第32話

「お疲れさまでした」


 駅近くの交差点で先輩後輩と別れて、自転車通学の後輩も見送れば徒歩通学は私とはるだけになる。噂以来、美月とは別々に帰る日々が続いている。


「来週からはテスト期間で部活は無しかー」

「テストの話するなよ」

「ごーめん、でも本当にやばくてさ」

「まぁそうなんだよなぁ……土日どっちかで勉強会しない?」

「おーいいね」

 

 そのせいなのか、はるは前みたいに隣にいてくれる。いや、前よりも少しだけ気にかけてくれている気がする。結局はるが距離を置いていたかもしれないという疑いの真偽も分からないけれど、わざわざ触れる度胸もないし。今日こうやって勉強会に誘ってくれてるならそれでいいとも思う。


「じゃあ土曜日、私の家でもいい?」

「いいよ。 はるの家久々かも」

「そうだっけ」


 最近は三人でいることがほとんどで、勉強会もカラオケや喫茶店が多かったからそんな気がする。高校受験の時は毎日のようにどっちかの家でやってたのが少し懐かしい。


「あー、でも本当に私の家で大丈夫?」

「え?」

「いや、なんでもないや」

「何、言ってよ」


 はるは困ったように笑いながら間延びした声で時間を稼いでいる。夕暮れのオレンジ色が顔を照らしているのを眺めながら、自分の家が見える道を歩く。さっきみたいにまた会話が途切れてしまいそうだな。部活の休憩中にした会話を思い出す。休憩が終わらなかったら、はるはどんな言葉を続けていたんだろう。


「わかんないけどさ」


 はるが立ち止まる。誤魔化されると思っていた言葉はどうやら聞くことが出来るみたい。振り返ってはると向き合えば、西日が眩しくて目を細める。


「二人で行動することが増えたら次は私と楓に変な噂が流れんのかなって」

「……あー、そっか」


 はると美月の件が誰が広めたのか、本当にキスしてるように見えたからなのか実際のところなんて分からない。それはつまりそういう素振りを例えしていなくたってそう見えれば噂は広まり得るということだ。もし、はるとそんな噂が広まったら。


「怖いよな、やっぱ」


 目の前で情けない笑い声。釣られて乾いた笑いが漏れる。真っすぐ言われたわけじゃないし、今の時代当たり前だって表立っては言われてきていても、実際に目の当たりにした反応の方が何倍も説得力がある。もし私たちの関係が広まったら、あの視線は真っすぐにこちらを向くだろう。想像するだけで、手のひらがピリピリしてくる。


「でも美月が言ってたんだよな、自分に嘘はつけないって。 それを聞いて、楓にちゃんと気持ちを伝えた時を思い出したんだ」

「えぇ?」

「言わないつもりだったけど、私も嘘はつきとおせなかったなって。 自分の中にある譲れないものが、もしかしたら私を作ってるのかなって思うよ」

「……怖くても?」

「怖くても、しんどくても、逃げたくても」


 夕日がゆっくりと沈んでいく。鋭い西日が沈んで、ゆっくりと影が街を染めていく。あの時と光景が少し似ている。はるが泣きながら思いを告げてくれたあの日も、こうやって目の前にはるが立っていた。

 でも、あの時とはるの表情は全然違う。真っすぐにこっちを見ていて、表情だって吹っ切れたみたいで、震えのないまっすぐな声だってあの時とは逆だ。そうか、はるや美月は、そんな怖さの先まで知ってるんだ。


「確かに……周りを気にして縮こまって視線を落とすのは、違うのかもね」

「なんでもかんでも美月みたいに我儘身勝手もアレだけどな。 少なくとも譲れないなってものだけは、私もそうあってもいいのかもって思う」

「ははは、美月だって優しいのに」

「どこが」


 鉛のように重かった心が軽くなっていく。なんだか、もう大丈夫な気がするや。周りにとっては普通じゃないとか何か言われるかもしれないとか確かにそれは怖いけれど、それでも私は二人が好きだ。


「やろうよ、勉強会」

「おー、やろやろ」


その気持ちは、変わらなくていい。

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