第13話 村を守る戦い

「なあ、俺の気のせいじゃなけりゃ……」

「なんだよ」

「あいつ、森から出てきてないか?」

「そうだな、認めたくないが村の中に入ってる」


 村の領域のうち、農業に利用されていない部分はほとんど草むらになっている。若干湿り気を帯びた草のうち背の高いものの陰に、二人の狩人が潜んで様子をうかがっている。彼らはマイルズとナイルズという兄弟の狩人で、合わせてマイナイ兄弟と呼ばれることもある。呼び方はそうだが彼ら自身は賄賂とは無縁のしがない狩人である。


「まずいじゃねえか」

「まずいな」

「あの見た目でただの動物ってのも考えにくいが……」


 彼らの視線の先、野菜の畑にいたのは聞いていた通りの巨大トカゲだった。遠目で正確なことは分からないが、尻尾の先まで含めると全長5mほどもある。

 草食か? いや、そうだとしてもあの体格と事前情報にあった尻尾の一撃は彼らをまとめて吹き飛ばすだろう。食われる食われないにかかわらず安心できるものではない。


「大将、どうする?」


 すこし後方で同じように身をひそめて様子をうかがっていたリーダーに兄のマイルズが声をかける。


「動物だろうが魔獣だろうが、野生生物の習性は大して違わねえ。今の季節、森で餌に困ることもないだろう。こっちが手ごわいところを見せれば追い返せるだろう」

「仕留めるのは無理そうか?」

「……タイキの嫁さんぐらいなら可能性はあるがな」

「ああ、あのクマの魔獣の件か、とどめはタイキの剣だろうがあの頭への一撃も頭蓋骨砕いてたもんな」

「で、その夫婦は?」

「朝にダンジョンに向かうのを見た」

「ツイてねえなあ……俺たち」とぼやくのは弟のナイルズ。

「で、やるのか?」


 そこで、リーダーはしばし考える。


――正直あのサイズだと敵に回した時点で全滅もありうる。腹が一杯になったら出て行ってくれるのが一番なんだが……いや、それにしても魔獣が村の中に入る? ダンジョンの守りはどうした?


 嫌な考えが頭をよぎる。


――いやいや、それは今考えることじゃねえ。やはり無理に仕留めるより追い払う方を……


 だが、彼が決断する前に事態が動いてしまったのだ。



 時をさかのぼって、倉庫に向かったハナちゃんは手持無沙汰だった。

 荷下ろしをしている暇もなく、老狩人は村長の家に向かった。一人荷車と取り残されたハナちゃんは、食堂から漂ってくるいい匂いに鼻をくすぐられながら、ちょこんと腰を下ろす。

 服は預けたまま……いや、荷台に乗っているものの、すぐに変身するのは無理だ。むしろ、ここに魔獣がやってきたときにみんなを守るためにこの大きい体でいたほうがいいとも思っていた。

 ほどなく、周囲が騒がしくなってきた。

 村長が中心になって人々に一時家に入るように呼びかける声が聞こえる。

 ハナちゃんのいる倉庫も人々があわただしく荷物を中に運び入れていた。荷車の燻製肉も同様に運ばれていった。ついでにハナちゃんのかばんも……


「が……がう」


 今は言葉を話せないし、そういう状況でもないだろうと思って、ハナちゃんは言い淀んだ。

 空の荷車を残して倉庫の大きな両開きの扉が閉められて、さて私も避難しようとハナちゃんが動き出したとき、唐突に叫び声が聞こえた。


「てめえだなっ、村に入った魔獣は!」

「がうっ(何で)?」

「なんでえ、でかいって聞いていたが大したことねえな。このくらいの奴なら俺達でもやれるじゃねえか」

「ったく、田舎の奴は大げさで困るぜ。追加報酬はいただきだな」


 例の護衛の二人だった。


「おらっ」


 ひげ面の方が剣で切りかかって来た。

 ハナちゃんはとっさに飛びのく。


――この体になって一番速く動いたかもしれない


 そんなことを考えながらも、油断はしていない。今の体勢が四つ足でなければこんなに素早くは動けなかったかもしれない。

 周りを見回す。

 村の人がいたら自分は違うのだと説明してもらおう、と期待してのことだったが、ちょうど見える範囲には誰もいない。

 ちょっと移動すれば……と考え、ハナちゃんは振り返って距離を取ろうと走り出す。


「くらえっ」


 まさか全力で走って追いつかれるとも思わなかったので、攻撃が来るのは全く予想外だった。


――ひえっ


 右わきに逸れて飛んでいく火球におびえて進路がちょっと左に逸れる。火球はそのまま飛んでいき、道端の木に当たって焦げ目を作る。

 まさかハナちゃんもあの酔っ払いが魔法――精霊魔導術の使い手だとは思っていなかった。ひげ面は剣で切りかかってきたが、もう一人はメイスを持ちながら後方に控えていた。そちらの方が使い手だったのだ。


