第5話 短い全盛期だった

 お好み焼きをいただいて、お茶もいただいて一息ついたハナちゃんは、食器を返しに行ってニルさんに丁重にお礼を言った。


「今度はうちの娘、リルっていうんだけど、あの子にも紹介するよ」


 同年代に見える5歳年下。果たして仲良くできるだろうか? と一抹の不安を覚えながらハナちゃんは店を後にした。

 パイ爺さんには、食べ終わったら来るように言われていたので、さっきの医院に戻る。日はまだまだ高く、遠くの畑で人が動いているのを見ることができた。

 近くに目をやると、森から出てすぐ見た時には固まって見えた家々も、意外に離れて建っていて、スペースにゆとりがあるのがわかる。

 道は舗装されてこそいないが、変な水たまりがあったりゴミや汚物が散らばったりしているわけでもなく、裸足で歩いてもケガをする心配はなさそうだった。

 とはいえ、ハナちゃんもニルにサンダルを貸してもらったので、ぺたぺたとかかとに当たる感触を感じながら、足元に気を付けずとも歩くことができた。

 前世ではなかった経験。ただサンダルで歩くだけでもハナちゃんにとっては刺激的だった。いつも鈍く痛む頭、ちょっと動いただけで息苦しくなる体、少し歩くだけでむくんでだるくなる足、そういったものから解放されて、ハナちゃんは気分が良かった。確かに、ちょっと急展開過ぎるとも感じられたが、だからといって明日の生死におびえていた前よりは全然良かった。

 さっき見せてもらった姿見の中の自分の姿もかわいくて良かった。やっぱり身長は低かったし、痩せ気味だったけど、前世ほどガリガリではなかったし、意外と目立たない小さくて丸い耳も、服装の悩みの素である尻尾も、これはこれでかわいいと思った。

 元の大きな姿は……あれに関してはハナちゃん自身は好きだったが、やっぱりさっきの村の人たちや子供たちの反応を見る限り、まだちょっと怖がられているのかもしれない。いずれ時が解決してあっちの姿でもみんなと仲良くできるといいな、そんなことを思いながら、ともかく現状の全盛期であるかわいい少女の姿をハナちゃんは楽しむことにした。

 パイ爺の病院(医院? 診療所?)について、一応ノックをしてみたが、立て付けが良くないのかあんまりいい音がせず、むしろギシギシときしむ音が聞こえたので一応ハナちゃんは声をかけることにした。


「おじいさーん、居ますか?」

「おお、入っておいで」


 返答があったので、扉を開けて中に入る。中にはおじいさんと、もう一人知らない人がいた。年齢的には若者というほどではないがおじいさんと呼ぶのもためらわれる男の人、大柄というほどではないが、パイ爺さんが小さいので相対的に大きく見える。


「この子……かい?」

「ああ、ハナちゃんという。こう見えて11歳ということだから、見た目より大人だと思って話すとよい……ああ、この男は村長のサミーだ、出向く手間が省けてよかったよ」

「そりゃあ気になるだろう。村に人が訪れるのは珍しいし、村長としてはこの苦しいときに少しでも戦力になりそうなら気にしない方がおかしい……だけど」

「村長……何を聞いたかわからんが、一人で森に放り出されていた幼子に、お前がまずせんといかんのは何じゃ?」

「……あ、ああ……ようこそ、このモリノミヤ村へ。わしらは歓迎するよ。よろしくな、ハナちゃん」


 立ち上がって、近寄ってくる村長。手がハナちゃんの頭に伸び、撫でようとする。ハナちゃん自身はあんまり撫でられるのは好きじゃなかったが、村長さんということは偉い人だからあんまり拒否するのも悪いかな、と思ってそのままにしていた。

 その時、ポンと音がしていきなりハナちゃんの体が爆発した。

 いや、爆発したように見えただけで実際には元の大きなタヌキの姿に戻っただけだった。当然サイズの合わない服ははじけ飛んでいる。ついでに村長もはじき飛ばされている。


「こらっ、不用意に触る奴があるかっ」


 パイ爺さんはとっさに蛇に変身して、村長の体を受け止めていた。おじいさんの形だったらつぶされていただろう。見た目や大きさにたがわず、蛇の形は力持ちのようだった。

 それよりハナちゃんがびっくりしたのは、蛇の姿のままでも喋れているということだった。ちょっと声が違うのは顔の形が違うから仕方ないが、確かに大蛇の姿で言葉をしゃべっている。


「……っ、何……が……」


 頭をふって起き上がる村長。その様子を確認してパイ爺は再び人型に変化する。


「変化に慣れておらんのじゃからちょっとしたことで解けてしまう。特にこの子はタヌキで葉っぱを頭にのせて変化できたんじゃから、そこに不用意に触ったらああなるじゃろう」

「……そんなのわからないよ」

「ええい、しっかりせんか。本当にお前は小さいときからそそっかしいガキじゃった……だいたいお前が村長としてそんなだから……」

「がう」


 説教が長引きそうだったからちょっとハナちゃんが水を差してみた。


「ああ、すまんな。服の代わりは用意するから、またそのシーツにくるまっといてもらえるか? ……お前はこの場を片付けておけ」

「がう」


 のろのろと立ち上がる村長を残して、ハナちゃんは返そうと思って持って帰っていたシーツを拾い上げ……四つ足だと持っていけないので立ち上がる。自分を超える大きさの立ち上がった大ダヌキを見て「ひっ」と村長が怯えているが、ハナちゃんはペコっと礼をしてそそくさと葉っぱを探しに外に出る。パイ爺は事情を説明して代わりの服を手に入れるために食堂のニルのところに向かう。


――短い全盛期だった


 やっぱりこの体は怖いんだなあと、ちょっとしょんぼりしながらハナちゃんは手に届く葉っぱのあるあたりに向かう。


――でもこれって、こんなに簡単に戻っちゃうならいろいろ注意しないと……


 服を着るときは大丈夫だった。

 ワンピースだから着るときに髪も葉っぱ型の髪飾りも強くこすられたはずで、それで大丈夫だったから意外と大丈夫なのかなとハナちゃん自身は思っていたが、そうでもなかったらしい。


――人に触られるのがダメなのかな?


 とりあえずそう納得して、ちぎった葉っぱを頭に乗せる。

 ポン、と音がして煙が湧きあがり、裸の女の子が現れる。

 慌ててシーツを身にまとう。路上ストリップはハナちゃんの趣味じゃない。


「それにしても……」


 ふと気になったことをハナちゃんは自問してみる。


「この『ポン』って音は私がタヌキだからなのかな?」


 当然誰も答えないが、パイ爺さんの変化は煙が出るだけで音はしていなかったのと比べて、ハナちゃんのそれは必ず音を伴っていた。


「これはタヌキらしく腹をポンポン叩けということなのかな?」


 当然誰も答えないが、残念なことに叩いていい音が出そうなぐらいハナちゃんのお腹周りはふっくらしていない。全くどうでもいいことを考えながら、ハナちゃんはパイ爺さんの家に戻るのだった。

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