第4話 暫定、タヌキ
「ま、そんなこといったらわしもそうじゃ。こんな大きさの蛇なんてそれこそ神話にしかいないからなあ。それでも、ちゃんと人間の姿で生活できとるし、それで結婚もして子供も孫もおる。わしらみたいな元人間の謎生物は半ば人間じゃからな、今の姿がいやだったら一生人間の姿で過ごすこともできるはずじゃ」
ショックを受けていたハナちゃんだったが、続きの言葉を聞いて、顔をあげる。尻尾も振られている。
「ただ……やり方がそれぞれ違うらしいんじゃ。わしの場合はこう……」
と、大蛇の姿に戻ったパイ爺は、部屋を一回りして体を伸ばしてから、ぐるぐるととぐろを巻いた。そこで煙が上がると元のおじいさんの姿に戻る。
「このように、とぐろを巻いて気合を入れることで人間の姿になれるんじゃ、じゃが……無理せん方がいいぞ」
何とか体を斜めにひねって尻尾もピンと伸ばして再現しようとしていたハナちゃん。そのままごろんと転がってしまう。壁に当たる前に支えられて体勢を立て直す。
「知り合いだと大きな狼のやつは遠吠えすることで人間になれた……」
「がうー」
「無理じゃったな。あと……いや、さすがにものが壊れるから外でやらんか?」
「がう」
連れ立って表に出る老人と謎生物。
おりしも、太陽が高く上った昼過ぎなので、食堂で休憩していた村人たちが、なんだなんだとやってくる。
「爺さま、何やらおっかない生き物連れてっけど大丈夫か?」
「おう、後で紹介するが、わしの同類じゃ」
村人の一人が尋ねてくるのに答えるパイ爺。
「ってことは3人目ってことか」
「遠出しとるゴローが戻ったらそうじゃな」
「あれ? そういえば昔いたあの若いのはどうなったっけ」
「あやつはシンオオサカに行ったきりこっちに連絡もよこさん」
「はあ、薄情なやつだな」
「……まあそう言ってやるな。若者には田舎が退屈だと感じるときもある」
「そんなもんかねえ」
「そんなもんじゃ」
そんなことを話しこんでいた村人とパイ爺を横目に、放置気味になったハナちゃんは周りを見回す。見た感じ10人ぐらい。聞いていた村人の五分の一がこの場にいる。
――暇なのかな?
と思いつつも、眺めているとちょっと離れて子供が数人いるのが見える。やっぱり体が大きいのが災いしてか、近寄りたそうにしているのをどっかのおっちゃんが止めている。
見た感じ前世のハナちゃん自身と同年代ぐらいなので、せっかくだから仲良くなりたいものだ、と諸事情でぼっちを余儀なくされていた彼女は思う。
「ほれほれ、こっちもいろいろ忙しいんじゃ。お前らもさっさと飯食って仕事に行かんか」
「居場所だけは教えといてくれませんか」
そう質問してきたのは優しそうなおばさんだった。
「うちの裏手か村長の家を探しとくれ」
「わかったわ、ありがとう」
と、第一次村人接近遭遇は終わりを告げた。
◇
「ほれ、いろいろ試す前にこれじゃ」
ばさっ、とハナちゃんにかぶせられたのはシーツ。
今まで忘れていたらしく、外に出てから性別を聞かれて女だと判明したため、パイ爺が慌てて取りに行ったものだ。
「慣れんうちは裸にしか変化できんからな」
――それはまずいです
ハナちゃんはシーツをしっかり体に巻き付けた。
「さて、わしの知っとる他のというと……」
それから、ハナちゃんはいろいろ試してみた。ジャンプしたり、顔を洗ったり、胸を叩いたり、屏風を破ったり、大きな桶に入ったりと「どの動物?」と思うようなのも試した。が、一向に変身できる気配が無い。
「……後は、タヌキとアライグマの動作かのう」
井戸から汲んだ水で木の実を洗ってみた。だめだった。
死んだふりをしてみた。そのまま眠りそうになった。
そしてついに……
「やったー」
煙が晴れ、そこにシーツをかぶった小さな女の子が現れた。
「ついにやったな……というか、こんなちっちゃい子だとは思わんかった」
「いろいろありがとうございますパイさん。でも、ちっちゃいは心外です。これでも11歳です」
「本当か? いや年齢が若返ることも……」
「うーんと、若返ってないです。もともと病気で幼稚園ぐらいからずっと入院生活だったんで、こんなもんです」
その言葉に、さすがにパイ爺さんはびっくりして言葉もなかった。
しばらくして、
「そうか、それは大変じゃったな。今は体はどうじゃ?」
