第2話 クマじゃなかったみたいです
なんと、熊じゃなかったらしい。
そう、それは他でもなくハナちゃんのことだった。
「落ち着け、エリザベス……あれは?」
剣を抜いて彼女の指さした方を見たタイキだったが、彼は森の中ではエリザベスほど目が利かない。
なにか熊のようなシルエットの獣がトテトテと歩いてくるのは分かるが、しばらくして「あ? ああ……いや? あ、もしかして……」となんか頭の中で何度か思考の応酬をしたかのような声をあげ、剣を構えたまま呼びかける。
「おい、もしかして人の言葉、わかるか?」
「がう、がうがう(うん、わかるよ)」
その生き物、というかハナちゃんは大きくうなずく。
「やっぱり、パイ爺の同類か……」
「ちょっと、どういうことよ」
上着の裾を引っ張りながらエリザベス。
「ああ、この村ってちょっと変で、なんか他の世界から飛ばされてくる連中がけっこういてな。そういうのは人間の姿をしてる方が少ないんだよ」
「がうがう(そういうことかあ)」
自分の立ち位置をこの剣士さんが説明してくれたのでハナちゃんも納得。
「……とりあえず……襲ってはこない?」
「がう(しないよ)」
とりあえず自分が大きいのが良くないのかな、とハナちゃんはしりもちをつくようにして座った。
「で、結局何なのこの動物?」
それはハナちゃん自身も知りたいところだ。
「たぶん、熊のサイズの……タヌキ……かな? 普通はもっと小さいんだけど」
「がう?(そうなの?)」
なんと、ハナちゃんはタヌキだったらしい。
タヌキというと普通は犬より小さい森の動物だ。そして、日本では珍しくないがエゲレス出身で、本格的に森に入ったのは今回が初めてのエリザベスは見たことがなかった。一方、探索者であり狩猟者でもあるモリノミヤ出身のタイキは当然見慣れている。いやこんな大きいのは初めてだが……
「こりゃ、ちょっといろいろ起きすぎだな……とりあえずこっちは爺さんに投げるか……そこのタヌキさん、ちょっと村には案内して、あんたみたいなのに詳しい爺さんに紹介するから、ついてきてもらえねえか?」
「がう」
ハナちゃんはうなずいて、よっこいしょ、と四つ足になって二人に近寄る。
近寄ってみると男と女はまだ若い感じで十代? とハナちゃんは思った。前世の両親はもちろん、病院でもこんなに若い人とは接点がなかったので、若干落ち着かない。
「ほんとに、言葉がわかるのね」
近くに寄ってきたハナちゃんは実際に生まれたてのようなものなので、寝ころんだ時の落ち葉とかが付いていてなお、もふもふだった。
なんか撫でたそうにしてたので、ハナちゃんは気を使ってエリザベスの隣に寄る。
ちょっとためらったあと、恐る恐る肩から背中の落ち葉を払いのけてそのまま、なでなでを始める。
「……ほどほどにな」
「がう(そうね)」
なんかタイキとハナちゃんの心が通じた瞬間だった。
それはともかく、二人には時間が限られているのだから、一行は村に足を進める。
「村は50人ぐらい、20軒ぐらいの規模だ。一応医者と食堂、雑貨屋はあるけど、まあ、なんにせよ意思疎通できないとなあ……」
簡単に説明してくれるタイキ。
「ともかく、爺さん……パイって医者なんだけど、そいつもあんたと似た感じで本性は動物だけど人間の姿にもなれるから、きっと相談に乗ってくれると思う」
「がうがう(よかったあ)」
「てか、あんたは元々どんな姿だったんだろうなあ……でかいし、マッチョおっさんかな?」
「がうっ!(ちがうよ)」
一方通行だが、一応ハナちゃんは相づちを打っていたので会話っぽくなっていた。歩きながらもエリザベスはなでなでしていた。
そんなこんなで村に着いたが、ハナちゃんは不思議なことに気づいた。
森と村の境目がくっきりしすぎている。
遠くに目をやると、丸く森に囲われた村で、外側はほとんど畑で、建物は中心に密集して建てられていた。中心近くには高い鉄塔みたいなものが立っていて、大きなアンテナっぽいものが先端についている。一方で電柱は見当たらないのが不思議。
――ちょっと極端すぎない?
