第8話
目の前で美月が大きなため息をつく。
私とはるはその姿を見ながらなんとなく肩身の狭い気持ちになって背中を丸めた。
「なんで二人とも死にそうな顔になってるの」
「「……」」
なんで、に対して1番シンプルに答えるなら昨日ほとんど眠れなかったから、だ。
もう少し付け加えれば、結局私とはるの話し合いは話し合いにもならず啜り泣く声と背中をさする事しかできなかったからで、その後悔が頭の中をずっとぐるぐるしていて眠れなかった、になる。
「私たちが死にそうな顔になってても、美月には関係ないだろ」
「陽希それ本気で言ってる?」
ピリッと張り付く空気にはるが閉口する。こんなに威圧的な雰囲気を纏っている美月を見るのは初めてかもしれない。私は二人の様子を交互に見合わせて、さながら日本犬のように静かに待てをする。
「楓」
「は、はい」
さっそく順番が回ってきてしまった。
「昨日私と話した後に陽希と何話したの」
「……えっと……」
「それとも話にもならなかった?」
ぴくりと肩が跳ねたのを美月は見逃さなかったみたい。また一つ大きなため息を吐いて、さらにこめかみを指でさすっている。
「もうこれ以上個々でやっても意味ないのかもね。 結局、どう足掻いたって私たち全員が当事者だもの」
半ば諦めたような声色。どうしよう、昨日まではあんなに笑ってたのにがっかりしちゃったかな。呆れられてしまったかな。視線がゆっくりと下に落ちて、地面の隙間から覗く雑草にたどり着く。
「楓に告白する前には陽希に楓が好きだって伝えたし、今でも私は、楓のことが好きよ」
「……」
視線を上げれば、美月は私を見てはいなくて、その言葉が私じゃなくてはるに向けられたものだと理解する。隣のはるは何も言わずに美月を睨みつけている。
最近二人が喧嘩している理由、なんとなくそうかもって思ってたけど、やっぱりそうなんだ。
「陽希がきっと私よりもずっと長く楓を見ていると思ったから予め伝えておいたっていうのもあるけど、それよりはこっちが本命」
真っ直ぐに、美月の視線がはるをとらえる。
「陽希がそのまま見てるだけなら、私が楓を奪うよっていう宣戦布告」
真っ直ぐな視線が、はるのあとにこちらに向けられる。ふわりと緩む表情は、昨日見たような特別な人に向けるような笑み。
それを、嬉しいと思う自分がいることを知ってしまった。そして同時に、それで誰かが傷つくことも昨日実感したんだ。
「陽希は、本当にそうなってもいいの?」
「……」
ダメって言って泣いたはるもいたし、いいよって言いながら泣くはるもいた。だから私も、はるの本当の気持ちがどっちなのかは気になる。でも、こんな風に聞いてしまっていいんだろうか。また昨日みたいに追い詰めてしまっていないかな。
「……はる……」
「……いやだ」
小さな声がはっきりとそう言った。持ち上がった顔が真っ直ぐに美月を見つめて、そうしてもう一度同じ言葉を紡ぐ。
「楓の隣が私じゃなくなるのが、嫌」
ようやく聞けた、はるの本心。小学校の頃からずっと一緒だった。同じ小学校、同じ中学、部活もずっと一緒で休みの日だって一緒に遊んで一緒に勉強してた。
私の隣にはいつだってはるがいた。
「……それが、陽希の本当の気持ち?」
「そうだよ……悪いかよ」
「別に何も。 それで、楓は?」
「え?」
突然話題がこちらに降りかかって心臓が跳ねる。私はって、つまり私は二人に対してどう思ってるかってこと?それとも私はどうしたいかってこと?
「私は……」
私は。
美月のことは好き。でもはるのことも凄く大事。ずっと隣にいた親友で、親にも言えないことだってはるには相談できて、辛い時は寄り添って過ごしてきた。もし美月と付き合ったとしても、私の優先順位ははるの方が上になってしまうかもしれない。
それくらい、放っておけない私の一番近くにいる人。
だから、はるが嫌なら私はやっぱり。
「美月の気持ちは嬉しい……でも、はるのこと放っておけない」
「……それ、やめて」
隣の声に、咄嗟に視線を移す。ぐっと何かを我慢するように唇を硬く結んではるがこちらを見ていた。
やめてって、何が。そういえば昨日もそうだった。私の言葉に苦しそうにして、体を丸めて肩を振るわせる姿を思い出す。私の何がはるをそんな顔にさせるんだろう。私何か間違ってるの?
「私のせいで楓が何か我慢しないでよ」
「我慢って……別にそんなつもりは」
「じゃあ私がいなくても美月の告白断るの」
「……」
言葉に詰まってしまった。それはもう答えを言っているのと同じで、人のための嘘くらいつけるようになってしまえばいいのに。そうしたら、またこうやってはるを傷つたりなんかしなくて済むのに。
「ストップ。 二人がなんで死にそうな顔してるのかなんとなく分かったわ。 でもここで再現するのはやめてくれない?」
空気を変えるように美月の手がパン、と音を鳴らす。言いたいことも言わなきゃいけないことももっとたくさんある気がする。それをもっと上手く、優しく伝えられる語彙力が欲しい。でも、今の私じゃきっと難しい。
「それに、私も陽希がいるからって理由で告白断られるのは嫌なのよね」
どこまでもフラットな声。それにその言い分はなんとなく理解も出来る気がする。美月が言ったように、本来なら好きか好きじゃないか、その基準でそれは決めることなはずだから。
「だから、断られるくらいなら陽希が楓の隣にいてもいいから、私と付き合って欲しい」
「……」
「え?」
隣の驚いた声は、昨日の私と同じ声をしているに違いない。美月がふわりと桜の花びらのように可愛らしく笑みを浮かべる。この人は全部本気なんだ。
「いいよ、優先順位が陽希の方が上でも。 ずっと一緒にいた時間に簡単に勝てるなんて思ってもいないし、二人の間にある絆に嫉妬するのももう慣れたもの」
上品な笑みを浮かべて、美月は常識はずれなことを言う。昨日よりはオブラートだけれど、昨日と言っていることと結局は同じことだ。隣のはるはまだ飲み込めていないようで、口を半開きにして言葉を失っている。
「お前日本語理解してる……? 私はお前と同じ意味で楓のことを見てるのに、それでいいって?」
「今使える手札の中で一番最良な手段がそれってだけ。 陽希こそ楓が付き合うのは嫌っていうくせに自分のせいで我慢させるのも嫌ってわがまま過ぎるのよ」
「うっ」
なんだかいつも通りの喧嘩になってきて、煩い二人の横で一人頭を押さえる。なんとなく二人の気持ちは見えてきた気がするし、頭の中も多少はすっきりした気がする。その上でどの選択が一番なのかなんて現時点じゃみんなバラバラで、きっとわかりようが無いんだ。
「いいよ、それでも」
わかりようがーーえ?
「その代わり、楓の隣は譲らない」
「……そうこなくっちゃ」
「え……え?」
一人で頭を抱えている内に、青春漫画のように喧嘩した後の和解を経ている二人を呆然と眺める。はる、美月の提案にいいって言った?確かにどの選択が全員にとっての最善なのか、分からない、わからないけど。
本当に、それでいいの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます