第7話 埋めてしまえ、地下は危険だ

「ダンジョン……」

「うん」

「……は危ない」


 そんなやりとりから始まったタイキとハナちゃんの授業。場所は二人が住んでいる建物の入ってすぐの広い部屋だ。パイ爺の午前の授業は急病人や負傷者が飛び込んでくる可能性もあって彼の診療所でやっているが、午後の授業はむしろ部外者が二人もいると邪魔なのでこちらだ。


「何せ、地上では……森の奥深くにもいないような魔物がいる。俺がやられたゴブリンも地上じゃあんな強くない」

「それはそうだけどあなたも気が抜けてたんじゃないの?」

「それはそうだが、話の腰を折らないでくれ」


 本来いなくてもいいはずのエリザベスだが、なぜかここにいる。どのみち一人で森やダンジョンに入るわけにもいかないし、仕事をしていなくても「まあ新婚だしな」と村人は納得していた。


「何百年か前、最初に迷宮に入った男も、死にかけで戻って来たんだ……当然、外から100km以上森に分け入って進むことができるぐらいの手練れだし、多国籍のチームだったらしい」

「はいっ、それまでは誰も入っていなかったの?」


 質問があるときは元気よく手をあげよう、と事前に決めてあった。


「ああ、超樹海は森が再生する性質が厄介でな、そもそもどこまで行っても深い森で切り開こうとしても無理というのは絶対に超自然的な何かの力が働いているとしか思えなかった。それで魔の森扱いされて本格的に乗り出そうというやつはいなかった」


 もちろん、少数の命知らずが入ることはあったが、そういう連中の末路は浅いところでお茶を濁してすぐ帰るか深く入って戻ってこないかのどちらかだった。実際に、現在に至っても超樹海を進んで隣の集落に到着できるものなどほぼ皆無だし、それをする意味も現在では存在しない。


「で、その男も15人のチームで出発して、戻ってきたのはその死にかけの男一人だけ。その男も『埋めてしまえ、地下は危険だ』と言い残して死んでしまった」

「ちょっと、それは説の一つに過ぎないでしょ?」


 言葉も出ないハナちゃんに代わって、エリザベスのツッコミが入り。


「……確かにな、その男はもう息も絶え絶えだったらしくて『うめ……ちか……』としか聞こえなかったらしいんだ。状況から考えて『うめ』は『埋め』だろうし『ちか』は地下のことだろうといわれているけど、『近く』かもしれないし『違う』かもしれない」

「そういえば『うめ』の方も『運命』という意味だという説もあったわね。私たちは歴史学者じゃないから、どうでもいいんだけど……だけど今も名残は残っていて、ダンジョンの正式名称は『ウメチカ超迷宮』というのよ」

「へえ、地名としてのこってるんだあ」

「それで、話を戻すとだな。ダンジョンは危険なんだが、今ではそんなに死亡率は高くないんだ」

「それは、良い事だと思うけど……はいっ、何か技術が進歩したとか?」

「それもあるが、中の様子が解明されて、安全なところと危険なところがはっきりしたからだ。具体的には迷宮のフロアには深度があって、深度1なら外の森と大して変わらねえ。さっきの全滅したチームの時代は深度を測る方法もなければ、構造変化のこともわかってなかったからな」

「こーぞーへんか?」

「それは後回しだ。まずその前に深度のことだが……」

「ちょっとタイキ、先にフロアの話じゃない? あなたはここ出身だから感覚がマヒしているのかもしれないけど、ここ以外のダンジョンだとフロアなんてなくてそれこそ奥までつながってるわよ」

「ああ、そうか、うんありがとう……ってことはかえって深度より構造変化の方を先に説明した方が……」

「その辺は考えといて。先に私がフロアの説明をするわね」


 タイキが考えこんで代わりにエリザベスが話すようなのでハナちゃんはそちらに向いた。


「えっと、フロアっていうのは一繋がりの空間なわけよ。逆に言うとウメチカはつながっていないところがあるの。ゲート、って呼ばれているわね。んで、ゲートのつながる先は月に一回変わるのよ」

「あーっ、何でそこまで説明してるんだよ」

「さっさと説明すればすぐにそこまで行きつくのにぐずぐずしているからよ。役に立たないなら部屋で寝てたら?」

「そこまで言うほどか?」

「まあまあ、ほら、エリーさんも心配してるだけだよ」


 11歳に仲裁される新婚夫婦の姿がここにあった。


「……ともかく、俺が仕事として受けたんだから続きは俺からだ。ゲートは何もしなければ新月の前後で行先が入れ替わる」

「質問、ゲートの先って何があるの?」

「別のフロアだ。そうやってゲートでフロアがたくさんつながってウメチカ超迷宮はできている」

「それじゃすぐ迷子になっちゃわない?」

「そこは深度計と方位計があればなんとかなる。例えばここから深度1のままでずっと西の方に進んでいけば十中八九シンオオサカの地下のどこかにはたどり着く。ああ、地上だと2000kmぐらいは離れているが、ダンジョン経由だと早ければ1日で行ける」

「おお」思わずハナちゃんも驚いて声が出る。

「そんなわけでオーサカじゃ人も物もダンジョンを通って行き来している」


 そこでハナちゃんはさっきの話と合わない点に気づく。


「うーん……でも、そのシンオオサカ……へつながるフロアの位置も毎月移動するんだよね?」

「地上ゲートの位置関係は変わらない。固定化されていれば地上とつながっているフロア自体の位置関係も地上と同じにで変わらなくなる」

「ゲートが、というよりフロアが入れ替わる感じね。同じ道順で行けばちゃんと目的地には着く。だけど間のフロアの中身が入れ替わるの」

「へえ、ところで固定化……ってのは何?」

「ゲートは行先を固定化できる。ここでいうとモリノミヤの地上ゲートをくぐった先はいつも同じフロアになるようにしてある。そのために必要なのがアンカーだ」

「ああ、それを取りに行ってたって聞きました」


 タイキがケガをして帰ってきたときの話で、確かにそういっていたのをハナちゃんは覚えていた。


「そう、アンカーはゲートを固定化できる便利な道具だけど、消耗品なの。新月の時はゲートのつながりが緩むらしく、アンカーが痛んできて、最後には壊れてしまう。だから定期的にアンカーを補充しておかないと固定化が解除されてしまうの」

「エリーの補足をすると、モリノミヤ地上ゲートは先の新月で3本あったアンカーが2本壊れてしまったんだ。一応残っているのは聞いた話だとまだ新しいらしいが、1本だけだと痛みも早い。急いで追加をとってくる必要があったわけだ」


 なんとも不思議な仕組みのダンジョンだとハナちゃんは思った。とはいえ他のダンジョンを知っているわけでもなかったが。


「あれ? そもそも何で固定化する必要があるの? ダンジョンに人が住んでるとか?」

「そこで出てくるのが深度って話なんだ……あるいは、迷宮の恩恵かな」

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