そんなことをハナちゃんは思ったが、疑問があってもタイキに聞く方法もない。
「そうそう、俺たちはちょっと別の村を守る仕事があるんで、爺さんのところに預けたらしばらく離れるから、おとなしくしといてくれるか」
「がう(わかった)」
「おーい……って、わあっ、そ、それって大丈夫なのか?」
「ああ、爺さんとかの同類みたいで、おとなしいぜ」
ぽつんと離れて森の近くにあった小屋の前で作業していた男が、一行に気づいて声をかけてくる。見た感じ、干されている毛皮や斧などの道具、そして強い血の匂いから、ここが狩猟を仕事にしている人々の小屋だということがわかる。
「そうか、じゃあ見つけた熊ってそいつ?」
「いや、そっちは別。まっすぐあっちに5分ぐらいのところで仕留めたあとにこいつが寄って来たから、そのままにしてきた。始末を頼めるか?」
「ああ、じゃあ人を集めてくる」
「頼むよ。こいつとダンジョンのことがあるから、手が離せねえんだ」
ダンジョン? と、聞いてピクッとハナちゃんは反応する。
――おお、じゃあやっぱりダンジョンありのファンタジー世界! やった、これは大勝利
気分的に大勝利したハナちゃんの頭をタイキは一撫でして、
「こいつは俺の幼馴染。まあ、落ち着いたら紹介する」
と、話しかける。「がう」とハナちゃんが返すと、「へえ、やっぱりちゃんと中身は人間なんだな」と男が感心する。
「っと、早くしねえと、獲物が臭くなっちまう。じゃあな」
「よろしくな」
男は別れを告げて、小屋の裏に消える。
「さあ、行こう」
2人とハナちゃんは畑の間を村の中心部に向けて進む。
◇
「爺さん、今時間あるか?」
やって来た建物は、一見して周囲の建物と同じだが、ちょっと大きめだった。医者をやってるぐらいなんだから入院できなくても広さが必要なのはハナちゃんにも理解ができた。
呼びかけながらも引き戸を開けて中に入るタイキ。横にいるエリザベスに促されて、ハナちゃんも中に入る。ちょっと窮屈、だけど意外に毛は当たるけど体はぶつからずに入り口を抜ける。意外とボディはスリムだったみたいだ。自身でもよくわかっていなかったことだが。
今は真っ昼間。
いきなり暗い家の中に入って目が慣れるのに時間がかかったが、なにやら動くものがいるのは分かる。それも四つ足のハナちゃんの目線で。
「がうっ」
びっくりして総毛立つ。
ハナちゃんの目の前にいるのは、かつて見たこともないような大きさの……というかハナちゃんは前世で小さい実物も見たことは無かったのだが、真っ白の大蛇だったのだ。
蛇ににらまれたタヌキ。「蛇ににらまれたので帰る(カエル)」と言いたいところだが、残念ながら大蛇は素早い動きで回り込んで、その大きな蛇体でハナちゃんを全周取り囲む。
頭はハナちゃんの顔を覗き込んでいる。
ちろちろとそこだけは赤い舌が揺れるのが怖い。
が、そこで襲い掛かってくるでもなく、白蛇はそのまま部屋の奥に移動する。
そして、背もたれの無いスツールに体を巻き付かせてとぐろを巻くと煙が湧いて出て、そこには白髪でひげも真っ白のおじいさんが座っていた。見た感じそばに立つタイキと比べても小さいし、痩せた体をしたおじいさんだった。
「ふむ、用件はそこのご同類のことかな?」
「ああ、悪いが来てすぐみたいだから、たのむよ。俺たちは……」
「ダンジョンを何とかせんといかんわな。急がんといかんしなあ」
「ああ、そういうこった……ちょっとびっくりしたと思うけど、この爺さんにちょっと面倒みてもらってくれ、この村にずっといてくれているお医者さんなんだよ」
そう、ハナちゃんにも落ち着かせるように声をかけて、タイキとエリザベスは出て行った。
「ようこそ、この世界へ、ってとこかな。わしはパイソン、正体はさっき見た通りの蛇。おまえさんと多分同じで別世界からここに蛇の体で放り出された……元人間じゃ」
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