「逃げるなこらっ」


 追いかけてくる二人。

 逃げた方向が悪かったらしく、まだ村人は見かけない。


――むしろこのまま魔獣の方に……この人たちの手を借りるとか言ってたし……いやいや、混乱させるだけかも……


 いままでやったことは無かったが、もしかすると動物としての本能がそうさせるのかもしれない。火球が時折飛んでくるのを、意外にもハナちゃんはうまく木や草むらを利用して逃げ続けていた。

 そして……


「ぎゃああ」


 確かに連れて行こうかと頭をよぎったのは事実だった。

 だけど、向こうからやってくるなんてハナちゃんは思ってもいなかった。


「なんだこいつは?」

「もう一匹いたのか」


 追いついてきた護衛の二人が驚いている。

 遅れて、村はずれの方から矢が数本飛んできて、オオトカゲ――ハナちゃんにしてみれば恐竜と言っていい魔獣に当たった。


「ぎゃおう」


 雰囲気的には、「いてっ」ではなく「イラっ」という感じだろうか。ほとんど表面にしか刺さっておらず、効いてはいないようだった。

 その後も矢は飛んでくるが、どれも同様に魔獣のダメージにはなっていない。


「ハナちゃん、なんでこんなところに……」


 声をかけてきたのは魔獣の動きに先回りして急いでやって来たマイルズだった。


「おい、お前、何で襲われねえんだ」

「お前らは……まさかハナちゃんを追い回していたのか。この子は村の子だ。人にも変身できる」

「……なんだと? ってことは、畜生、あっちが本物か」


 ひげ面の護衛の男の見る限り、大トカゲの魔獣は、迷宮の一層フロアでも中心近くにいるのと変わらない強さに見えた。

 倒したことが無いわけじゃないが、その時には自分より格上の探索者のチームで6人がかりだった。

 出くわしていなければ報酬の多少にかかわらず一目散に逃げていただろう。

 だが、すでにこの場にいる面々は大トカゲに敵として認識されている。


「……おい、魔獣じゃねえってんだったらお前が先頭に立てよ」


 ひげ面がハナちゃんに言い放つ。


「そんなことさせられるか、大体お前らがポンポン魔法を打つから魔獣の気を引いたんだぞ」


 マイルズが言い返す。

 潜んでいた狩人たちは、急に魔獣が村の中心に鼻を向け、歩き出したのを見て慌てて後を追ったのだ。先行したマイルズ、ナイルズの兄弟は、進む先で宙を飛ぶ火球を見て、魔獣があれを目指したのだと気づいて近づいたのだ。

 なお、先ほどの弓の斉射はリーダーの元、残りの狩人が放ったものだ。

 魔獣としては、目障りな弓手を排除したいのだが多方向に散らばって、移動しながら撃ちかけてくるのだから、どちらに進んでも有効ではない。

 そのことを理解した魔獣は、ともかく固まっている方から始末しようと、ハナちゃんたちに目を付けた。


「来るっ」


 マイルズは事前に尻尾が攻撃手段であると聞いていた。

 そのため魔獣がおかしな体勢になった時にすぐに意図が分かったのだが、ハナちゃんと護衛の二人はそうではなかった。


――えっ?


 右からすごい速度でやって来た尻尾にハナちゃんはべたっと地面に伏せた。

 ビュン

 背中の毛越しに魔獣の尻尾が通り過ぎる風圧を感じる。


「ぎえっ」


 振り切られた尻尾に吹き飛ばされたのはひげ面の男一人だった。かなりの距離飛ばされて地面に転がる。持っていた剣は手を離れて草むらに消えた。


「ちきしょう」


 仲間の吹き飛ばされた姿を見て、もうひとりの護衛は火球をトカゲの頭に打ち込む。だが、当たった火球は皮膚に少しの焦げも作ることなく消えた。

 魔獣であっても、自然法則を無効化できるわけではない。

 毛におおわれた魔獣には、火球は有効なことが多い。ハナちゃんにひたすら火球を撃っていたのはそのためである。

 しかし、表面がつるっとしているトカゲではやけどをさせられても燃え上がらせることはできない。そして、並のトカゲの10倍以上の大きさのこの魔獣は、皮膚の暑さも10倍以上である。質量をほとんど持たない熱の塊である精霊魔導術の火球では、トカゲをのけぞらせることもできなかった。

 そして折悪く、いつしか雨が降り始めていた。

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