第14話 電撃作戦
降り出した雨は徐々に強くなっていく。
その間、魔法使いは火球を石弾に変えて撃ち、目を狙ってそれなりに効果を出していた。
狩人隊の矢も少しは効果があるようで、かなりの本数が体に突き刺さっている。
そんな中、ハナちゃんは何をしていたか?
ビビッて丸まっていたのか?
いや、そうではなかった。
「がうがうう……」
なんと、トカゲのしっぽを引っ張っていた。
――スピードが付かなきゃ怖くない
そのことに気づいたハナちゃんは、こっそり後ろに回り込んで爪を食い込ませ、がっしりと尻尾をホールドしていた。
体長5mの大トカゲ、尻尾でも2mはある。
しかし元の体で、がっしりした体格のハナちゃんの体重を振り払うほど、この魔獣が力持ちというわけではない。
結果として、魔獣はその場にとどめられたまま集中攻撃を受けていた。
――せめてあのひげ面が復帰してくれれば……
マイルズがそう思うのは、今のところ魔獣側にも村側にも決め手がないことだ。確かに体力を削ってはいるのだろう。だが大きなけがを負わせることができていない。
魔獣にしても、村の勢力を攻撃しようにも尻尾のアレを除けば後衛、遠距離の使い手ばかりだから距離をとっており手出しできない。
大トカゲは後脚が発達しているが、前脚は小さく攻撃には使えない。噛みつきは怖いが、距離をとっているので怖くは無い。
――タイキか……欲を言えばゴローさんが来てくれれば一気に仕留められるのに……
今朝ダンジョンに出発したタイキが戻ってくるのは期待できない。むしろ遠出しているゴローが帰ってくる方がまだ可能性がある。
とはいえ、腕利き探索者がタイミングよく戻ってくるなんて都合が良すぎる期待はするだけ無駄だった。
その時、マイルズは見覚えのある姿を発見して呼びかける。
「ナオか、そいつはどうだ、復帰できるか?」
一人実家に宿泊していたナオが仲間の元に駆けつけるのを、当然村長は引きとどめた。それを強引に振り切ってやって来た彼はしかし、戦力としてはさして役に立たない。
本人もそのことは承知しており、すぐに前に出ようなどとは思わなかった。
ちょうど到着したタイミングで仲間の戦士が吹き飛ばされたので、そちらの確認に向かったのだ。
「無理です、腕をやられていて、折れているみたいです」
「そうか、ならばなるべく離れたところに移動させて……」
そこでナオが突然叫ぶ。
「マイルズさん! 避けて!」
その剣幕にマイルズが素早く振り返ると、すぐ目の前にトカゲの顔があった。
「何っ?」
慌てて飛びのこうとするが、相手の方が速く、魔獣の牙がマイルズの左肩に食い込んだ。
「あああっ」
臭い息がかかるのを感じながら、マイルズは自由に動かせる右手でトカゲの頭を殴るがびくともしない。
だが、動きの止まったトカゲの目に矢が突き刺さる。
「ぎゃああああ」
鳴き声をあげて苦しむ魔獣。
中途半端に加えられて投げ出されたマイルズに、弓を持ったナイルズが駆け寄る。
「兄貴、生きてるか?」
「何とか……な、それより何……があった?」
「奴は、自分で尻尾を切りやがった。そんで兄貴を狙って突進したんだ」
「そう、か……」
そこまで言ってマイルズは気を失った。ナイルズは焦って兄を揺さぶるが、確認すると出血はさほどではない。ということはトカゲが持っている毒のせいかもしれない。
魔獣といえどトカゲ型であればトカゲの生態と似ている。
牙に毒があっても、尻尾を切り離す性質を持っていても不思議はなかった。
ちなみに、切り離された尻尾はまだびくびく動いていて、ハナちゃんがゴロンゴロンと転がりながら格闘中だった。
――気持ち悪いっ!
インドア派だったハナちゃんは、トカゲをつかむことも初めてだった。だけど、トカゲをつかむことで誰かが助かるならやらない手は無い。
必死で押さえていた時は気にもならなかったが、こうして尻尾だけになってしかもびくびく動いてると急に気持ち悪さが前に出る。
手を離そうとするが、爪が食い込んでいてなかなかうまくいかない。
ようやく尻尾を放り出すことができたのは、ちょうど魔獣の目に矢が刺さったのと同時だった。
――おお、効いてる……でも、えっ? 狩人の人もやられている?
「今だ、一斉攻撃をっ! 奴の気を引くんだ」
リーダーの掛け声で各方面から矢が飛んでくる。
雨粒に紛れて矢が魔獣に降り注ぐ。
しかし、やはり効いていない。
目への直撃でもなければ、固い皮膚へは深く刺さることがない。
雨は弓を射る手を滑らせ、斜めに当たった矢は目標の皮膚を滑ることすらある。
そして魔獣は、つぶされる直前に見た憎い相手が、まだ無事な方の目で見える位置でさっき噛みついた相手に寄り添っているのを見た。
「ぎゃうあ」
声を上げ、次の目標を定めるトカゲ型魔獣。
後ろから見ていたハナちゃんには魔獣の目標がはっきり分かった。
――止めなきゃ……でも
すでに手でつかんで引っ張れる尻尾は無い。
怖いけど飛び掛かって防ぐしかないか?