「はい、森の中でも走ってみたし、何より動いても全然苦しくないんで大丈夫だと思います」
「よかったなあ」
うんうんとうなずくパイ爺。
「……と、それはともかく、結局葉っぱでいいんじゃよな」
「そうみたいです……って、おでこに張り付けたはずなのにどこに消えたの?」
「あー、ここ」
「えっ、ここ? ……ああ、ありました。これですね」
老人と少女がそれぞれ自分の前頭部を触っている謎の風景が発生した。
ハナちゃんの葉っぱは生え際よりちょっと上あたりに髪飾りとして発生していた。触ってみると元が葉っぱなのになんか金属製の手触りがする。
「……というか、なんか耳多い、ですか?」
触ってみて初めて自分で気が付く。何とハナちゃんはタヌ耳少女になっていた。いや、実際には謎の生物耳なのだが、葉っぱを額に乗せて変身できたことを考えると暫定的にタヌキでいいだろう。
「それは慣れておらんからじゃな。わしも最初は舌が蛇のまんまじゃったり、腕にうろこが残っていたりしたが、そのうち調節できるようになった」
「そうなんですね……あ、そういえばまだ自己紹介してなかったですね。馬場花です。前世は11歳で病気が悪化して死んじゃったと思います。確か2018年です」
「おお、ハナちゃんというのか、よろしくな……とりあえず服を何とかしようか。シーツがまくれないように注意してついてきなさい」
「はーい」
ハナちゃんとしても村人の前ですっぽんぽんは勘弁してほしい。しっかりシーツを巻き付けて、裾をずるずる引きずるのはたくし上げて手で持って、何とか足の自由を確保する。
しょうがないことだが裸足だ。ハナちゃんは木の枝とかを踏まないように注意しながらおじいさんの後をついていく。
「おーい、ニルさんいるか?」
やって来たのはいい匂いのする建物。周りの家と違って引き戸が大きく、それが開け放たれていて中はテーブルと椅子がたくさん並べられている。奥はカウンターというわけではないが、大人なら頭と肩が見えるぐらいの仕切りで、その向こうで忙しく働いていた人が見える。
「はいはい、あ、もしかしてこんなかわいい子だったのかい?」
エプロン姿のまま奥から出てきたのはさっきパイ爺さんに居場所を聞いていた優しそうなおばさん。この人がこの店の料理人さんなのだろう。ハナちゃんを見て微笑みかけてくる。
「ハナです。よろしくお願いします」
これまで出会った人から、苗字は余計かなと思い、そのように名乗る。
「ニルよ。この村の食堂と雑貨屋をやってるわ。ねえ、お腹空いてない?」
「ちょっと待っとくれ、この格好じゃゆっくり飯も食えんじゃろう。ほれ、ちょうどおんなじぐらいの娘さんが追ったじゃろう?」
「ああ、そうよね。わかった、古着で良ければ残ってるはずだから。いらっしゃい」
と、ハナちゃんはニルさんに手を引かれて奥に連れていかれる。
ドアを通って店のバックヤードに連れていかれると、そこも店だった。ちょうど背中合わせに食堂と雑貨屋があるみたいで、雑貨屋側に階段があってそのまま二階へ向かう。
そして……
「やっぱり下着が難しいねえ。尻尾が立派だから」
「そうですよね……困りました」
「とりあえず布を巻き付けてピンでとめるぐらいかねえ」
「なんか……おむつみたいですね」
「ははは、ちょっと用をたすときに面倒だと思うけど、今日のところはそれで我慢してちょうだい」
「いえ、ありがとうございます」
「それにしてもずいぶん大人びてるね。うちの娘とえらい違いよ」
「娘さん……何歳ですか?」
「あんたと同じぐらいよ。この夏で7歳」
「……私、11歳なんですが……」
「えっ、本当? もっとご飯食べなきゃ……昼の残りだけど食べて行ってよ」
そんなわけで、結局ハナちゃんは食堂でご飯もごちそうになることになった。
食堂の椅子に座ると、やっぱりおむつみたいで変な感じがするが、タヌキにしては大きすぎる尻尾が残っていて普通の下着だとずり落ちてしまうのでしょうがない。ニルさんに貸してもらった服はワンピースなので、そちらは問題なかった。
「はい、召し上がれ」
出してくれたのはなんかお好み焼きみたいな食べ物。ソースの匂いが食欲をそそる。
――こんなところは大阪だなあ
そう思いながらもありがたくいただくハナちゃんでした。
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