第35話


 テストが終われば教室は賑やかになる。そんな賑やかな教室に響く会話の中に、噂の話は聞こえては来ない。一人でいる時、誰かと話す時、楓と話す時も特にその影は見当たらない。


「じゃあ部活終わったらいつもの場所ね」

「はいはい」


 手を振って楓と別れる。楓も随分と明るくなったし本当にもう大丈夫だろうか。陽希とは今まで極力距離を置いていたから、陽希と一緒にいる時にどんな反応が来るか次第かな。というか陽希に関しては私にも抱えている問題もあるし。私自身どんな態度を取ればいいのか。

 自覚はしているつもりだけど、自分がどうしたいのか正直分からない。


「美月」

「っ」


 心臓が出てくるかと思った。後ろから突然声をかけるのはやめてほしいのだけれど。


「びっくりした」

「今日一緒に帰るって聞いたから」

「……連絡で良くない?」

「どうせ帰るなら一緒だろ」


 確かにそれはそうだけれど、わざわざ陽希がそんなことをするなんて思わないでしょ。それにその意図だって。わざわざ陽希が私に話すことなんて心当たりがない。楓のことかは分からないけれど、一緒に帰る前に言いたいことがあるのだろうか。


「それで、わざわざどうしたの?」

「いや、顔見に来ただけ」

「怖い事言わないで」

「昨日楓が嬉しそうに一緒に帰れるって話してたから、こりゃ押されたんだろうなと思って」

「……」


 陽希も随分と私に甘くなってないだろうか。私の心配なんて全然しなかったくせに今じゃ立派に心配してくれている。本人にその変化の自覚があるかは分からないけれど、それを突っ込むのも少し勇気が要る。意識的であればという期待をしてしまっている自分がいるからだ。


「いいのか?」


 いや、今はそんなことは置いておこう。今はこの選択が正しいのかどうか、私が無理をしていないかどうか、それだけを伝えればいいのだから。


「現状もう噂を気にしてる人もいないし大丈夫、だと思う」

「美月がそう判断してるならいいけど」

「もちろん完璧に計算出来ている訳じゃないけれど」

「ま、無理はしてないって顔みて分かったからもういいや」


 顔を見に来たって、そういうこと?

 これでも結構仮面を被るのは得意だと自覚しているのだけれど、陽希はそれを含めて大丈夫だと判断しているのだろうか。だとすれば随分と私を理解していると己惚れていると思う。そしてそんな陽希の思考を嬉しく思っている自分がいる。

 これは私が勝手に都合の良いように解釈をしようとしているだけなのだろうか。さっきから全部、都合のいいようにとらえ過ぎなのだろうか。

 好意の大きさで他人の行動の評価なんてすぐに変わってしまうものだから、もしかしたらこれは私のせいなのかもしれない。


「じゃあまた後で」


 ほら、こうやって自分の話が済めばそそくさと行ってしまうのだ。今回の確認だって、私ではなく楓の為とも取れるのではないか。楓に被害が及ばないために本当に問題ないのかを確認しにきたのかもしれない————


「なんて、こうやって考えてる時点で負けね、これ」


 惚れやすいのは自覚している。しかも大体、向こうが絶対にこちらを意識しない人ばかりを好きになる。そんな難儀な性格に加えて、今回は随分と複雑な状況になってしまっている。一先ず考えないようにしていたけれど、それもどうやら得策ではないらしい。楓と付き合うための口実がまさかこんなことになるとは。

 とはいえ、噂が一度広まっている以上は今まで以上に慎重にならなければ。

 複雑に絡み合ったこの状況下での最善策はなんだろう。


 楓は、どう言うだろうか。楓自身が同時に二人を特別に思っているのならば私のことも受け入れてもらえるだろうか。陽希は?私の事を嫌いではないだろうけれど、放っておけない友人という枠からは出ていない気がする。最近少しずつ好意的になっている気はするけれどこればかりは確信もない。

 間違いなく今までで一番ややこしい状況なのは確かだ。


「……一人で帰りたくなってきた」


 ダメね、一先ずこの続きは帰ってからにしよう。幸い、急いで結論を出さなければいけないことではないのだから。

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