第38話

 聞きなれない音が響いている。ボールがバウンドする音、周りの声援、時折鳴る時間を知らせる機械音。そんな音が混じり合って、会場内は外にも負けない熱気に包まれていた。


 確か第二コートと言っていた。楓との連絡画面を確認しながら進んでいく。通り道にはみ出したジャージを避けながら進めば、聞き馴染みのある声が私を呼ぶ。


「美月」

「楓」


 ユニフォーム姿は中々珍しい。こうしてみると細いのにちゃんと筋肉のラインも出ていて綺麗だな。そんな感想を抱いているうちに犬のように楓が私の元まで駆け寄ってきた。来てくれて嬉しいと言っているような笑顔に思わず笑ってしまいそう。


「ありがとう来てくれて」

「一度見てみたかったから、私も来れて良かった」


 屈託のない笑み。またこの表情が見れるようになって良かった。楓にだけは、世界の汚いものに塗りつぶされてほしくないから。私の好きな部分が、ずっと貴女の中にあってほしいから。


「楓、そろそろ下に行くぞー」

「はーい」


 主要メンバーなのだろうか、ベンチに座ってた部員が半分程立ち上がる。その中には陽希もいて、一度目が合ったものの楓のように駆け寄ってくるどころか一瞥されただけだった。もう少し位何かあっても良くない?


「ごめんねあんまり時間なくて」

「ううん、私の事は気にしないで。 それより試合、頑張ってね」

「ありがとう」


 手を振って楓が離れていく。あまり試合の邪魔はしたくないし、楓が集中出来るように今日は出来るだけ大人しく見守っていよう。


 下のコートでウォーミングアップをしている間に見えやすい場所を探す。予選だからか周りにはそこまで観客は多くは無くていい位置を確保できた。流れるようにボールがパスされてあっという間にゴールへと吸い込まれていく様は見ているだけでそれなりに楽しいものだ。陽希は身長が高いせいかよく目立つ。こうしてみると本当にショートカットなのも相まってバスケをしている姿が様になる。


 練習を終えて、二つのチームが並ぶ。挨拶を追えれば、瞬く間に試合が始まる。

 正直バスケのルールは授業程度でしか知らないから細かいことは分からない。偶になるホイッスルが何を指摘しているのか分からないけれど、それでも見ているだけで楽しさはあった。楓たちのチームが安定してリード出来ているせいもあるかもしれない。安心して見ていられる。

 それにしても、あの偶に話しかけてくる先輩の人、あんなに上手なんだ。素人の私が見ていても上手だと分かる。


 ゆっくりと確実に点差が広がっていって、ハラハラするようなことはなく第一試合は終わった。陽希が予選の予選だと言っていた理由も分かる気がする。タオルで汗を拭きながら、楓が不意に上を見上げる。二階で見ていた部員に手を振って、それからぐるりと見まわしていって、私と目が合うと一層大きく手を振ってくれた。楓に見えるように手を振り返せば、彼女は屈託のない笑みを見せる。


「……」


 陽希は静かに飲み物を飲んでいる。楓が陽希の肩を叩いて、私がいることを陽希に知らせれば、陽希が私を見上げて小さく手を上げた。

 私の好きな人が二人並んでいる。片方は恋人で、片方は片思い。そんな状況に正解なんてあるはずはない。そもそも私は最初から正解を選んではいないもの。それならばもう好きにしてしまえばいいと、頭の隅で悪魔がささやく。


 まず最初にすべきことは決まっている。楓にまず言わなくてはならない。楓を無視して先に進むことは絶対にありえないからだ。けれどその時、楓はどんな顔をするだろう。些細な事でも拗ねてしまう楓に、私が陽希を好きだなんて言ったら、私と楓の関係はどうなってしまう?


 だからといって、このまま無かったことのようにも、私はきっと出来ない。陽希がどう思うかはなんとなく想像が出来るけれど、だからといって私は諦めるなんて出来ない。この気持ちはきっといつか私の体を飛び出してしまう。


 次のチームが入ってきて、入れ替わるように楓たちがコートから出ていく。しばらくして楓たちが戻ってきて、二階で見ていた子たちが彼女を取り囲む。いい雰囲気のチームだなと思う。


「美月」


 彼女はまた、犬が飼い主の元に走ってくるように私に駆け寄ってくる。その純粋さが、私はとても好きだ。いつまでもそのまま眩しくあってほしいと思う。私の我儘で、この美しさを傷つけてしまったらどうしよう。


「お疲れ様」


 そう言えば楓の顔が綻ぶ。私の言葉に楓が笑う、それだけで嬉しかったのに。

 今は、その笑みに少しだけ心が傷んでしまう。

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三人で付き合っちゃダメですか? 里王会 糸 @cam_amz_

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