第31話
美月ともはるとも一緒じゃないときにそれは降り注いでくる。
噂の真相を聞きにくるのは友達にはとどまらない。きっと二人に一番近くて、聞きやすいんだと思う。本人に聞けない事を、どうして私には聞いてくるんだろうってその度に思ってしまう。
「ふぅ……」
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「なんか疲れてるね?」
「んー……少しだけ」
弥生先輩は本当によく見てるなぁ。隣に座った弥生先輩は今回の噂のことを特に気にしていない一人だ。それだけですごく気が楽になるのに、こうやってさりげなく隣にいてくれる優しい先輩。
「コンディションに影響するとなると流石に放っとけないなぁ」
「あはは、すみません」
「ただの噂に心を割くのは大変だよ?」
「頭では分かってるんですけどね」
実際、美月はさらっとした顔で対応してるし上手く距離を取っている。はるだって意外と気にしていなくて、最近は前みたいによく隣に来てくれるようになった。きっとこの噂を気にしているのは私くらいなんだと思うし、気にしなくていいものなんだって理論も分かっているつもり。
「色んな人に聞かれるんですよ、噂の真相とか、二人ってそっちなのかとか」
多くの人にとってはきっと話のネタでしかない。有名人のスクープや恋愛バラエティー番組の感想に花を咲かせるのときっと同じことだ。でも、そんなの私に聞かないでほしい。上手く躱すための体力がすり減って、鋭い言葉が頭の中に過ってしまう。そんなこと言いたくないのに。傷つけるって分かってる言葉なんて誰にだって向けたくないのに。
「下世話だなー。 そんな奴ら相手にしなくていいんだよ?」
「頑張って早めに話題が変わるようにはしてるんですけどね」
「うるせー、知らねー、うぜーで終わりでいいよそんなの」
「あはは」
そう出来たらいいのかな。どうだろう。私はきっと、吐き出した言葉でまた落ち込んじゃいそうだ。
「楓」
「っ、はる」
「弥生先輩楓ちょっと借りてもいいですか?」
「もちろん~、はるからもあんまり気落ちするなって慰めといてよ」
「ちょっと弥生先輩」
「あはは」
びっくりした。はるといる時には噂の話はしないようにしていたから。はるは特に気にしていない様子で歩き出す。それに続いてドアを抜けると生ぬるい風が頬を撫でていく。湿気がだんだんと増えてきて、九州では確か梅雨入りをしたって朝のニュースで言っていた気がする。
「さっきの練習試合はボロボロだったね」
「は~る~」
カラカラと笑うはるの笑顔に陰りはない。確かにさっきのは流石に自分でも酷かったと思うけど、色々と凹んでるんだからもう少し優しくしてほしいもんだ。
「噂もだいぶ風化してきたっていうのにまだ気にしてんの?」
「どうせしつこいですよーだ」
「そういう意味じゃなくてさ、あんまり人の為にすり減らなくていいよってこと」
「……それはもう、皆から言われる」
「……まぁ、そこが楓のいいところだけどさ」
じめっとした空気とは裏腹にはるは明るい。二人が気にしていないのが唯一良かったと思えることなのかもしれない。だから後は、私が周りに心配かけないように出来れば解決なんだよね。
「きっと楓は、次は心配かけたくないからってから元気で頑張っちゃうんだろうなーって」
「え」
「お見通しな。 何年隣にいると思ってんの」
「……あっはは、お見通しかぁ」
思わず笑い声が漏れる。本当に読心術でも出来るみたいなタイミングだったんだもん。本当に私は、人に恵まれているな。こんな風に心配してくれて声をかけてくれる人がいるんだから。
「これは極秘なんだけどね」
誰にも言わなかった事がある。今回の噂で大切な人たちがゴシップのネタとして消費されるのが嫌だったのは紛れもない事実だ。でも、本当はもう一つ心に傷を作る理由があった。これはきっと、はるが一番理解できる気がするんだよね。
「怖くなるんだ」
あれだけ王子と姫と盛り上がっていた人々が、本当かもしれないとなると表情を硬くしていた。付き合ってないと私が言えば皆ネタだよねって安心すること。そっかこれはもしかしたらある人にとっては普通では無くて、異端なことなのかもしれないって。
もし、私が当事者だったら。その視線が向けられたら、私はすごく怖い。
「私も同じだ」
「はるも?」
「うん。 だからこそ、言わないつもりだった」
その言葉と同時に終了の合図が鳴り響く。
それぞれ休憩していた部員が一斉に体育館に集合して、はるが続いて中に入っていく。そっか、言うつもりなんかなかったって、そういうことだったんだ。
はるは最初からずっと、その怖さを知ってる人だったんだ。
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