第6話 やっぱり短い全盛期だった

「がうっ⁉」


 突如変化が解けたのは、とりあえず、と今日の寝床として与えられたわらベッドの上だった。別に到着早々村人にいじめられているわけではない。ハナちゃん自身が、変化が不安定だということを説明して、いつ戻っても大丈夫なように「納屋でいいですよ」と言っていたのだ。「さすがにそれは……」ということで干したわらを床に積み上げてその上にシーツをかぶせて即席のベッドとすることになった。

 というわけで目が覚めたのは納屋ではなく村の空き家。他の村でもそうなのだが、人の行き来が盛んではなくても、だからこそ一度訪れた旅人がすぐに出ていくということもないので、こうした空き家が用意されているのだ。もう少し大きな町だと宿屋がある。

 ちなみにタイキ、エリザベスも同じ建物に住んでいる。二人は結婚を機に村に戻ってきたということを、再会したときにハナちゃんは聞いていた。


「こっちもかわいい」


 とエリザベスが飛びついてきそうだったので、昼のことを離して我慢してもらったが、とても残念そうにしていた。


 半日過ごしてハナちゃんにもわかったのだが、この世界は微妙にファンタジック、微妙に近代的、微妙に意味わからん状態であった。

 というわけで、枕元に置いてあったLEDライトを手探りで探し、ぶきっちょな謎生物ハンドで苦労してスイッチを押し、ようやく真っ暗から解放された。


「がうがう(やっと見つかったあ)」


 の声もちょっと控えめ。まだ真っ暗なので夜中だろう。寝ぼけて葉っぱを払い除けたのかなとライトで周りを照らしてみる。シーツが激しく乱れているのは、シーツだからだ。敷かれている方のシーツはさほど乱れていない。

 これは、さすがのパイ爺ちゃんが、こういうことが起こることをあらかじめ予想して、寝るときは元に戻っても大丈夫なようにハナちゃんに伝えていたからだ。

 もちろん裸でもいいんだろうが、さすがに少女に「全裸で眠れ」とか変態の発言なのでそう言わなかったのかもしれない。


 さて、ライトで床を探っていると、昼の時とは違って葉っぱが見つかった。パリパリだった。


――もしかして、葉っぱに時間制限とかあるのかな?


 それは一大事だ。今のところ、自分で葉っぱが変化した髪飾りを触ってみても戻らないことは服を脱いだ後にこの部屋で確かめていた。だから、他人に触られなければ大丈夫だと思っていたのだが、それ以外にも葉っぱが乾いてダメになる可能性もここで出てきてしまった。


――たしかこっちに……


 変化が解けた時のために、摘んでおいた葉っぱを置いていたはずだ。眠る前に思い出してそれをやったので、こちらはそれほど乾いていない。やはり細かい作業に向かない手のせいで、苦労しながらようやく一枚を手にとって額に張り付けると、やっぱり「ポン」とタヌキ音が部屋に響く。


「ああ、やっちゃった……」


 夜中にその音は、特に静かな田舎でその音はかなり目立つ。特に、同じ建物に普段から荒事をやっている夫婦がいるということは……


「何、今の音? ……って、タイキはダメ」


 飛んできたエリザベスは中を見て、後に続くタイキを部屋から閉め出した。ハナちゃんは変身直後で裸なのだ。


「あはは、変身解けちゃってやり直したところで」

「そうなんだ……今の音は?」

「なんか勝手に出ちゃうんですよね……やっぱりタヌキだから?」


 タヌキであって、決して謎生物ではない。いいね?

