第37話
最近調子がいい。それは例えば寝つきがいいとか、些細な親の言葉に苛立たないとか、何より部活の成績とか。そう感じるところは随所にある。そしてその心当たりもなんとなく自分で分かっている。今まで散々悩んでいたものが少しだけ整理出来て、噂もようやく落ち着いて、思考がぐっとクリアになった。悔しいけれど、それは美月のおかげなところが大きい、様な気がしている。
「来週試合なんだ?」
「ついに夏大会始まるんだよね。 はるは結構試合出るんだよ」
「楓もだろ」
「んふふー、最近二人とも仕上がってるよね」
楓が嬉しそうに笑いながらお弁当を食べ進めている。こうやってお昼もまた三人で食べるようになって、いつも通りの日々が少しずつ戻っていて楓はいつも楽しそうだ。一応美月の提案で中庭には移動しているから、周りの目も多少は散っているっていうのもあるかもしれない。
「それって応援って行けるもの?」
「出入りは特に規制無かったと思うけど……来てくれるの?」
「予選も予選だから来なくてもいいだろ」
「そうなの?」
「どんだけ人口が密集してると思ってんだ」
「そういうものなのね」
文化部にはそういうものは無いんだろうか。ずっとバスケしかやってきてないから他所のことは全然分からないけれど、とにかく少なくとも今回はわざわざ応援に来るほどでもないだろ。せめてもうちょっと勝ち進んでからでいい気がする。
「でも来てくれたら嬉しいなー、全部の試合出られる訳じゃないし」
随分と甘えた事を言っている。美月も美月で、私の時とは別人のように甘いし。今更それに突っ込みはしないけれど、わざわざ人前でやらないでほしい。
結局私の意見なんか反映されず美月は週末の試合の場所と時間を楓に聞いている。まあ労力を割くのは美月だし、私がわざわざ止める理由もないから大人しくおかずを口に運んでいく。来たいなら来ればいい。
「私たちは第三試合だから、十時半位に来てくれたら大丈夫だよ」
「うん、そうする」
美月がこちらを向く。別に私から文句なんてないけれど、なんの目配せなのか。
「陽希も頑張って」
危うく咀嚼していたブロッコリーを喉に詰まらせるところだった。なんとか飲む下して、数度胸元を叩く。なんだか最近、やたらとこういう予想外の言葉が返ってくる気がする。多分、あの変な先輩の一件以来だとは思う。あれからこっちに喧嘩を売ってくることはなくなって、もっと言えば少しだけ、甘いような。
私に甘くするメリットってなんだ?
八方美人な態度を今更私にする必要も無い訳で、素の姿以上に優しくなる理由が分からない。元々優しいっていうのは少し違う。美月はもっと、私と似ているはずだから。
「やっぱりなんか、前より仲良し」
楓が拗ねたように言う。楓はなんでいつもここに嫉妬するんだ。そんな必要なんて全くないのに。私はもうちゃんと気持ちは伝えたから楓のその嫉妬にモヤモヤはしないけれど、楓は違うのだろうか。私も美月も楓が好きだと知っていても、嫉妬してしまうんだろうか。
私はもう経験値を稼いでしまったせいか、美月と楓の間は多少の事ではなにも思わなくなってしまった気がする。流石に二人きりでいるとかは無理だけれど、目の前で楽しそうにしているくらいじゃもう慣れてしまった。楓は、最近ようやくその状況に出くわしている。私だって最初は嫉妬していたし、分かっていても嫉妬してしまうのは仕方がない事なのかもしれない。
「楓、前は仲良くしてくれて嬉しいって言ってたのに」
「え? そ、そうだっけ……」
「今は嫌?」
美月が確信に触れる。はぐらかさずに言及していくとは思わなかった。美月を見れば、思いのほか真剣な表情をしていて口を噤む。どうしてわざわざ、嫌かどうかなんて美月は聞くんだ。そういう機微なんて、美月が一番察することができそうなものなのに。
「ごめんね」
楓が答える前に美月が呟く。触れるべきではないところまで触れてしまったという意味だろうか。戸惑っている私たちを他所に、美月は静かにお弁当へと箸を伸ばす。謝る、ほどの事でもない気がするけれど、いまいち分からない。
「別に仲良くないしな」
なんでもないようにそう言ってみる。実際、私と美月はそんなに変わってないだろ。前ほど刺々しくはなくなっただけで、別に距離が縮まったわけじゃない。少なくとも私はそう思っている。
「あはは、仲良くないってことはないじゃん」
あくまで私は楓の隣にいたから美月と仲良くなっただけだ。きっと楓がいなければこうして一緒にお昼ご飯なんて食べていないし、一緒に帰ったりしていない。色々な弱みや悩みを知ってしまったのも、楓がいなかったら無かったことだらけだ。
私と美月の関係は、それくらいのものでしかないんだ。
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