに許さない、と言われても、これは村の一大事、わしたちの問題なんじゃ」
「ならば俺たちはこの村を見捨てるよ。エリーは俺に気を使ってついてきてくれているけど、探索者だったらどこに行っても生活はできる。俺のことは気にしなくていいぞ、エリー」
決定的な対立が起ころうとしていた時、不意に横から声がかかった。
「それなんじゃが、結論をちょっと待ってもらえんじゃろか?」
◇
「皆勤賞?」
「うん、村の読み書きの勉強会で、全部出たらもらえるの」
「大変じゃない? 全部なんて……」
「大丈夫、つらい時もあったけど、ほんのちょっとでも顔を出せばいいらしいから」
「へえ」
ハナちゃんの遅い昼食時の、特に意味のないリルとの会話であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます