周りの目は大事ですか?
第20話
妙なことになった。
確かに部活終わりの下校時間、それも駅までの通学路での出来事は、目撃者が全くいないだろうとは思わないけど、こんな風に噂になるとは誰も想像つかなかったんじゃないかな。
例えば三年の先輩と美月の間に在らぬ噂が立つなら真正面から火消しもしやすい。美月が悪いような噂が立つなら私も、きっとはるも反論できるから。でも、これは。
「お、王子だー」
「姫、王子来たよー」
「……」
クラスメイトが楽しげに言う。美月はその言葉に顔を上げて、少しだけ眉を下げながらも王子じゃないよと笑う。
どういう訳か、噂は少しずれた焦点を話題に広がった。男子生徒から姫を庇う、女の子の王子の話として。もちろん姫は美月で、そして王子は。
「勘弁して……お昼食べに来ただけだろ……」
お弁当を持って入ってきたはるは小さな声で愚痴を漏らす。
バスケ合宿直後だってこんなに疲弊したはるは見たことがない。あの日以来何かともてはやされて最初は冗談で受け流していたけれど、最近はもうそんな余裕はないみたいだった。
あの日の事件は、噂では登場人物はその三人で終わりだった。
「食堂行く?」
「食堂は食堂で視線がすごいのよね」
「どっちでもいい……」
はるとは違って、美月は相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。もしかしたらこういう話題の的になることも慣れっこなのかもしれない。
王子と姫だとか、名前から月と太陽だとか、見た目が対照的なのもあって周りは楽しそうに話題にあげている。先輩がこれまたあまりいい噂の少ない先輩だったのもあって、さながら悪いやつからヒロインを守ったヒーローという話になっている。それは在らぬ悪い噂が立つよりはマシなのかもしれないけれど、心のどこかでずっと何かが引っかかっているような感覚だった。
「今日も仲良しだね」
「だからー、そういうのじゃないから」
「えー、いいじゃん隠さなくても」
隣に座る渡辺君がそう言って笑う。美月に話しかけるきっかけ、そのくせ噂は冗談だと信じて疑ってないから安心してネタに出来る。あぁ、そんな風に考えちゃう自分が本当に嫌だな。私は静かにごぼうのきんぴらを口に運ぶ。
「男の先輩に向かってリュック投げたんだろ? かっこいいじゃん」
「やめて」
「フフフ、でも一歩間違えたら私に当たってたかもしれないしなぁ……私と先輩の間に立って庇ってくれた楓の方が王子って感じだったけど」
「あれ、楓ちゃんもいたんだ?」
「え? あぁ……まぁ」
二人で美月を助けたんだよ本当は。そうやって素直に言えないのはなんでなんだろう。自分ばっかり必死みたいで嫌なのかな。そんなモヤモヤとしたもの全部分かってるから美月はことある毎に私もいたって訂正してくれてるのかな。話を聞いてくれそうな人には真相を軽くとはいえ話していても、噂が広がる速度の方がずっと早い。だから、私の中にどんどん嫌な感情が大きくなってしまう。ダメだな、こんな感情持ったままだなんて。
「へー、じゃあ姫と王子二人だ」
「いやそもそも私は美月の王子とか勘弁だから」
「そうね、二人とも危ない時は助けてくれる友達って感じかな?」
あくまでも穏やかに過ぎていく会話。不機嫌に眉を顰めるはるを美月が楽しそうに宥めている。前までよく喧嘩していたのに。早く仲直りしたらいいって、思ってたのにな。
我儘だな、私。
「じゃあ戻るわ」
「え、もう?」
「美月といると一々騒がしいんだよ……一週間も経てば落ち着くかと思えばどんどん尾ひれがついてってるし、なんだよ王子って」
「そ、そっか」
「ん。 じゃあ、また部活で」
「うん、また後でね」
あっという間に食べ終えたはるはそのまま立ち上がる。教室を出る間にも何人かクラスメイトに話しかけられたり手を振られたりとさながらちょっとしたアイドルみたいだ。昔から後輩にはイケメンだかっこいいだ慕われてはいたけど、過去一かもしれない。
「あはは……でもほんとすごいよね、噂」
「これ位すぐに落ち着くよ」
「そうかな……というかやっぱり、なんか美月慣れてる?」
「そういう訳じゃないけど……噂ってそういうものじゃない?」
あくまでも美月はあまり気にしていないみたい。もっと悪い噂がでてもおかしくなかったし、これ位で気にするほうが過剰なのかな。私もあんまり気にしない方がいいのかもしれない。こんな悪感情をもつくらいなら殊更、早めに切り替えた方がいいのかも。
「でもごめんね楓」
「え?」
「噂のせいで、まるで楓の頑張りが無くなっちゃったみたいでしょ? あんなに頑張って、勇気を出して助けてくれたのに」
「あ、いや……それは全然」
やっぱり色々とバレている気がする。全部バレてるうえで、目の前の美月は私の心の棘を取り除こうとしてくれている。
だから、私もそれに応えたいなって思う。噂になんか振り回されず、ちゃんと目の前のことに向き合って大切にしていかなきゃ。
「私は、美月が変な印象を持たれるような噂が広まらなくて良かったなって思う。王子と姫は……ちょっと嫉妬するけどね」
「……本当にそういうとこ、好きよ」
「っ……今、それ言う?」
「フフフ」
一応ここ教室なんだけどね。隣の渡辺君も友達と食堂へ行ったし、賑やかな教室で美月の声が聞こえた人なんてきっと私だけだろうけどさ。でも、ただのその一言で私の心は簡単に雲が晴れていくみたい。さっきまでぐずぐず考えてたのに、本当に魔法みたい。
まだしばらくはこの噂も続くかもしれないけど、噂なんか気にしないでいこう。
「そんな優しい楓に、はい」
「え?」
箸で器用に差し出された苺。口元まで運ばれたそれと美月を交互に見て、ゆっくりと口を開く。赤い実が口の中に放り込まれて、咀嚼すれば甘い苺の味が口に広がる。教室であーんは結構恥ずかしい。皆各々の会話に夢中で誰も見てなかったらいいな。
「おいしい?」
「うん」
「……嫉妬なんて、しないでいいよ」
焦げ茶色の目が、真っすぐにこちらを見据える。あぁ、私を見てる目だ。
慈愛を詰め込んた丸い瞳が愛おしそうにこっちを見ている。その目で見られると、パブロフの犬さながら勝手に心が弾む。
私の心を掬ってくれるのは美月が心を読めるからでもないし、魔法が使えるからでもない。私の事をちゃんと見てくれているからだ。
言葉でも態度でも、間違わないようにすれ違わないようにしてくれているんだ。
「うん、ありがとう」
私も、目を逸らさずちゃんと向き合って、それでちゃんと真っすぐ伝えていけるようになったらいいな。あの時無理にでも助けに行って良かったって気持ちを、変な噂でなんか上書きされないように。すれ違ったりなんかしてしまわないように。
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