第15話 勝利、しかして困難は続く
突然威力の増した電撃。
もしやハナちゃんの隠された精霊術の才能が発揮されたのだろうか?
試してみる。
やっぱりいつも通りのショボい出力。
「がう?」
再び首をかしげるハナちゃん。
「すげえな」
「やったな、ハナちゃん」
顔なじみの狩人たちが近づいてくる。
魔獣を仕留めたのが雷なのはあの一瞬の強い光で間違いない。
仮にそれが空からのものであれば上に伸びる一条の光が見えるはずだ。
そんなわけで、今のがハナちゃんの仕業であるということは誰の目にも明らかだった。
魔獣が息絶えているのを確認した狩人のリーダーが大声で配下に指示を出す。
あるものは村人へ知らせに、あるものは診療所に、あるものは狩猟小屋にと散って行った。
そしてハナちゃんは、
「ごくろうさん、体は何ともないか? 後でパイソンさんに診てもらっておけよ」
と、特に何の用事も言われなかった。
――やっぱりひじ痛めちゃったな
さっきは何ともないと(ジェスチャーで)返答したが、左ひじが痛むので四つ足での移動は難しい。
よっこらしょと立ち上がり、どたどたと歩いて村の中心部に戻る。
残念だが、二本足のハナちゃんは歩くのが遅い。変身しても背が低くなるのでやっぱり遅い。
そんなわけで、ハナちゃんが倉庫に戻ったころには、すでに情報が届いて人が忙しく動き回っていた。
倉庫も開いていたので、ハナちゃんは自分のかばんを探した。うまく爪にひっかけてかばんを持ち上げると、そのまま雑貨屋に向かった。
リルちゃんはいなかった。
――いつもはこの時間は店番のはずなんだけどな……って今はいつもじゃなかった
村をあげての大騒動だったわけで、普段と行動パターンが違うのは当たり前だった。戦闘のショックが残っているのかもしれない。ハナちゃんは自分の頭が働いていないのを自覚した。
「あ、ハナちゃんだ……大変だったね。ずぶぬれだし、なんだかいつもよりモサモサだし」
ニルちゃんの指摘は自分でも気づいていた。きっと強い電撃を使ったことが原因で、毛が逆立って乱れているのだろう。
――モフモフ度が下がるのは勘弁してほしいよね
せっかく自給自足でモフモフなのだから、いつもそこにあるモフモフ、持ち運べるモフモフとしてのきれいな毛並みを維持したいものだ。
そんなことを考えながら、ニルちゃんにかばんを掲げる。
「あ、お着換えだね。じゃあ裏に行こっか。変身したら体拭いた方がよさそうだね。タオル取ってくるよ」
今のハナちゃんの体で体を拭こうとするとタオルが何枚あっても足りない。確かに変身してからの方がいいだろう。
――あ、でも水滴が倉庫に落ちちゃうのはまずいよね
ハナちゃんは思いついて、迷惑のかからない位置に移動して体をぶるぶるふるわせて水滴を払った。
◇
「もう大丈夫じゃろう」
診療所でパイ爺さんは二人の負傷者に手当を終えていた。
まだ二人とも目覚めてはおらず、ひげ面の護衛の男にはナオが、マイルズにはナイルズがそれぞれ付き添っていた。ちょうどこの場に運び込んだ者がそのまま付き添っていることになる。
「毒は問題ない。わしの専門じゃからな」
正体が蛇なので。
「傷の方は縫うまでじゃないが、しばらく動かさん方がいいじゃろう。熱が出た時の薬を出しておく。目が覚めたら連れて帰ってやれ」
まずはナイルズに対して説明をする。
「ありがとうございます」
「で、そっちの……」
「バリーさんです。それで、どうなんでしょう?」
「ああ、骨折と打撲だな。安静にしていれば時間はかかるが治るだろう。しかし……」
「ええ、明日出る予定なんですが……」
「歩けるようにはなるだろうが、護衛の役には立たんじゃろうなあ」
「それじゃあ……」
「ここに残って静養するという方法もある。なに、村のために戦って負傷したんだから費用は村長に請求できるじゃろ。戻ってシンオオサカで治療を受けたほうが治りは早いじゃろうが……」
「この状況では……」
「そうじゃなあ……」
ついさっき入った最新の情報はそのことを困難にしていた。
◇
「これはまずいですね」
「そうじゃな……」
