第21話

「おぉ王子」

「だーかーらー……」


 楓といられる時間はお昼休みと部活と、後は登下校くらいなのに。最近昼休みや部活でも美月との噂話をされるからたまったもんじゃない。楓だってその場にいたのに噂の中ではなかったことにされて、それなのに楓はなんでもないみたいに笑う。


 だから、噂の全部が気に入らない。


「王子って呼ぶのはやめてください」

「えー、三年の中でも盛り上がってるよ〜。 あの杉山にリュック投げつけて友達守ったんでしょ?」

「……あの先輩がしつこかったからじゃないですか」

「はる先輩の話ですか!」


 弥生先輩と話していればそこに杏奈ちゃんが加わる。今週から本格的に一年生も部活に加わって、マネージャー志望の彼女もまた部活に加わった。一年生も加わって部活内は賑やかになったと思う。

 二人で無邪気に話している姿は同じ噂で盛り上がるクラスメイトと同じ光景だ。私はため息を吐きながらそそくさと練習着に着替えていく。絡まれてる友達を助けただけなのに、どうして姫と王子になるのか。


「お疲れ様です」

「おー、お疲れ楓ちゃん」

「お疲れ様です楓先輩!」


 嫌なタイミングで楓が来た。楓は噂話を聞く度に静かに笑うだけで何も言わない。それが、あんまり楽しい気分じゃないだろうことくらいは私でも分かる。


「でもやっぱりはる先輩の隣は楓先輩だと思います!」

「え? なんの話?」


 そこから始まる杏奈ちゃんの力説に、楓は着替えながら偶に笑い声を返している。いつもより、楓の表情に元気が戻ったように見える。何かあったんだろうか。


「はる先輩も天然たらしですからね〜」

「いや、私はそんなんじゃないだろ……」

「あはは」


 楽しそうに笑っている横顔は、やっぱりどこが振り切れたみたいに見える。

 また、美月の仕業なんだろうか。


 体育館に移動すれば、既に来ていた一年生に挨拶をされる。お疲れ様と返せば控えめな歓声が漏れてなんともやりづらい。


「人気者だね、はるは」

「どうせ見た目だけだし」

「そんなことないよ。二年でレギュラー入って、実際バスケめちゃくちゃ上手くて、友達のために先輩にリュックを投げつけられる」

「……なんか、」

「あはは。 ごめんね嫉妬」


 あっけらかんと楓は言う。まるで吹っ切れたみたいに。楓の顔には不満や嫉妬といった感情は全然見えなくて、清々しさすら感じるくらいの気持ちのいい笑顔が浮かんでいる。元気のない顔をさせる噂が嫌いだったはずなのに。心の中に、違う種類の負の感情が浮かび上がる。

  

 嫉妬は、こっちのセリフだよ。

 それだけ良いところがあるって私のことを褒めてくれたって、楓が好きなのは美月じゃないか。

 そして、楓の胸に抱えているモヤを払えるのは、私じゃない。嫉妬と八つ当たりが入り混じって、心を尖らせていく。


「……最悪だよ、全部」

「集合ー‼︎ 部活始めるよ‼︎」


 早く噂なんか風化してしまえばいい。いいようなネタにされて勝手にお似合いな感じにされて。昔よりは少しだけ、美月のことを理解ができるようにはなった気がする。それでもやっぱり、私は。



 総当たりの試合も終わって、新体制で夏大会に向けて練習が組まれる。基礎作り、戦略会議、フォーメーションの練度上げ、やることは山のようにあってそれで頭も体もいっぱいになる。一日の中で一番頭を空っぽにできるような気がする。


「絶好調だね〜かえはるコンビ」

「あはは、やめてくださいよその呼び方」

「はるは楓ちゃんと美月ちゃんどっちを選ぶのさ」

「弥生先輩まで杏奈ちゃんみたいなこと言わないでください」

 

 嫉妬、か。

 隣で楽しく話している横顔を見つめる。私は楓のことが好きってこと、楓はまだ覚えてんのかな。あれ以来言葉にも態度にも極力出さないようににしていたし、忘れてるのかもな。


「いいかもしれないですね、美月も」

「え?」

「世間的には可愛くて清楚で人気だし、名前的にもピッタリだし? 」

「あはは、だってよ楓ちゃん。 隣のポジション危うね?」

「え……えー? いやそりゃお似合いですけど……いやいやダメですよそんなの」


 隣で楓が慌てたように手を振っている。さっきまで吹っ切れたような清々しい顔をしていたのに、今は予想外のことで焦っているみたいだ。その姿に少しだけスッキリしてしまうのは、悪いことだとは分かっている。でも、それでも、さっきまでよりはマシな気分だった。


 休憩中の合間にボールに触れている後輩たちの輪へと向かう。少しくらい意識したらいい。私が一番大事で優先だっていうなら、もう少し私が隣にいないかもしれない未来を不安に思えばいい。


「ジャンプした時にちょっと重心がズレてるから意識した方がいいかもね」

「え? あ、はい!」


 バウンドしたボールを取って後輩にパスする。少し緊張した面持ちのその子が、ゴールに向かってゴールを放つ。

 それから休憩が終わるまで、一度も後ろを振り返ることはしなかった。

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