覚悟を決めたハナちゃんはマイナイ兄弟の元にダッシュした。
「ハナちゃん?」
マイルズの肩を担いで下がろうとするナイルズが急に飛び込んできた影に驚く。一刻も早く兄を診療所に連れて行かなくてはならない。兄の傷はかなり深く気も失っている、ナイルズは焦っていて敵の姿を確認していなかった。
ハナちゃんがそばに現れたことで初めて、ナイルズは自分が狙われていることに気づいた。
「がう」
二足で立ち上がりながらハナちゃんがナイルズに鳴く。
何を言っているかは分からないが何を言いたいかはわかる。
大きな姿をしていても小さい女の子であるハナちゃんに任せるのは気が引けたが、兄の命がかかっている。
「すまんっ……みんな、ハナちゃんを援護してくれ」
精いっぱいの大声でナイルズは皆に呼びかけた。「おう」「任せろ」「わかった」いろいろな方向から声が返る。
――本当に、すまないハナちゃん、何とか生き延びて……
そして体に力を込めて兄を引きずっていくのだった。
状況はいったん膠着した。
ハナちゃんが立ち上がり、両手をあげてバンザイのポーズ。
こんな場面でなければほほえましいのだが、本人は必死だ。
実際に野生の動物は大きい方が強く、大きく見える方が強く見える。
両手をあげたハナちゃんは、目前の立ち上がったトカゲほどではないがそこいらの大人よりは大きい。
――クマだ。今だけは私はクマだ、猛獣だ……
心でそう唱えて思い込もうとする。ただ見た目はタヌキだ。
先手を出したのは魔獣の方だ。
とれる攻撃手段は噛みつきだけ。
上体をいったん高く持ち上げ、上からハナちゃんの頭を丸かじりしようとする。
――ひえっ
ハナちゃんは前に倒れこんでそれを躱す。
ちょうど魔獣の懐に潜り込むことになったハナちゃん。
目の前には小さな前脚があり、噛みつきが空振りした魔獣が覆いかぶさるような形になった。
至近距離で見る魔獣の皮膚。
その表面を雨粒が流れていくのを見て、突然ハナちゃんは閃いた。
――水は電気を通しやすい
精霊術はまんべんなく弱い威力で使えるハナちゃんだったのでこれまでそれで攻撃できるなんて思っていなかった。
雷の精霊術も静電気でピリッとするぐらいでちょっとびっくりするぐらいのものだった。
しかし……
――水は電気を通しやすい
とっさに左手を魔獣の体に押し当てると、雷の精霊術を発動。
「ぎゃおぅぅ」
効いている。
トカゲの脚は急に後退するようにできていない。重心を後ろに倒せば後ろに歩くこともできるだろうが、あいにく尻尾を切断したばかりの魔獣は前後のバランスが崩れていてかなわない。
代わりに魔獣は自分の体重で押し倒すことにした。
押し付けられた左手を押しつぶすように体重をかける。
ハナちゃんは、一転ピンチに陥ってしまった。
――くっ
とっさに右手で左腕を支えて押し返す。
構造上後脚の周辺が一番重いトカゲ型魔獣は、全体重をハナちゃんにかけられるわけではない。
のしかかる圧力と押し返す力が均衡して、魔獣の動きが止まる。
そこを狙って矢が飛んでくるが、ハナちゃんに当てられないので狙いが甘い。有効なダメージは与えられなかった。
――しまった、両手で支えればよかった
左手を押し付けたままなのでとっさに右手で左腕を支えてしまったが、それより両手で押し返した方が楽なのは当たり前だろう。
雷の精霊術は、絶え間なく発動し続けていた。
属性の万能性にせよ、連続で発動できることにせよ、本当にハナちゃんの精霊術は出力が小さすぎることだけが玉に瑕であった。
――くっ、ひじが……
魔獣が体勢をずらしたせいで、ひじに曲がらない方向に力がかかった。
ハナちゃんも体勢をずらして対抗し、危機を逃れる。
――でも、このままじゃいつか……
たくさん矢を射かけても、自分が電撃を加え続けても、目の前の魔獣が倒れるイメージがわかない。正直、じり貧だった。
その時である。
さっきので痛みを感じたところが気になって、右手の支えを左ひじに移動させたハナちゃんは、急に不思議な感覚を覚えた。
緊迫した状況にもかかわらず、「濡れていても毛の奥の方はやっぱりモフモフだね」なんて考えが頭に浮かんでいたが、急に体に熱を感じ、考えは中断した。
嫌な熱ではない。
むしろ温かさが体の内からあふれてきた感じだった。
――なに、これ?
そしてその温かさはハナちゃんの体の中を移動し……左手に集まり……そして、放たれた。
ドオォン
まるで、空から雷が落ちたような威力の雷撃。
それが、ハナちゃんの左手から発生し、魔獣の体を貫き、そして魔獣の脚から地面に流れた。
押し付けられていた魔獣の体から力が抜け、それゆえにかえってのしかかる圧力が強くなる
――危ないっ
押しつぶされる前に慌ててハナちゃんは横に逃げる。
ドッシィィン
地面に重い音を立てて倒れるトカゲ型魔獣。
地面を転がったハナちゃんが見ると、魔獣は体の一部が黒っぽく変色して、そこから煙が上がっていた。
「がうう(なにこれ)?」
首をかしげるハナちゃんだった。
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