話をしているのはユーディスと老狩人だった。
二人の目の前にあるのは黒く何も映していないダンジョンへのゲートだった。
話は老狩人がハナちゃんと別れた時にさかのぼる。
老狩人は村長に状況を伝えたあと、すぐにこの場に詰めていた。
装備を持っていないし今の衰えた体では魔獣退治の役に立たないと判断して、タイキたちが戻ってきたときに適切な情報を渡せるようにと考えてのことだ。
だが、元々何のトラブルもなければ夕方まで帰らないはずの二人だから、周囲から魔物が退治されたという声が聞こえるまでゲートから出てくる姿はなかった。
それが、ようやく解決したというときに、ゲートに変化があった。それも最悪の方向に……
「外れた……か」
ゲートは通常黒く、その先の道が透けて見えることもなく、こちらの光景が反射して映るわけでもない。そして通常のゲートとは、そのつながる先が毎月入れ替わるものである。
それに対して固定化されたゲートは毎回同じ場所につながり、多少暗くなるものの先の風景を通してみることができるものだ。
従って、今モリノミヤ地上ゲートは固定化が外れたことになる。
老狩人はゲートに一歩踏み込んでみる。
左右に続く道の右わきの地面に、『モリノミヤ村へようこそ』の立て札が刺さっているのを確認してゲートから出る。
固定化が外れた直後のゲートは、通常のゲートに戻るわけだが、行先の変更がそれと同時に起こるわけではない。
探索者の間では『猶予期間』と呼ばれているのだが、行先の変化は次の新月付近で起こるため、月が一回りする間は固定化されたゲートと同じ場所に行き来することができる。
必要なゲートの固定化が外れた場合は、その猶予期間に探索者をかき集めて全力でアンカーを確保するのが普通だった。
老狩人は村長に報告するために移動しようとしたが、近くにユーディスを見つけ、通信を担う彼と情報を共有するのも必要だろうと、ゲートまで引っ張ってきたのだ。
「余裕があったんじゃなかったんでしょうか?」
「確かアンカーが二本、それも一つは先月設置したばかりだったはずじゃ」
「猶予期間があるんだから、一本取っておけば良かったんじゃないんでしょうか? いや、素人考えですみませんが……」
前半だけだと非難めいた響きがあることに気づいたユーディスが慌てて付け足しの言葉をつなげて言った。老狩人は気にした風もなく説明する。
「多くを同時に設置した方がトータルの寿命が延びるといわれている。理論は知らんが経験則でそういう傾向があるとわかっとる。だからできるだけ多く設置するのが普通じゃ」
アンカーの劣化、破壊にはランダム要素が大きい。アンカー個々のばらつきがあるといわれているし、新月ごとに劣化の進みが違うともいわれている。
そのため、法則の検証は一向に進まず、シンオオサカの学者でも確実なことがわからないのが現状だった。
それでも、老狩人が語ったようなことは真実であると広く信じられているし、事実シンオオサカの地上ゲートは常に設置可能上限の15本が設置され、適宜補充され続けている。
「ともかく、ここから一月が正念場だな。タイキたちで可能とは思うが……ゴローを呼び戻すことはできないかの?」
「……そうですね、いや、もちろん判断するのは村長ですが……私も個人のつてを頼ってみますか……」
かくして、二人は村長に報告に向かった。
◇
「よし、何とか乗ったな」
狩人たちは他の村人にも手伝いを頼んで、魔獣の死骸を荷車に乗せた。
さすがにこのサイズを一回で運ぶのは無理だったので、数度に分けて運ぶことになった。
村共有の倉庫は、今行商人に引き渡す荷物があるために空きがない。そのため、長くなるが狩猟小屋に運ぶしかなかった。
「この量だとまた燻製かな」
そんなつぶやきが誰からともなく漏れて風に消えた。
◇
一方ハナちゃんは、
「はあ、ほんとにお腹減ったよー」
「おつかれさま。でも、あんまり危ないことしちゃだめよ」
「はあい」
ニルさんにご飯を作ってもらって食べていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます