第16話


 ホイッスルの音。絶え間なく動き回っていた足を止めて、息を吸う。流石に今の試合はギリギリだったな。

 でも、これに勝てた今レギュラー入りはかなり近いんじゃないかな。


「お疲れ楓」

「はる」


 思わず上げた手のひらに、はるのそれが重なる。ぱちんと綺麗な音が響いて、思わず破顔する。はるも同じ気持ちみたいで、こめかみに流れる汗を拭きながら笑みを返してくれた。


「仕上がってるねー」

「えへへ、ありがとうございます」


 渡されたタオルを受け取って汗を拭く。今のはかなりいい試合が出来たと自分でも思う。じゃなきゃ弥生先輩のいるチームに勝てるなんて中々ないもん。目の前の弥生先輩はさっきの試合の良かったところを余すことなく伝えてくれる。試合をしながらそこまで一人一人を見ているのは流石としか言いようがない。


「まあ何より、はると楓ちゃんの意思疎通力だよね。あそこで一瞬の迷いもなくはるにパス出来るのはもう経験値の賜物だわ」

「はるならあそこにいるだろうなってなんか分かるんですよね」

「こらそこー、アドバイスは片付け終わってからー」

「あ、はい!」


 呑気にど真ん中で話をしていたら彩香部長に怒られてしまった。今日はこの試合で終わりで、校門が閉まる前に片付けて出なくてはいけない。慌てて片付けに加わって元の状態へと戻していく。得点表を倉庫に戻している間にも色々な人にさっきのことを褒められる。


「はると楓はほぼほぼレギュラー決定だねー」

「いいなぁ私もずっと一緒にバスケしてる幼馴染みいたらなー」

「あはは」


 確かに、私一人だったらまだ難しかったかもしれないし、そもそもこんなに熱心に頑張れていたかもわからない。これに関してははると一緒に頑張ってきたからこそなのかもしれない。

 だとしたら、やっぱりはると一緒にレギュラーになれたら嬉しいな。


「はる」


 体育館を出て先を歩くはるに並ぶ。オレンジ色の夕日に照らされたはるが微笑む。まだ冷めきれない興奮を二人で分かち合いながら歩くのは、なんだか試合帰りを思い出す。今までだってこうやって何度も試合を振り返りながら帰ったっけ。


「あ」

「ん?」


 はるの目が私の後ろにある何かを見ていて、視線を追うように振り向けば下校している生徒がちらほらと見えた。校舎から出てくるその生徒の中に、美月らしき姿があった。


「美月……と、」


 そして美月の隣に、もう一人。背の高い男の人。あれって、この前美月にしつこく話しかけてた人だろうか。遠いせいで確信が持てないけど、大丈夫だろうか。はらはらとしながらその光景を見ていると、隣で小さな舌打ちが聞こえた。


「え、はる?」

「楓は先にあっち行ってて。 着替えてすぐ行くから」

「あ、そっか……分かった」


 荷物を全部はるに預けて、美月の元へと走る。近づくほど美月の表情が良く見えてきて、やっぱり少し嫌がっているように見えるのは勘違いかな。思わず大声で美月を呼べば、私を見つけた美月の目が大きく開く。


「ごめん、部活長引いちゃってさー、もうちょっと待っててもらうことになるんだけどいい?」

「あ……えぇ、もちろん」


 あくまでも自然に、先輩には邪魔しに来たとは思われないような話題で間に入る。美月は最初こそ驚いていたけど上手く私に合わせてくれた。後はこのまま無理やり連れてかれないようにはるが来るまで留めておけばいいんだよね。


「えー、今日も一緒に帰るん? 美月ちゃん一日貸してくれない?」

「あ、えっと……今日この後一緒に雑貨屋行く約束がありまして……」

「……じゃあ明日は? 美月ちゃん」

「え?」

「急がダメなら前もって言っておけばいいってことでしょ?」


 あ、ダメだ。嘘だってバレてる。上手く躱されてしまえば次の手が浮かばない。振り返ってもまだはるは見えないし、どうしよう。目の前の先輩も前はそそくさと帰っていったくせに今日はやけにしつこいというか、堂々としている気がする。こっちの数が少ないせいかな。


「……いいですよ、明日なら」

「え?」

「本当? 昼休み会った後すぐ連絡したのに全然返って来ないしさ、嫌われてるのかと思った」

「ごめんなさい。 学校では携帯触らなくて」

「あー、触らなそうだよね美月ちゃん」


 目の前で進んでいく会話に頭が混乱する。なんで、今まで嫌がってたのにそんなにあっさり受け入れるんだろう。本当はそこまで嫌じゃないとか?でも美月は授業中だって携帯触っちゃうし、レスはかなり早い方だからきっとわざと返信してないんだよね。だったらやっぱり、嫌なんじゃないかって思うんだけど。

 一度くらい付き合った方が逆にしつこくない、とか?

 こういう経験がないから美月の考えが分からない。分からないけど、これでいいのかな。


「じゃあ明日ね」

「お疲れ様です」


 陽気に手を振って帰っていく後ろ姿を見つめる。


「ごめんね、変なのに巻き込んじゃって」

「え、いや、それはいいけど……いいの? 一緒に帰るの嫌だったんじゃ」

「それは嫌だけど……毎回付きまとわれるよりはマシでしょう?」


 それは、そうかもしれないけど。

 言いたいことも理解はできるけど、納得が出来ない。嫌なら嫌って言った方が早いんじゃないのかな。でも、あの強引さじゃそれが難しいそうって言うのも分かるし。あの場でならそう言うのが無難だったのかもしれない。色々な考えが浮かんできて頭に靄が広がっていく。


 でも、どんな落としどころを探しても、やっぱり上手く飲み込めない。


「そんな困った顔しないでよ」

「……だって」

「優しすぎるのね、楓は」


 そんなんじゃない。美月を心配してるのは確かだけど、美月は私を買いかぶりすぎだよ。

 私は多分、嫉妬してるんだ。美月が好意を向けられている人と二人で帰るその状況自体に。美月がいくら意識していなかろうと、それが上手い処世術だったとしても。私は私の我儘で、それが嫌なんだ。

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