第15話

 私の名前なんかより、楓の方がよっぽど明るくて眩しいと思う。太陽の陽に、希望の希なんてあまりに荷が重い。演じているようなかっこよくてさっぱりしてる、そんなキャラじゃ本当はないんだ。


「はる先輩、私またマネージャーやりますね!」

「ほんと? めちゃくちゃ助かる」

「はい! またよろしくお願いしますね」


 貸し出し手続きを終えた本を差し出せば、尊敬や憧れを乗せた目が真っすぐに私を映す。手を振って去っていく彼女に、静かに息を吐けば隣にいた美月が私を呼ぶ。


「なんだよ」

「私に八方美人っていう割に、陽希も大概よね」

「こっちは別にいい顔したくてやってないし」

「そうなの?」

「求められてんじゃねえの、こういうのが」


 いいように見せたくてやってる訳じゃない。バスケで髪が邪魔だったからショートにしただけだ。ただそれから、求められるものが明確になった。求められるものが明確になった分やりやすくもなった。求められるものに応えれば、周りに人が増えた。

 それだけだ。


「まぁ、やりやすいように演じるのが一番よね」

「……」

「だからこそ、自然体で在れる人に惹かれるのかもね」


 美月が眩しいものを見るように目を細める。その視線の先が誰を見ているのか、嫌でも分かった。


 入学式の日、美月は教室に入った時から目立っていた。姿勢を正して座っているだけで雰囲気があった。でも私は自分から輪を広げるタイプじゃないし、ただなんか綺麗な人がいるなってそれくらいだったんだ。楓がすぐに美月に話しかけて、次の瞬間にはお昼に誘ってて次の瞬間には一緒に帰っていた。


 誰にでも同じ笑みを向けて、誰にでも正解なコミュニケーションを取って、そうやって皆の視線を集めている。そのくせにお昼は誰に誘われても必ず私たちと食べて、帰りも私たちと一緒に帰る、本当は少し苦手な人。それが美月だった。


 今更、そんなやつの内側なんて知りたく無い。


「そろそろ閉める時間かな」

「そうだな、さっさと閉めよ」


 立ち上がって奥から順に窓を閉めていく。残っている生徒に教室を閉めることを伝えて受付に戻れば、美月は同じクラスの委員と楽しそうに会話していた。どうして少し苦手だったのか、私はただ楓との時間を邪魔されるのが嫌なんだと思っていた。

 でも、違う理由があると知った。


 多分、似てるんだ。同族嫌悪。


「じゃあ鍵は俺らがやっとくから」

「ありがとう」


 にこやかに笑って仕事を押し付ける美月と、それなのに嬉しそうな男子たち。

 演じるって面では似てるけど、利用するって点じゃ美月の方がよっぽど酷いけどな。そんなうやつに似てるだなんて思いたくもない。だから、もうこれ以上知りたくない。


「あれ、美月ちゃんだ」

「……こんにちは」


 さっさと教室に戻ろうと二人で歩いていた時だった。振り返れば階段を上り終えた人がこちらに手を振っていて、どこかで見たことがあるようなやつだった。にしても校則無視の制服の着方はいかにもなチャラさで苦手だ。よくこんなやつにまで皆と同じ笑みを向けられるもんだ。


「この階にいるなんて珍しいじゃん」

「図書室に用があったんです」

「なるほどねー……てかさ、今日こそ一緒に帰らん?」


 あ、思い出した。この人前に美月と一緒に校舎から出てきた人だ。あの日も随分としつこそうだったけど、まだ懲りてないんだ。美月もそういうキャラなんだから仕方ないとはいえ、一人で先に教室に戻るのもなんとなく気が引けるし、手持無沙汰に隣にいるのも気まずいし、どうしよっかな。


「ごめんなさい。 今日もこの子と帰る約束してて」


 柔らかな声の後に、美月の手がするりと私の手に触れてきた。普段はこの役目は楓なんだろうけど、楓がいなけりゃ誰でもいいのかこいつは。腕を組むようように密着されて、目の前の人の視線が私を見据える。なんか絶対面倒くさいことにいま巻き込まれている。


「あー、バスケ部のかっこいい子ねー……美月ちゃんそういうのがタイプ?」


 あぁもう本当に、面倒くさい。

 いかにもバカにしてるみたいな視線。それに一々イラっとするのも面倒くさい。やっぱり先に一人で教室に戻ればよかった。私は楓みたいに優しくないから、この状況をなんとかしてあげたいだなんて微塵も思わない。


「陽希よりは楓の方がタイプかな?」

「あっはは! もう一人の子ね、それは俺も分かるわ」

「でも二人とも大事な友達ですよ」


 ニコニコと笑っている隣を睨めば、目の前の人に見えない様に美月の手が背中をポンポンと叩く。なんで元凶に慰められなきゃいけないんだよ。


「ごめんごめん。 じゃあさまた連絡するから一緒に帰れる日教えてよ」

「分かりました。 でも先輩、部活はサボっちゃダメですからね?」

「はーい」


 すれ違う際に向こうの手が雑に美月の頭を撫でた。その瞬間腕にくっつく美月の体が強張って、私の制服をぎゅっと美月の手が掴む。足音が遠くなって、予鈴が廊下に響く。

 

 予鈴が止んだ頃、ようやく美月の手が離れていった。


「……嫌なら嫌って言えばいいじゃん」

「……本当にね」


 また、そうやって笑う。

 美月にだって悩むことがあって、自信がない瞬間がる。そんなの、別に見たくない。私たちはなんとなく三人組でいるけど、私と美月は特段仲がいい訳じゃない。むしろ恋敵で、私と楓の関係を崩そうとする最悪なやつで、嫌いなやつで。


「本来ならもっと上手にやって迷惑もかけないんだけど……昔一度痛い目にあってて、こういうの軽くトラウマなのよね」


 そういうやつってカテゴリのままでいろよ。


「私に言うな」

「フフフ、陽希が困るかなって」

「最悪」


 そういうとこは確信犯なのかよ。本当に滅茶苦茶なやつ。誰にでもいい顔する癖に、本当は我儘で、頑固で、ちゃんと傷つく。

 そんなことを知ったって、変えてなんかやらない。私は優しくないし、性格だって立派なもんじゃない。だから美月は変わらず、苦手な友達。十年後にはきっと連絡すらも取り合っていないような、そんなやつに決まっている。

 決まってるんだ。

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