第17話 転生者と妖精
「よっこらしょっと」
半開きの窓から入って来たのは白くて長い姿。大蛇形態のパイ爺であった。
「ほいっと」
全身を室内に入れて老人の姿に変化する。
「爺さんもハナちゃんに戦えっていうんじゃないんだろうな。さっきの話聞いてたよな?」
「まあ待て、なにもずっと戦いに身を置く必要はないじゃろ。今回は正直わしがこの村に世話になって50年以上で一番の危機じゃ。恥を忍んであの子に頼み込んでみるのも悪くはないと思うがのう」
「私は反対。これからの子なのよ。いくら非常時だってケガをする恐れがある場に連れていくなんてありえない。今日は無事だったけど、次もそうだとは限らないじゃない」
村長とユーディスは口を挟まない。
少なくともパイ爺さんは自分たちの立場も考えてくれているのがわかるので、そのまま見守ることにした。
「そのことについては、わしが力になれると思う」
「前で戦ってくれるとか?」
実際にパイソンは村で魔獣を追い払うこともあったし、昔はダンジョンを探索したこともあるとこぼしたこともあった。特に大蛇の姿の時は並の魔獣を一人で相手にすることもできた。
今もやれと言われてできないことではない。
「ふぉっふぉっ、老人遣いの荒い嬢ちゃんじゃ」
「子供遣いの荒い大人よりましじゃない?」
「ふむ、じゃがわしの考えが正しければ、あの子は接近せずとも魔獣を一蹴できるかもしれんのじゃぞ。それは、ハナちゃんが村で平和に暮らすとしても、身を守る助けになるのではないか?」
後半は納得できる。問題は前半の方だ。
「ハナちゃんが、そんなに?」
精霊術を教えたエリザベスには、ハナちゃんに才能がないことがわかっている。現状彼女が戦うとすると獣の姿をとっての肉弾戦以外にないはずだ。
いや、今日の魔獣退治の話で一つエリザベスに理解できない話があった。雷の精霊術だ。聞いた規模は精霊術に長けたエリザベスでも不可能なものだ。
「あの子に何を……どうするつもり?」
「わしは何もせん。ただ、明日になったらあの子を連れて行こうと思っとる」
「どこへ……」
「妖精に会いに」
◇
「うにゃ?」
「ハナちゃんは猫だったのか。タヌキだと思っておったが……」
そりゃいきなりパイ爺さんがやってきてダンジョンに行くぞ! と言われればそうなっても不思議はない。
翌日朝、食堂でタイキ、エリザベスと朝食を食べるハナちゃんの元にパイソンが現れたのだ。
四人掛けのテーブルの空いた席にパイソンは座る。
「なんで? 危ないんでしょ?」
「ゲートのすぐ近くまでしか行かんわい」
「魔物と戦うの?」
「その必要はない。出てきたらわしが倒してやろう」
「昼までかからないならいいよ」
「大丈夫、すぐ終わる」
話している最中、同席しているタイキもエリザベスも特に口を挟まなかった。ということは、別に危険じゃないのだろう、とハナちゃんは考えて軽く了承した。
昨夜の話し合いは一週間後からのことは保留となって解散した。
当然、エリザベスとタイキはパイソンにいろいろ質問したが、結局はハナちゃんに危険は無いということで決着した。
二人は、特にエリザベスは完全に納得したわけではなかったが、さすがに鍛えられた二人といえども疲労が濃く、ひとまず様子を見るということになったのだ。
「気を付けてね、私たちはついていけないけど……」
「二人とも忙しいんだよね、大丈夫、おじいさんがいるし」
この後すぐ、タイキは行商人と合流してシンオオサカへ出発する。エリザベスは狩猟小屋に出向き、魔獣の監視の分担、発見した時の連絡体制などを狩人のみんなと打ち合わせすることになっていた。
いくら村の長老的立場のパイソンとはいえ、任せて大丈夫かエリザベスは心配していた。
――ダンジョン、みんな子ども扱いするから言い出しにくかったけど、行けるんだ……楽しみ
しかし、当のハナちゃんは気楽だった。
◇
「さて、準備はよいか?」
今まで足を踏み入れたことがなかった石造りの建物の中で、ハナちゃんは緊張しながらうなずく。
この建物は、だれが建てたかもわからない。それはオーサカ超樹海がいつからあったのかとか、ウメチカ超迷宮のボスはいるのかとか、そういったこの地の不思議の一つとして語られるものである。
樹海内に点在する地上ゲートはすべて同じ形、大きさで、過酷な自然環境の中でも全く劣化する様子がない。
形はほぼ円形で、測ったように真南に一か所入り口が空いている。直径は15mほど、高さは3mほど、入り口の幅も3mほどだ。石積みのように見えるが、ただ一人もそこから石を抜き出せた者はいない。
建物内は一つの大きな空間になっていて暗く、中央にはゲートが存在している。
「えと、中は暗いんですか?」
「灯りが必要なほどではないな。階層が進むと灯りが必要なこともある」
