第14話


 昼休みと放課後。それが今私が楓と一緒にいられる時間。

 それなのに。


「なんでよりにもよって」

「自分のじゃんけんの弱さに文句言ったら?」


 他の人には可愛い声で話すのに私には低い声で話すし、視線なんて一向に私の方を向かない。皆この女のどこが可愛くてどこか清楚だと思っているのか。騙されてるよって全員に叫びたい。


「前回の委員会サボってた陽希に今日当番よって知らせてあげた私にお礼の一言もないの?」


 ようやくこっちを向いたと思えば、そんな皮肉たっぷりな言葉。楓の時と声も態度も全然違う。


「はいはいありがとありがと、で、帰ったら?」

「私も今日当番なの」


 さらりとそう言って、また隣で本へと視線を戻す美月。ブックカバーでそれなりに見せているけど、中身は漫画だ。髪だってやたらとくるくるとしているし、地毛だと言い張っているけど普通に染めてる。よくよく見れば嘘だらけなのに、周りはこの優しそうな笑顔に騙されている。


 そもそもなんで図書室の受付に美月と並んで座っているかと言えば、新学期最初のHR中に考え事(主に楓のこと)に没頭していた私が悪いんだけどさ。

 気づけば誰も立候補していない図書委員をやる危機に陥っていて、そのままじゃんけんに負けて図書委員になってしまって、更には隣のクラスと同じ日に当番という最悪に最悪が重なった結果だ。

 

「あーあ、本の整理でもやろうかな」

「新学期早々整理する本なんてそんなにないわよ」

「わかんないかな、美月の隣にいたくないって遠回しに言ってんのが」


 返却された本が置かれているはずのラックはすっからかんで、美月の言う通りやる仕事はない。でも、遠くの方でサボってる男子委員もいるんだし別にいいじゃん。


「昔はもっと可愛げがあったのに」

「はぁ? それはこっちのセリフ」

「あれ、はる先輩?」


 後ろから聞こえた声に振り返れば、図書室の入り口からひょっこりと後輩が覗いていた。真新しい制服を翻しながら面々の笑みで彼女は近づいてくる。


「杏奈ちゃん?」

「やっぱりはる先輩だー! 図書委員なんですね!」

「ああうん、たまたまね」

「楓先輩と一緒じゃないんですね」


 杏奈ちゃんが私の隣に座る美月に視線を移すと、隣の美月がうさんくさい笑みを返す。本当、外面だけはいいんだよな。


「先輩、次はこんなかわいい子まで捕まえたんですか」

「「はい?」」


 目の前の子は何故だか尊敬の眼差しをこちらに向けている。そういえば中学の頃から何かとよく分からないことで褒めてくる子だった気がする。とにかく私と楓の並びが好きだとか、目の保養だとかなんだとか。これもそういうやつなのか?


「え、先輩お名前聞いてもいいですか?」

「えぇっと……八波美月です」

「美月先輩! 名前まで綺麗ですね」

「あ、ありがとう」


 名前から始まり、私と美月がどんな関係なのかから美月自身のプライベートなことまで質問責めが始まって、あの美月が若干押されている。どんな人にも柔軟に対応している姿しか見たことがないから中々珍しい光景だ。やや口角を引きずらせている美月の横顔は結構面白い。美月があらかた自供したところで、ぐるんと杏奈ちゃんの顔がこちらを振り向く。

 

「でもはる先輩、楓先輩を放っておいちゃダメですからね」

「え?」

「美月先輩も絶世の美女ですけど……やっぱり私は楓先輩とはる先輩推しなので」


 推しという言葉もなんとなくは知っているけれど、この子の言う言葉は中々理解が難しい。美月ばかりじゃなくて楓のことも相手しろ、みたいな意味なんだろうか。そもそも私は美月のことを全く相手にするつもりはないんだけど、それを伝えたところで意味がないのはもう中学の頃に十分身に染みている。


「陽希と楓って中学の頃からセットなの?」

「美月先輩楓先輩ともお知り合いなんですか?」

「えぇ、友達よ」


 朗らかな笑みで次は美月が杏奈ちゃんから情報を引き出していく。中学時代の私と楓の話が次々と杏奈ちゃんから出てくる。杏奈ちゃん視点なのもあって随分と尾ひれもついているし、もはや覚えていないものまである。どこで見てたんだそんなもの。


「二人が視線合わせるだけで通じ合うっていうか」

「そうなんだ、仲良しだったのね」

「はい!」

「そっかぁ……なんだか嫉妬しちゃうな」


 少しだけ小首を傾げて可愛らしく言う。ほんと、どの口が言っているのか。まんまと騙された後輩は美月にときめいているらしい。早いところもう会話をきってしまおう。このままだと私だけがどんどん疲れていく気がする。


「美月先輩、私やっぱり応援します」

「本当? 嬉しいなぁ」

「あー、それで? 何か用事があって図書室きたんじゃないの?」

「あ、そうでした!」


 どうやら授業で必要な資料を集めないといけないらしい。そんな授業があったかなんて覚えていないけれど、話をややこしくしない為に聞かないでおく。手を振って図書室の奥に向かう後姿を見送る。


「なーにが嫉妬しちゃうなぁ、だよ」

「本当の事じゃない? 嫉妬するのは楓にじゃなくて陽希にだけど」

「あぁそうですか」

「……本当、嫉妬する」


 他の人にはそんな声出さないくせに、私にだけは無遠慮に向けてくる。少しだけ情けない声で、しょげた顔を隠しもしないで。そんな顔されたって、私にどうしろっていうんだよ。自分で聞いて、勝手に傷つくとか自業自得だろ。それを、目の前のこいつに言ってやればいいのに。


「……」


 その痛さが分かってしまうから、何も言えなくなる。

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