第33話

「あー、休憩」


 ぐっと背伸びをして後ろに倒れ込む。目を瞑ると瞼の裏に数式が張り付いているみたいでげんなりする。目頭をマッサージして目を開けると、見慣れたはるの部屋の天井が見える。


「進んだ?」

「微妙。 範囲多すぎ」

「それな」


 あーだかうーだかうめき声が聞こえて、はるが同じように倒れ込む。どうやらはるも集中が切れたらしい。早くテストなんか終わってバスケしたいな。悩んでたことが吹っ切れたとはいえ勉強が捗るかと言えば別問題だし。一旦数学はやめて古文にしようかな。


「楓ー、後で数学教えて」

「今数学は無理」

「あー…数学終わった」

「数学は美月でしょ」

「確かになー……噂も落ち着いてきたしそろそろいいのかな」


 どうなんだろう。ていうか落ち着いてるのかな。私の周りはまだまだ騒がしい気がするけれど、本人に面と向かってって人はもういないのかな。


「どうなんだろう……美月に任せるのがいいのかもね」

「確かに、そこら辺は美月が一番うまいか」

「……てか、いつの間に仲直りしたの」


 実はかなり気になってた事。いつの間にか仲直りしているし、なんなら色々と知らないところで話してるみたいだし。前だって美月はこう言ってたって言ってたり、公園の件だって。上体を起こしてテーブルの向こうで横になっているはるを見る。


「仲直りって別に喧嘩もしてないだろ」

「えー……?」

「……いや、まあなんていうか……あいつの我儘さが嫌じゃなくなったっていうか」

「我儘かな? 優しいよ」

「どこがぁ。 全然我儘だよ」

「確かにはるにはちょっと遠慮ないよね……羨ましい」

「はぁ? 全然譲るけど」

「ははは」


 我儘が嫌じゃ無くなったって、それって結構凄い事だと思うけどな。それを言ったらまたはるは嫌な顔するのかな。


「何かと美月とのこと気にするよな楓って」

「え?」


 はるが起き上がる。テーブルを挟んで向かい合ったはるの表情は少しだけ拗ねているみたいだった。そんなこと考えた事無かったけど、そうなのかな。いや、そんなことないと思うんだけど。


「私が好きなの……楓なんだけど」

「はへ」


 不意に言われた言葉に心臓が跳ねる。だって、美月とは違ってはるがそう言ってくるのは最初に告白された時だけだったから。まさかこんな不意に言われるなんて思ってなかった。

 二人でいる時だって今までと変わらない素振りだったし、改めて言われるまで正直少し忘れていたかもしれない。二人で勉強会してるのだって、正直全然意識してなかった。確かに私は意識せずそういう感じだったのかもしれない。


「こっちに嫉妬して、忘れんなよ」

「いや、そういう訳じゃ……はい……」


 なんだろうこの空気というか罪悪感みたいなものは。これは私が悪いのかな、悪い気もする。


「べ、勉強しよっか」

「あ、待って」


 安直な話題逸らしは許されなかったらしい。立ち上がったはるは何やら棚の方をごそごそとしている。すぐに何かを取ったらしいはるは向かいじゃなくて隣に座る。さっきの言葉のせいで、心臓が少し早くなる。私はいつの間に、部室で着替えるはるにだって意識しなくなっちゃったんだろう。


「誕生日おめでと」

「へ?」


 差し出された四角い箱。その箱とはるを交互に見つめる。


「いや、今年は碌に祝ってなかったなって」

「そんなことは無いと思うけど……え、これ私に?」

「そりゃそうだろ」


 ゆっくりとその箱を受け取る。大きさの割に結構重い。目配せをしてから箱の包装を剥がしていく。なんだろう、今の緊張感は美月と一緒にいる時に似ている。言われた瞬間意識するなんて自分でも単純だなと思うけど、こればっかりは慣れてないんだから仕方ないよね、多分。


「わ、可愛い」


 ガラス細工で出来た置物。ウサギがバスケットボールを持っている。なんか、はるって感じがするな。勉強机に飾ろうかな。


「ありがとう。 机に飾ろうかな」

「ん、そうしてもらえると嬉しい」


 はにかんだ笑み。私が悩んでいる間にもはるは私のことを考えてくれてたんだな。その気持ちが一番嬉しい。ひとまずテーブルの上に置物を置いてみる。うさぎがぎゅっとボールを抱えてこちらを見ていてやっぱり可愛い。今年の誕生日は盛大に祝ってもらっている気がするな。二人の誕生日にはちゃんとお返ししないと。

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