第3話 タヌキ? かも怪しい
のどが渇いてないか? との問いに「がうっ」と返事をしたハナちゃんに、「ちょっと待っていろ」と言い残したパイ爺は、奥の部屋に消え、戻ってきた時には木製のバケツを持ってきた。
「ほれ、茶というわけにはいかんが、汲み置きしとった水じゃ」
「がうがう(ありがとうございます)」
そういえば初めて口にものを入れることになるんだと気が付いたハナちゃんは、床に置かれたバケツに鼻先を突っ込んで水を飲んだ。転生してからの短い間でも、自分の手が物を持つのに不適だということは身に染みていたからだ。
――それにしても、ずっとこれだと不便だよね
幸い、目の前のおじいさんは人間に変身できるみたいだし、自分もできるのかな? とちょっと期待してしまうのだった。
「さて」
おじいさんは人心地ついた様子のハナちゃんにいろいろ説明してくれるようだ。ハナちゃんは水がほとんど(飲み方的に飲み干すのは無理)残っていないバケツを脇へよけると、ちょこんとおじいさんの前に座った。
「まずは何を知っているかとかわからんとどうしようもないからいくつか質問させてもらおう」
と言われても、「がう」しか言えない。
「はい、なら右手を、いいえ、なら左手をあげてもらえるか。わかったら右手を」
ハナちゃんは『はい』と右手を上げる。
「よし……じゃあ、最初に、自分が一度死んだ覚えがあるか?」『はい』「元は人間だった」『はい』「日本人だった」『はい』「そうじゃろうなあ、日本語がわかっているようだし……」
異世界転生でありがちな、言語理解スキルでも自動翻訳でもなかったみたいだ。では、ここは日本なのだろうか? それにしては田舎っぽいというか時代が古そうというか、それにしてはアンテナとかあったし……時代がわからない。ハナは訝しんだ。
「……じゃあ、これから言う言葉を知っとるか? 『スマホ』」『はい』「じゃあ、『コロナウイルス』」『いいえ』「ふむ……ということは2010年代か」
――すごい。それだけでわかるんだ。
ハナちゃんが病に力尽きたのは2018年の春だった。当然、彼女もスマートフォンは知っていたし、あの新型コロナウイルスの蔓延は知るはずがない。
「大体わかった。じゃあそれを前提に、この世界がどう違うかを説明しよう。まず、こちらは多分地球と同じような星のはず。つまり春夏秋冬があって、一年は365日、一日は24時間じゃ」
それを聞いて、むしろそうじゃなかった恐れもあるんだとハナちゃんは怖くなった。一日16時間とかいつ寝たらいいのかわからない。一年1200日とか冬が300日続くなんて動物や植物が絶滅しそうだ。
「で、ここからが違うんじゃが、地形は全く違う。国とかは大まかな位置関係が似ているぐらいで、そもそも向こうであった国が無かったり、こっちにしかない国もある。何より……」
それはびっくり。ということは、ハナちゃんが生まれた千葉県とかどうなってるのだろうか。少なくとも日本語があるということは日本はあることは間違いないのだろうが。
「日本の一部地域……大阪の平野ってわかるか?」
『はい』
考え込んでいるところでいきなり来たので、ハナちゃんはちょっとびっくりした。
「たぶんそんなに大きくないイメージがあると思うが、それがとんでもなく大きくなった」
とんでもなく、ってことは本州の半分ぐらい大きくなったのだろうか? と思うハナちゃんに次の言葉は理解できなかった。
「東西およそ4500km、南北およそ2900km、向こうの世界でいえばアメリカや中国より大きい」
「がうっ⁈」
そりゃ思わずハナちゃんもびっくりするってものである。
「地球と似た大きさの星ってことだから、その分他が小さくなってバランスをとってるがな。で、問題はそれが平野じゃないってことだ……大阪平野のあった部分がすべて森林になっちまってるんだな。世界最大の森林地帯ってことだ」
――おお、それって温暖化とか心配いらないレベルかな?