 そして、ハナちゃんはとりあえず元通りシーツを体に巻き付け、ようやくタイキも入れてもらえることになった。灯りはエリザベスが光の精霊術で浮かべた。


「わあ、これが魔法ですか……」

「うーん、これは精霊術で、これだけじゃ魔術とは言えないわね。単に近くにいる精霊にお願いして光を集めてるだけだから」

「へえ……」

「それより、変身って勝手に解けるの? あのお医者さんはそういうそぶりなかったけど……」

「私だと、まだ慣れていないからっておじいさんは言ってました。あと、やりかたがそれぞれ違うみたいで……」


 そうやって今わかっていることを説明すると、エリザベスは「なるほど」と言った後人差し指を立てた。


「それじゃ一つ確かめてほしいのがあるんだけど、葉っぱを取り換えることってできない? ……あ、ちょっと待って、タイキは外に」


 不測の事態に備えて男は外だ。

 テーブルに積んであった葉っぱをハナちゃんは一つ取り、それを頭の葉っぱ飾りに近づける。


「うーん、だめみたいです」

「そうか……交換ができるならいいかと思ったんだけど……」


 そううまくはいかないようだ。


「また明日考えましょう。私たちも昼までは村にいるし」

「そうですね、ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみ」


 一人になったハナちゃんは、重大な問題に気が付いた。


「この明かり、いつまで続くんだろ?」


 わざわざ起こしに行くのも気が引けたので、ハナちゃんは明るいままの部屋でシーツにくるまって横になった。

 幸い、疲れていたのですぐに寝入ることができた。



「大まかなことはわかったのお」

「うーん、やっぱり私の全盛期は短いです」

「全盛期? 変身後の姿のことか? ……妙な言い方をするもんじゃな」

「それは自分で勝手に言ってるだけだから」


 あと本話のタイトル回収。


「さて、ここでわしはお前さんに聞かないといけないことがある……この村に定住するか?」

「それは普通村長が聞くものでは?」

「あいつは忙しいし……なんか昨日のがトラウマみたいでな。代わりに聞いといてくれと頼まれた」


 よそよそしい感じがするからなるべく敬語を使わないようにね、とエリーに言われたハナちゃんだったが、今のところそれができるのは、タイキとエリー、あと昨夜紹介されたニルさんのところのリルちゃんぐらいだった。

 やっぱりパイ爺さんとか村長さんとか、大人の人とは丁寧に話さなきゃと思ってしまうハナちゃんだったが、それでも一番馴染みの深いこのおじいさんが相手では多少砕けた感じになっていた。

 だけど、この問いにはしっかり敬語で答えるべきだろう。


「……はい、ここに住みたいと思います」

「よし、じゃあハナちゃんは正式にモリノミヤ村の村人じゃ……では村人になったからには仕事をせにゃいかん。ということで、しばらく午前中はわしのところでいろいろ勉強じゃ」

「はい、よろしくお願いします」

「住むところは当面今のところで、ご飯はニルの食堂で、あと調子が悪いとかはわしのところ、とりあえずこれだけ覚えていれば大丈夫じゃろう」


 ハナちゃんが聞いた話では、村の中でも自宅で食事をしない人も結構いるらしい。大家族や小さい子供がいる場合はそうでもないが、独身や夫婦が両方畑仕事をしている場合など、毎日食堂を利用することもある。もちろん昼だけとか、たまにしか来ないとかそういう人が大半だが。

 ハナちゃんは今のところ自分で料理を作った経験もないし、何より食材を買うお金もなければ食材を適切に保存しておく場所もない。しばらくは村からの補助とパイ爺さんの補助で、三食ただで食べさせてもらえることになっていた。


 と、なにやら表が騒がしい。

 嫌な感じの騒ぎではなく、むしろなんか拍手や歓声も聞こえる。

 そしてその元凶が、扉を開けて入ってきた。


「じいちゃん、治して」


 入ってきたのは足を引きずっているタイキだった。


「おうおう、これはやられたのう」

「ちょっとドジっちまって、太ももに矢をうけちまった」


 包帯を巻いているが、その包帯にも血がにじんで広がっていた。


「防具はつけてなかったのか?」


 タイキを治療台へ寝かせながらパイ爺が問いかける。


「貫かれた。一層にしちゃ強いゴブリンが出て、苦戦した。……ああ、目的は達成したよ。アンカーは一本取ってきた。だから安心してくれ」

「そういうのは村長に先に言え」

「そっちはエリザベスが報告しに行ってるよ」

「ならいい」


 話しながらもパイ爺は包帯をほどき、処置をしている。


「アンカー?」

「ああ、そっちの話はまだしていなかったな。まだいいかと思っておったが」

「それならダンジョン周りのことは俺がいろいろ教えてやろうか? どのみちこの足じゃしばらく休業だからな」

「ふん、無理するなよ。足のけがは影響が大きいからな。もしこの矢を膝に受けていたら今頃冒険者廃業じゃぞ」

「そんな大げさな」

「膝は構造が複雑だもんね」

「ハナちゃんの方が良くわかっとるじゃないか。お前は勝手に村を飛び出して行って、戻るときも何の連絡もなく……」


 なんとなくハナちゃんにも読めてきたが、結局この村で一番強いのはこのおじいさんで、大体誰にでも説教を始めがちみたいだ。


――いい子にしてよう


 そう決心するハナちゃんだった。




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