第12話 迷惑な訪問者たち

 結局その日、ハナちゃんはずっとエリザベスと一緒にいた。寝るのも二人の部屋にしたが、部屋にはベッドが一つしかなかったし寝ている最中に変身が解けてしまうハナちゃんは、最初から元の姿のまま床で眠ることにした。

 実は床で寝るのは初めてだったが全く問題なかった。

 一応シーツは敷いていたので体中が埃まみれになることは防げたし、動物の体は硬い床で痛くなることもなかった。


「今日はダンジョン行くのやめようかしら」

「今日は狩猟小屋での手伝いの続きだから、顔を合わせることは無いと思う。だから気にしないで」

「くれぐれも、大人を頼るんだぞ」


 食堂で一緒に朝食後、心配する二人を見送り、ハナちゃんは村はずれの狩猟小屋に向かう。例の二人はまだ起きていないみたいでハナちゃんがいるときに食堂には現れなかった。

 小屋につくと狩人のリーダーに声をかけられた。 


「おう、今日もよろしくな」

「今日中に袋詰めしてしまうんですよね?」

「欲を言えば午前中だな。村が買う分が先だからこっちから売る方はどうせ午後になる。午前中にまとめてしまえば先方の迷惑にはならんだろう」

「はーい、それにしても多いですね」

「また別の魔獣が近くにいるのかもしれねえな」

「追われて畑に来たってことですか?」

「そうそう、前のが倒されてからまだ一か月ぐらいだろう?」

「もうちょっと長いですね。私が現場に出くわしたんで」

「ああ、そうだそうだ。ちょうどその時だったな。タイキが魔獣と仲良くなって帰って来たのかとびっくりしたぜ」


 ダンジョンの中には魔物しかいないが、外にいる魔獣と動物の違いは、実ははっきりしていない。

 せいぜいが村の領域に入ってくるかどうかなのだが、動物も村は避けがちなので、行動で区別するのは難しい。

 他には魔石を体内に持っているかどうかという区別も一応ある。血液中では液体、外気に触れれば徐々に硬化し、完全に硬化した後は気体になって大気に拡散するという謎物質なのだが、森の魔獣程度の血中濃度では固体として確認できるほどの量にならないので、血液検査でもしないと判別できない。


 今日は昨日ほど人を集めておらず、いつもの狩人小屋のメンバーとハナちゃんぐらいだったが、作業の進行具合を考えると余裕で間に合いそうだった。

 割り当てられた作業を黙々とこなしているハナちゃんに、昨日一緒に後片付けをした老狩人が声をおとして話しかけてきた。


「すまねえ、昨日のことは聞いたぜ。俺がその場にいたらかばってやれたんだが……ったく、迷惑な奴らが来たもんだ」


 狩猟という仕事は確かに生き物の命を奪う仕事だ。そういう意味で荒事の一種ではあるのだが、基本的には相手に気づかれないように息をひそめてチャンスを待つやり方をしている。そのため、実際にはもめごとや暴力に真正面から飛び込んでいくタイプは少ない。どちらかというと気配を消して様子をうかがうというのが習い性になっている者がほとんどだ。

 数少ない例外が、探索者上がりの狩人だったが、現在この村で探索者上がりなのはこの老狩人一人だった。加齢とともに視力や体力の衰えを感じて一線を引いたが、狩人のリーダーを長く務めたベテランだった。


「いいんですよ。私も……村の仲間として当然のことをしただけです」

「……ああ、モリノミヤの未来はお前たち若者にかかってるからな」


 老狩人はニヤっと笑いを浮かべながらそう言い、自分の作業に戻っていった。

 


「よし、これで全部だな」


 まだ昼には余裕がある時点で作業は完了した。


「じゃあ荷車に積み込むぞ。売りもんだから丁寧に扱うんだぞ」


 狩人たちは狩猟小屋脇の納屋から出してきた原始的な荷車に燻製の袋を積み込む。大きな荷車は、獲物がはみ出してもいいように平らな板状をしている。しかも二輪なので水平にしておかないと袋は転がり落ちる。一人がかじ棒を握って、残りの狩人で荷物を積んでいく、