そして、ハナちゃんたちは黒く光を反射しないゲートに足を進めた。
「さて……」
入って少し歩きながらパイ爺さんはハナちゃんに話しかける。
ダンジョンはハナちゃんが思っていたのと違って岩肌がむき出しの洞窟であった。ダンジョンといったら石造りの床と壁だろうと彼女は思っていたのだ。
床も平らというわけでなかったが、注意して歩けば問題ないぐらいの凹凸の土であり、なるほどこれなら馬車ぐらい通っていけるのだとハナちゃんは納得していた。
「どうじゃ、初ダンジョンは?」
「すごい。これが他の町にもつながっているんですね」
「探索、してみたいか?」
「そうですね。もうちょっと大きくなったら」
「うむ、そうじゃな。まだ早いな」
さて、この場にいたのは二人ではない。
実は心配したエリザベスが打ち合わせをぶっちぎって後をつけていたのだ。
――いくら枯れたジジイとはいえ、あんなにかわいいハナちゃんにムラっと来ないとも限らないわ
発想が下世話であった。
一定の距離をとって二人の後をつけるが、不意にパイ爺さんが後ろを振り返る。
「何です?」
「いや……なんでもない。ほとんど倒してあるとはいえ魔物が出んともかぎらんからな」
「そうか、気を付けないとね……」
――誰が魔物よ……でも、とりあえず見逃してくれているようね
一瞬ヒヤッとしたエリザベスは咎められなかったことに胸をなでおろした。
「ここいらで良かろう」
「おじいちゃん、何するの?」
場所は少し広くなった場所だ。
「ハナちゃん。わしとお前さんに共通するのは何かわかるか?」
「変身できること?」
「それもある。が、もっと広く言えばここでない世界から転生してきたことだ」
「転生者には変身しない人もいるの?」
「いる。転生先が動物じゃなかった場合じゃな。人間、エルフ、ドワーフ、お前さんみたいに獣の特徴を宿した人というのもな」
「へえ、いろいろな人がいるんだね」
「そして、転生者にだけ伝わっている言葉があって、その最初がこうなっている。『妖精は転生者を迷宮にいざなう』」
「妖精? いざなう……って?」
「ああ、
パイ爺が右手をかかげると、その手の先に光が集まってくる。通路の奥から、迷宮の床から、天井から、床から湧き上がってそれは出現した。
「……鳥かご?」
と、その中にいる羽根のきれいな鳥。ただし、その鳥は頭に鉄串が突き刺さってぐたっと横たわっていた。
「でも刺さって、死んでる? かわいそう」
「これで正常なんだ。こういう姿の妖精だ」
「あ、ほんと」
ハナちゃんは気づいた。確かにその姿は鳥かごや鉄串も含めて透けている。超常の存在なのは間違いなさそうだ。
――半信半疑だったけど、本当に妖精を呼び出せるとは……しかも私にも見えるし
妖精術、というのはエリザベスが得意にする精霊術とは違い、精神、概念、情報をつかさどるものだと言われている。使い手はとても少なく、表に出ないので実態は知られていない。
「こいつは迷宮でしか見えん。契約者以外にはな……おい、いい加減なんか喋れ」
『やれやれ、久々の迷宮だと思えば、孫を連れて観光ですか? 私は遊園地のマスコットではないのですよ?』
「お前などお化け屋敷で『キモイ』と言われるのが関の山じゃろ。自己評価が過ぎるのではないか?」
『おや、年寄りには『キモカワイイ』というジャンルは新しすぎましたか? お嬢さんにはわかるでしょう?』
「あんまりかわいくない」
『……まあいいでしょう、まだほんの子供です。若い女性であればきっと理解してもらえるはずです。早く大きくなってくださいね』
――私にもわからないわね
隠れているエリザベスにも理解できなかったようだ。ちなみに若い女性(既婚・29歳)、判断は人によるかもしれない。
さて、この妖精、やたら甲高い声は、鳥のものだと言われればそうかもしれない。
どうやって発声しているのかは不明だ。くちばしも動いていないし体自体ピクリともしていない。
パイソンは、鳥かごを床に置きながら妖精に告げる。
「相変わらず口の悪い奴じゃ」
『大きなお世話です……それで、観光ではないとすれば、何の御用ですか?』
「ふむ、そうじゃな……まずわしのステータスを出してもらおう」
『
「いや、
『
「ふん、自分の数値化など年齢以外はごめんこうむる」
『では表示します』
そしてパイ爺の目の前の空間に妖精と同様に透けた四角い板が現れた。彼は内容を確認して、ハナちゃんを手招きした。
「ハナちゃん、これを見てほしい」
そこには以下のような情報が表示されていた。
名前:パイソン・川原・クラインベック
種族:転生者
年齢:134
異能:人化、毒薬
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