正解がないならどうしたらいいですか?

第10話

「ナイスー」


 綺麗な弧を描いてゴールへと吸い込まれたボールをはるにパスする。間髪入れず再開される試合の中、体育館に響くバウンドの音とシューズが擦れる音、そしてかけ声。


「楓」


 声と同じタイミング、声の意味を理解するよりも先にはるにパスを出していた。受け取ったはるが華麗にシュートを放つ。そのボールがゴールに吸い込まれた瞬間、終了を知らせるホイッスルが鳴る。


「終了ー。 この試合はBチームの勝ちね」

「楓とはるを同じチームにするなー」

「はいはい、試合これだけじゃないんだから変なとこ文句言わない」


 流石にずっと一緒にバスケをやってきただけあって、連携ならこのチームの誰にも負けない自信がある。はるとハイタッチをして喜びを分かち合うのも、もうずっとやっていることだ。


「今日はこれで終わり! みんな片付けー」


 彩香部長のその声に部員が一斉に動き出す。私も遅れないように息を整えながら倉庫からモップを取り出して床を拭いていると、隣にモップが並ぶ。隣を見ればそこにははるがいた。


「最後ナイスシュート」

「あれは決めなきゃまずいやつだろ」

「そうかもしんないけど、綺麗なシュートだった」

「完璧なパスがきたから」


 隣ではるがはにかむ。何気ない会話なはずなのに、その横顔に急に緊張が芽生える。はるの言葉、今の私とはるの関係、意識しだせば視線が泳いで床を滑るモップへと落ち着く。少しだけ意識しながら、今日見学に来ていた一年生のことを話題にあげる。あの日からまだそんなに時間は経っていなくて、まだ少しどういう風にはるに接したらいいのか定まらない。


「あの子上手だったよね、入ってくれたらいいな」


 それは多分はるも同じで、今までに感じた事のない違和感が会話に挟まっている気がする。バスケならあんなに息ぴったりなのに。


 片づけを終えて部室に戻れば制汗スプレーの匂いが充満していた。フローラルな香りに包まれながら門が閉まるリミットに遅れないよう急いで着替える。隣にははるがいて、今までなら何ともなかったのに隣を見ることが出来ないでいる。こんな気持ちになるのは、いけないことなんだろうか。

 でも、好きって言われた人の着替えとか、意識するじゃん。


「先出てるね」

「え? うん分かった」


 先に着替え終えたはるがそそくさと部室を出ていく。簡易的なカーテンの向こうではるのこえと先輩たちの声。スカートのファスナーを上げて、ホックを引っかける。最後に鏡で前髪を整えて、追いかけるように部室を出る。


 待ってくれてたらいいのに。そう思うのと同時に、私から逃げるように去っていったはるの後姿を思い出す。私が意識してるくらいなんだから、はるはもっと意識しているのかもしれない。そんな事に気づくと、全身がムズムズするようなそんなくすぐったさに襲われる。


「楓ちゃん」

「弥生先輩、お疲れ様です」

「お疲れ」


 前で先輩たちに囲まれているはるを見ていたら隣に弥生先輩がやってきた。そういえば、弥生先輩には彼氏がいたっけ。とはいえ今の状況は誰かに相談できるようなものではないけれど。


「さっきの試合動き良かったねーレギュラー取られないように私も頑張らなきゃ」

「何言ってるんですか、誰よりも上手いくせに」

「あはは、まあね」


 自信たっぷりな笑みに思わず笑う。でも、それくらい自信があっても何も不思議じゃない位、弥生先輩は上手い。今年の代は結構いけるんじゃないかって期待されている位だ。


「でもさ、本当にレギュラー狙えると思うからはるともども頑張ってね」

「ありがとうございます」


 そんな会話をしながら正門を過ぎると、先に歩いていたはるが一人私を待っていた。弥生先輩に挨拶をしてはるに合流する。


「ごめん先行っちゃって」

「全然。 ってか美月は?」

「まだ見てない」


 そっけない声。あれから落ち着いてはいるけれど、まだこの二人の間には軋轢があるらしい。理由が理由なだけに、私からは何も触れられなくて曖昧に相槌を打って正門の隣で美月を待つ。


「ね、美月ちゃんってば」

「本当にごめんなさい、友達が待ってて」


 正門から出てきた二人の影とその会話。美月と目が合って、その後に隣に並ぶ男の人に視線を移せば目が合ってしまった。確かサッカー部だったか野球部だったかの三年生だった気がする。名前は流石に知らない。


「ごめんなさい先輩。 話ならまた今度」

「あー……だね。 じゃ、またね」


 気まずそうな顔をしてそそくさと去っていった後姿を見て、美月が盛大にため息を吐く。いつもなら私たちよりも早く待っている美月が遅れた理由をなんとなく察する。

 やっぱりモテるんだな。


「興味ありませんって言えばいいじゃん」

「ああいうの敵に回すと後々面倒くさいから」

「あっそ」


 どうやら一度や二度のことではないらしい。はるとは違って高校以前の美月の事は私は何も知らないけれど、きっと昔からモテてたんだろうな。


 そんなことを考えていると、美月がこちらを振り返る。しばしば見せるようになったその柔らかな笑みに、先ほどまでの思考がふっと消えて無くなっていく。少なくとも、やんわりではあるけれど断りたい雰囲気は美月も出していたし、心配するようなことはないんだろう。心配している時点で、なんだか負けな気がするのはこの際考えないことにする。


「それで、今日試合だったんでしょう?」


 あからさまな話題転換。でもさっきの会話を続けるのもおかしいし、今は乗っかるにこしたことはない。


「うん。 勝ったしレギュラー選考残れるんじゃないかな……ね、はる」

「今年は絶対取る」

「順調そうで良かった」


 まだ少しぎこちないけれど、三人でいることにも少しずつ慣れてきている気がする。美月があからさまに挑発しなくなったのもあるし、話題がそれに寄らない様にしているもの多分にあるけれど、仲良しに越したことはない。一先ず決まった着地点に、状況や頭が追い付くまではまだ少しかかりそうだけど、こうやって三人で変わらず帰れているだけでも十分な気持ちもある。


「じゃあまた来週」

「バイバイ」

「……」


 いつもの分かれ道で手を振って美月と別れる。まだお互いに探り合うような空気。さっきまでとは別種の緊張感に知らないふりをしていつも通りを装う。


 時間はたっぷりある。過ごしていくうちに私とはるの落ち着くべき場所もきっと見えてくるはずだ。今は少しぎこちなくても、なんだかんだ今まで通り楽しくやっていけるんじゃないか、そんな風に思っている。


 そう、思っていたのに。

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