大きな環境問題の一つとは無縁なことに、ハナちゃんはちょっと安心した。がちょっと引っかかる言い方だったのが気になった。
――『問題はそれが』って、いいことばっかりじゃないってこと?
「で、何がいけねえって、この森が魔法の力かなんかで全然切り開けねえってことだな。木を切り倒して、整地しても3年も経ったら元の森に戻っちまう。コンクリで埋めても建物を建てても、そんなの関係ないとばかりに突き破って森が生えちまう」
なるほど、それは確かに問題だ。アメリカ大陸全土がサハラ砂漠みたいな状態だったらという想像をして、怖くなったハナちゃんは体を震わせた。
「そんでまあ、大きな森ってことで日本語で樹海って言葉があるだろ? それの延長で、ここいらはオーサカ超樹海って呼ばれてるんじゃ」
――はて? なんか発音が……
事前の取り決めにはなかったが、首をかしげるその姿は疑問があることを察するのに不足はなかった。
「ああ、オオサカじゃなくオーサカ。わしも経緯はよくしらんが……現に樹海内の最大都市はシンオオサカだしな……」
――お、その名前は聞いたことがある
「……で、この樹海内はここやシンオオサカみたいな町や村が100ちょっとある。面積に対して少なすぎると思うだろうが、それはまた別の理由があって……」
そこでハナちゃんは、てしてしてしと床を叩く。残念ながら指差しができる構造じゃないのでそれが表現力の限界だが、目の前のお医者さんは、やはり頭脳明晰でちゃんと察してくれた。
「……ああ、ここはモリノミヤ村じゃ。なんでも向こうでも大阪にそういう名前の駅があったと聞いておるが、まあ樹海内を貫いてアマゾン川が存在する時点でたいして関係はなさそうじゃがな」
――アマゾン川……
「村人は……詳しくは村長に聞かんとわからんが大体50人ぐらいで、たいがいは畑を耕しておる。最低限食べるのには困らんし、ダンジョンの維持もずっと問題なくやって来とった。ちょっと今問題があるんじゃが、そのことは実際にダンジョン探索をやっとる、ほれ、さっきの二人にでも聞きゃあよかろう。お前さんが今気にすることじゃないわな」
――タイキさんとエリザベスさん、だっけ
「あとは村長と、夜に食堂に顔を出せば広まるじゃろうから、将来どうするにせよ、この村でしばらく過ごすといい。それが負担になるような村じゃないし、他へ移動するというのも難しいんでな」
「がう(ありがとうございます)」
「……ところで」
パイ爺は立ち上がると、後ろに回り込んでハナちゃんのデリケートな尻尾をつかんだ。想像より刺激が強かったのでハナちゃんはレディーにあるまじき(猛獣の鳴き)声を発しながら悶えた。
つかんだ尻尾を表裏確かめてパイ爺は尻尾を離した。ハナちゃんは二度と同じことをさせるもんか、という意気込みで尻尾を股に挟んで身構えた。
パイ爺は離れて椅子に座り直すと、意外なことを口にした。
「……やっぱり、お前さんタヌキじゃねえな」
「がう?」
「いや、見た感じ大きさは大型のクマ、顔はアライグマというよりタヌキに近い、で指を見た感じと立ち上がった姿を見た感じレッサーパンダにも見えるし、尻尾の模様がそれらのどれとも違う」
慌てて股の間の尻尾を見ると、なんか茶色に大きな黒い斑点が二つ……裏替えしてみるともう一つの計三つあった。
「そうそう、レッサーパンダとアライグマは縞々がある。タヌキはそもそもそんなに大きな尻尾は無い。さすがにそれ以外の動物ってことは無いだろうから、低く見積もっても謎の生物ってこったな」
衝撃の事実。ハナちゃんはUMA(未確認生物)娘だった。
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