 ハナちゃんに狩人のリーダーが声をかける。


「せっかくだから、大きい姿で一緒に行くか?」

「いや、それは……」

「どうせ簡単に護衛を変えるわけにもいかねえんだよな。今後も何度も出くわすんだから、いっそ脅かしてやりゃいいじゃねえか」


 脇で作業していた若手の狩人が口をはさむ。


「そんなこと言って、ハナちゃんに荷車引かせて楽しようってんじゃないんすか?」

「お前は、余計なことを……」

「図星なんすね……」

「わかった、じゃあ小屋借りるね」

「荷物出し終わってからにしてくれよな」

「はーい」


 最近のハナちゃんは、着ている服を入れるためのかばんを持ち歩いていた。再変化用の葉っぱは村の中ならどこでも見つかるので用意してはいない。ただ、荷積みを待つ間暇だったので、念のため良さそうな葉っぱを数枚摘んでおいた。


「空いたよー」


 小屋の方からの声に、ハナちゃんはそっちへ向かう……と思い出してリーダーさんにお願いする。


「このかばんなんですけど、服を入れるんで一緒に持って行ってくれませんか?」

「いいけど……女の子に戻るときはどうするんだ?」

「昼時だから、ニルさんのところの雑貨屋の方の倉庫を借りようと思うんで、余裕があったらニルさんかリルちゃんに渡しといてもらえれば」

「了解、どうせみんな飯食いに行くし、おれがやっとくよ」

「お願いします」


 狩猟小屋は元々作業小屋なので窓は無い。扉を閉めると暗い。

 すっかり使い慣れた光の精霊術で視界を確保すると、ハナちゃんは服を脱いでかばんに詰める。服の上にさっきとってきた葉っぱを重ねておくと、持ち手をそろえて扉のそばに置く。

 手探りでカチューシャの葉っぱ飾りを探り当てると指ではじいて変身を解除する。

 今の指ではちょっとてこずったけど扉を開けて、ハナちゃんは荷車の方に向かう。荷車は人力で引くようになっていたので、立ち上がって、かじ棒を両手でつかむ。


「よし、それじゃ倉庫まで移動だ」


 ぞろぞろと漁師たちを引き連れて、荷車を引くのは見上げる大きさのクマみたいな何か。村の外からやって来た者たちへの威嚇としては充分すぎる光景だ。

 先導していた狩人のリーダーは、振り返ってその絵面を確認し、満足そうに笑みを浮かべた。

 その笑みが凍ったのは、一行の後ろから走り寄ってくる村人の姿を認識した時だった。


「魔獣だあー!」


 その村人は息も絶え絶えに声を張り上げる。

 一行の足が止まる。


「どこだ? どんなだった?」

「西側の野菜畑の奥だ。薪を取りに入っていたリノが襲われた」

「よりにもよって……リノは昨日ケガしたばっかりだってのに……それで、無事なのか?」

「ああ、何とか二人がかりで担いで森からは出した。今頃は背負われて診療所に着いているころだ」

「ひとまず良かった……それで、どんなやつだった?」

「でっけえ二足歩行のトカゲだ。尻尾も長くて強い。ちょっと振り回しただけで木が折れやがった」

「確かに見たことねえな……角はあったか?」

「見た感じは無かった」

「……ということは頭から突っ込んでくる感じじゃねえのか……追い払うぐらいなら何とかなるか……」


 狩人たちはリーダーがどういう方針でいくのか、固唾をのんで見守っていた。


「よし、爺さんはハナちゃんと一緒に荷物を倉庫に預けて、あの商人の護衛を借りれねえか村長に話してくれ。聞いた感じだとかなりヤバいからその辺も伝えてくれ。残りの連中は小屋に戻って準備するぞ。さっさと追い出さねえと誰も森に入れなくなる」

「よっしゃ、嬢ちゃん、急ぐぞ」


 さすが元探索者というか、老狩人は状況をすぐに察知した。彼に託されたのはハナちゃんの安全と村の皆への周知だ。判断自体は村長がするにせよ、リーダーを除けば彼が最も正確に脅威を伝えることができるだろう。

 かくして、一行は危険に対処するために二手に分かれて行動を始めるのだ。


「ったく、次から次へと迷惑な奴らがやってきやがる」


 先を急ぎながら狩人の一人がこぼした愚痴は、その全員がうなずけるものだっただろう。

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