第18話


 同じ学年の人なら何かを知ってるかもしれないと思った。


「弥生先輩、杉山先輩って知ってますか?」

「杉山って……あのサッカー部の?」

「えっと……制服がザ校則違反って感じで、顔はいいんですけど笑うと怖いっていうか」

「そりゃー、サッカー部の杉山星乃だねー」


 目の前の試合から目を離さないまま弥生先輩は答える。靴と床が擦れる音の後、はるがシュートを放つ。ゴールに入る前から、それは絶対にゴールに入ると分かるくらいの完璧な位置と角度。


「綺麗に決めるねー。 それで、その杉山がどうかした?もしかしてああいうのがタイプ?なんかいるよねー、ああいう柄の悪い先輩が好きな後輩」

「違います」


 それは早急に解いておきたい誤解だ。とはいえどう説明したらいいんだろう。友達が言い寄られてて、悪いやつじゃないか知りたいんですって?

 仮に悪いやつじゃないよって言われたら、私は静観できるのかな。


「えっと……色々あって、どんな人なんだろうって……」

「あはは、考えた割に説明すごい端折ったね。うーん、どんな人ねぇ……割と見た目通りなんじゃない?授業もそこそこサボってるし、サッカー部も気ままに行ってるみたいだしねー」

「なるほど……えっと、ちなみに女の子関係は……?」

「あれ、やっぱり気になってる?」

「絶対にそれはないです」


 ホイッスルの音が鋭く鳴り響く。絶え間なく動き回っていた皆んなが一斉にコートに並んで、挨拶をする。今日の試合もはるは勝って、これでレギュラー決定だ。


「じゃあ次の試合十五分後に始めます」


 挨拶を終えたはるが帰ってくる。預かっていたタオルとボトルを差し出せば、それを受け取ってはるが隣に腰を下ろした。


「はると一緒に試合できるの楽しみだなー」

「ありがとうございます」

「でも体力ギリギリだったから、もうちょい鍛えといてね」

「あはは……はい、そうします」


 世間話をしながらもちゃんと余さず見ていたらしい。最後に少し動きが鈍くなっていたのまで筒抜けのようだ。次の試合、頑張らないと。


「それで、杉山の女の子関係もまぁ、見た目通りかな。好き嫌いはっきり分かれてると思うけど一部からはかなりモテるみたいだね」

「なんの話してるんですか?」

「んー? いやあ楓ちゃんがうちの学年の杉山を気にしてるみたいでさ」

「なんか語弊がある言い方しないでください!」

「……あぁ」


 はるがあからさまに声のトーンを落とす。バトルから一口水を飲んでからじっとりと細めた視線で私を見てくる。確かにはるの試合中にこんな話をしてたのは悪いけど、だってやっぱり不安なんだもん。


「女の子関係で悪い噂とかないですよね?」

「大学生と付き合ってるだとか後輩と付き合ってるだとか二股三股してるとか?」

「あるんですかそんな噂が」

「出所も信憑性も私は知らないけどねー」


 一番聞きたくなかった情報だ。やっぱり今日二人に乱入した方がいいんじゃないかな。美月からは部活終わりに一緒に帰るって聞いてるから部活終わりに偶々を装えばワンチャンいけるかもしれない。でも、それじゃ美月の気持ちを無視してしまうことにもなる。巻き込みたくないって、自分で一度断ってみるって言ってた美月のことを信用していないみたいになっちゃうかな。いや、でも。


「楓ちゃんが百面相してるけど、はる何か知ってる?」

「あー……実は友達がその杉山先輩にしつこく絡まれてて」

「あ、ちょっとはる」

「今更隠したって仕方ないだろ」


 そりゃそうだけど他人のことを話してもいいのかな。今回は美月のためだから許してくれるかな。場合によっては弥生先輩からも協力してもらえるかもしれないし、こうなった以上は仕方ない、ということにしておこう。ごめん美月。


「今日その子が杉山さんと一緒に帰ることになってて」

「そりゃ大変だね。なにせあそこ関連は世間話の対象になりやすいからねー。また色々有る事無い事噂が回るかもね」

「……やっぱり間に入った方が」

「楓は心配性だな」

「でも……」

「そんなのより目の前の試合のこと考えろよ。次勝てばレギュラー確定、そっちの方が大事だろ」


 それは確かにそうだ。後数分で始まる試合の方がきっと大事で、自分自身のことで、はると一緒にレギュラーに入れるチャンスで。

 それなのに、ずっと頭から離れない。変な手の出し方をするような人では無さそうだけど、いい人でもない。もし変な噂が立って、美月が嫌な思いをしたらどうしよう。私に遠慮してるってだけで一人で頑張って、その結果美月が辛くなったら。

 そして何より、好きな人がそういう変な噂なんてたてられたら。


「やっぱり私、美月のところ行く」

「はぁ? 本人がなんとかするって言ってんだから放っとけって」

「じゃあ後ろからあからさまに跡つける」

「なんか大変そうだね〜」

「っ、弥生先輩もこのお人よしになんか言ってやってください」

「他人のために頑張りすぎちゃう楓ちゃんらしいね」

「いや、そうじゃなくて……」


 もう一度響くホイッスルの音。パチンと一度両頬を叩く。ずっと迷ってたのは、きっとどこかで見守るって選択をしたくなかったからだ。弥生先輩に聞いた情報だってその選択をどうにかして選ばないようにしたかっただけで、本当に選びたい選択なんて本当は最初から決まってた。美月には悪いことをするかもしれないけれど、考えようによっては浮気行為に首を突っ込む正当なポジションに私はいるわけだし。他の誰かと一緒に帰るのが浮気になるのかは要議論だけど。とにかく。


「よしっ」


 絶対にこの試合に勝って、レギュラー取って美月のところに行く。決めた選択に、心の迷いはもうない。


「いってくるね」


 屈伸を一つして、コートに向かう。うん、この気持ちなら試合にも充分集中できる。整列して挨拶をする。力量差はほとんどないチーム分け、彩香先輩が上手に組んでる。

 でも、絶対に負けない。

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