第9話 妖精と精霊と、あとたくさん
ハナちゃんが村で生活することになって2週間。
その間、少女の姿でもタヌキの姿でも村の中のいろいろな場所で彼女の姿を見ることができた。
村の役に立ったというのもそうだが、彼女自身にも自分の不思議な体についていろいろとわかったこともあった。
その身長や体格にそぐわず、意外と力持ちなことが分かったのもその一つだ。さすがにクマのごとき元の体格の時ほどではないが、並の成人男子に負けないぐらい重いものが持てた。
そのため、ちょっとは力仕事で食堂の手伝いもできることになった。食糧庫の整理や、店内の掃除のための椅子の上げ下ろしや水汲み、そうした仕事を午後の2時間ぐらい手伝って、代わりにご飯を食べさせてもらうことになった。なお、皿洗いや料理運びは力があっても身長がないので「大きくなってからね」ということになった。
また、農作業の荷車を運ぶのに呼ばれることもあった。この村には今まで家畜は鶏ぐらいしかいなかったので普段はリヤカーを人力で引っ張っていたのだが、ハナちゃんに引っ張ってもらおうというのだ。ただ、こっちはせっかく変化を解いて現地に出向いても、リヤカーの中に入れなかったり、さほど荷物が多くなくて少女姿でも引けるぐらいだったりした。
だが、変化の回数を重ねることで、ハナちゃん自身にも良い事があった。
「見て、ほら、ここ」
「あ、なんかかわいい感じになったわね」
「そう、形を変えられるようになったの。変身するときにえいって気合を入れてね……」
いままでおでこの上に張り付いていた葉っぱアクセサリは、残念ながら恰好いいとは言えなかった。知らない人から頭になんかゴミがついてますよ、と言われそうな様子だった。
それがカチューシャと、その左脇についた小さな葉っぱアクセサリに変わって、おしゃれでつけてますと言っても許される形になったのだ。
ちなみに他の問題点、5~6時間しか変化が持続しないことと、下着を履くのに邪魔な尻尾を消すことは実現していない。
今は、午後の食堂。昼終わりの掃除も終わってニルは二階に上がって休憩中。
ちょうど、エリザベスが通りかかったのでハナちゃんが声をかけたのだ。
エリザベスと座席に座っておしゃべりする。
「やっぱり謎よね。あのおじいちゃんもそうだけど、生まれ変わって来た人の能力っていうのは説明が難しいのよね」
「同じような人のこと、エリーさんは詳しい?」
「詳しいというか、噂ではいろいろ聞くのよ。空を自由に飛ぶとか、一瞬で遠くの町に転移するとか、巨大なゴーレムを呼び出すとか……」
「へえ」
「むしろパイお爺さんのことは、タイキに聞くまで知らなかったわ。ずっとこの村から出ていないそうだから」
若いころの話など、もう村長でも知らないぐらい昔からいるパイ爺ことパイソンだが、たまに留守にすることはあっても住居はずっと移していない。他の多くのウメチカ探索者と同じく、シンオオサカを拠点にしていたエリザベスの元には彼の噂、どころかモリノミヤのことだってタイキの出身地でなければ知らなかったぐらいだ。
「……ともかく、科学、精霊、妖精、神聖、邪悪、魔導など現存するどの術の体系でも説明できないから、誰に聞いてもわからないと思うわ」
「えっ、術ってそんなにいろいろあるんですか?」
「そうね、でも普通に魔術と言った場合は精霊魔導術のことね。私が使えるのもこれ。他はちょっと使える人が限られるものだったり、面倒だったり、道具にお金がかかったりするの」
「お風呂に湯を張ったり、水流で掃除したりするのが、その精霊魔導術ですか?」
「えっと、お湯を張るのは精霊術で、掃除するのが精霊魔導術ね」
ハナちゃんは首をかしげる。
「精霊術って基本的にはその場所に水とか火とかを出したり消したりするだけなの。で、そういう物に動きをつけてるのが魔導術。だから精霊術で水を出して魔導術で飛ばしているから精霊魔導術ってこと」
「へえ、だれでも使えるんですか?」
「魔導の方は知識も練習も必要だけど、精霊術単体だったら誰でも使えるわ」
「私も?」
「使える……けど役に立つぐらい使えるかは分からないの。例えば水だったらコップに一杯出せる人もいれば水滴2・3滴ということもある。一度に出せる量も違えばどれぐらいの間隔で使えるかも人によって違う」
「だからお風呂係が決まっているんですね」
「そう、100リットルを超えるような水の精霊術を使える人は少ない。その人だって家で洗濯や洗い物もするし……あとは属性ごとの向き不向きもあって熱の出し入れは強いけど水は全然という人もいる」
「エリーさんは?」
「私は魔導も使えるし、あまり属性の得意不得意は無いわ。でもそういう人はダンジョンに連れていかれるわね」
「……」
「……心配しなくてもハナちゃんがいくら精霊術に適性があっても、それだけでダンジョンに潜らないといけないってことにはならないわ。安心して」
だが、その時ハナちゃんが実際に考えていたのは、「精霊術が使えたら私もダンジョンでみんなの役に立つことができるかな」であった。
そして、それを察してエリザベスは、「ダンジョンに行きたいかどうか」を「ダンジョンに行かなければならないかどうか」という話に強引に修正して話を終わらせたのだ。
この特攻自虐タヌキ少女は、注意しないとすぐに危ないことをしそうだ。ハナちゃんの周囲でそのことを一番心配しているのがエリザベスであった。
「まあ、実際にやってみようか。最初は水がいいわよ、安全だし。何か水の出るもので一番馴染みのものを……ああ、水道の蛇口ね、じゃあ、目をつぶって実際に目の前にある蛇口を回すように……」
結果、ハナちゃんの精霊術は万能だった。
万能に……ショボかった。
火はろうそくぐらい、水はコップの底にたまるぐらい、風はそよ風、土は一握り、光はLED懐中電灯ぐらい、コンセントをイメージしてやってみた雷は静電気ぐらいでピリッとするだけだった。
「ま、まあ大多数の人はそんなもんよ。ほ、ほら、タイキとか、火種を作るぐらいしかできないし……」
エリザベスは、先ほどの心配とは逆方向で、ハナちゃんをなだめることになってしまった。
「はあ……そうですね」
本人も期待外れなのかテンションが低い。
「それに、火種と灯りなんかはどっちも日常生活にとーっても役に立つのよ。私だってそれなしじゃ一日だって生活できないわ」
「……そうですね……うん、できることが増えたと喜んでおきます」
「そうそう、それにハナちゃんは誰にも真似のできない変身があるじゃない」
「むう、やっぱり私は変身を磨くしかないのか……いいです、これから集中して鍛えてきます。とりあえずの目標は服込みの変化かな」
「がんばれ」
「がんばる」
「何してるの、二人とも……」
拳を握って食堂の店先で新たな決意を語るハナちゃんと彼女のご機嫌を取るエリザベスという光景は、休憩から戻って来たニルさんに不思議そうな顔をされた。
ちなみに、拳を握るのと同時に自然とピンと張ってワンピースを持ち上げていたハナちゃんの尻尾には、相も変わらず3つの黒い斑点がくっきり存在を主張していた。
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