第36話
「お待たせ」
夕焼けに染まる校舎から二人がこちらに向かってきた。その光景が思っていたよりも久々に感じて何だか変な感慨がある。最後に一緒に帰ってから一カ月程経っただろうか。
どうやら思っていたよりも私は寂しかったのかもしれない。
「なんかめちゃくちゃ久しぶりに感じるわ」
「うん。 久々に美月と一緒に帰れて嬉しい」
楓が柔らかく笑う。一人だと色々と考えてしまうのに、この笑顔一つで今までの思考を上書きしてしまう威力があるのだから恐ろしい。思わず釣られて笑えば、隣に立つ陽希と目が合う。あまり見られたくないところを見られてしまった。陽希は一瞬笑みを浮かべてから歩き出す。なんだか最近やられっぱなしな気がする。
「でも周りも全然気にしてないんじゃん?」
「そうね。 案外そういうものなのかも」
「仮にまだ何か言われてももう一人にならないでね美月」
「……楓は随分吹っ切れたのね?」
「へへへ」
前までは私の判断に従うって感じだったはずなのに。陽希は一体何を言ったのだろうか。気になるけれど嫉妬してしまいそうな気もする。自分の感情がここ最近忙しすぎる。同じ人に嫉妬したりドキドキしたり、もう少しコントロールできると有難いんだけどな。
三人で並んで歩いても周りの視線は特にこちらを向かない。テストの出来や部活の話、懐かしい空気感に心が緩む。楓の笑い声も、陽希の突っ込みもどれもこんなに心地良いものだったのか。周りの目なんかどうでもいいと思うのと同時に、どうしようもなく怖く思ってしまうのも事実で、そんな日々からの解放は自覚していた以上に心が落ち着くようだ。
これで一先ず一つの問題がクリアできたなら、もう少し陽希のこともしっかり考えられるだろうか。
「やっぱり一緒に帰ろって言って良かった」
陽希の横顔から美月に視線を移す。あの言葉も、楓は悩みながら言ってくれていたのだろうか。そうなのだとしたら、その優しさが愛おしいと思う。楓が好き。それは変わらない、変わりようのない事実だ。
「部活中も分かりやすく調子良かったしな」
「んふふー」
「私も一緒に帰ろって言ってくれて良かった。 陽希もありがとう」
「いいよそういうの。 美月から感謝されると逆に怖い」
「なんでよ。 本当に素直な気持ちなのに」
「でもなんか、変な所で我慢しちゃうのはなんとなくわかったよ」
「あはは、美月ってそういうところあるよね」
随分と甘い評価だと思う。今回のそもそもの発端はきっと私だろうし、だから私が動くのは当たり前で。1番の方法が落ち着くまで離れるという手段だっただけだ。それでもそんな風にいってくれるなんて本当に優しい世界で出来ている。この場所にいると、私ももっと優しくありたいと思う。
「我慢なんて似合わないだろ、美月は」
そう言って陽希がくつくつと笑う。その言葉と笑みが、思いの外胸を締め付けた。息が苦しくなるくらい、ぎゅっと縮こまって心臓が悲鳴をあげている。我儘だって散々言ったくせに、その言葉はあまりにもずるいではないか。
「うるさい」
顔が熱い。西陽が顔を照らしてくれていて良かった。私の顔はきっと、見られたらすぐに分かるくらいには赤くなっているだろうから。
加速度的に陽希を好きになっている。楓が私の短所を長所として受け止めてくれるのならば、陽希の場合は私の短所を短所のまま受け入れてくれている。形は違えど、そんなことを嬉しく思っている。楓の眩しさとは違う、優しい陽だまりのような暖かさを陽希に感じている。
「じゃあ、また明日も帰ろうね」
「……そうね」
いつもの別れ道、楓と陽希に手を振る。2人は仮に噂がまた盛り上がったとしても次は私の隣にいるのだろう。そしても私も、次は離れることはないのだろう。
駅に続く道を歩き出す。ちらほらといる同じ制服の人たちの視線なんて、今は気にしてなんめいられない。どくどくと早い心臓を落ち着かせるので精一杯だ。
我慢なんて似合わないなら。この気持ちを素直に陽希に見せてもいいだろうか。そもそも我慢できるだろうか、こんなにも体をおかしくさせる新たな熱に。
改札を抜けて階段を登る。ホームのアナウンスが電車の到着を告げていて、階段を登り終わったタイミングで電車がホームに停車した。
もっと意識してもらうまで待つ?
少しずつ意識してもらえるように仕掛けていく?
楓にしてきたように?
早い心臓が一向に落ち着かない。考えれば考えるほどに、熱がぐるぐると渦巻きながら体に滞留しているのを感じる。今ここで叫びたいようなそんな感覚さえある。
あまりに衝動的な熱だ。ゆっくりと溜まっていくものとは違う、急速に燃え上がっていくような熱だ。これを抱えながら冷静に手を打っていける自信がない。
早く、全部ぶつけてしまいたい。
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