第13話
「弟の流星」
美月に紹介された男の子は、目元が美月にそっくりだった。大きな目が何度か瞬きをしてこちらをじっと見つめている。何歳離れてるんだろう。身長的にはまだ小学生か中学生くらいに見えるけれど。
「お姉ちゃんの友達?」
「え?」
焦げ茶色の瞳が真っすぐに私を見上げている。思わずドキッとしてしまったのは、その瞳が全てを見透かしてしまいそうだったから。
「当たり前でしょ、遊びに来てるんだから」
「お姉ちゃんの友達とか初めて見たー」
「生意気」
なんだ、バレている訳じゃないのか。いやまあ、美月が話してたりしない限りはバレるわけも無いんだけど。
流星君はサッカーボールを投げ捨てると美月の持っていたグラスを取ってお茶を飲み始めた。さっきの言葉といい中々やんちゃな子なのかもしれない。空になったグラスを美月に押し付けると、テレビ台の下からゲーム機を取り出す。これは一瞬で部屋が散らかる訳だ。
「ごめんなさい、生意気なの」
「あはは、男の子って感じ」
空になったグラスにもう一度麦茶を注いで、早いところ部屋に戻ろうと美月は言う。もうちょっとお話してみたかったけれど、流星君はどうやらもうゲームに夢中のようだ。
部屋に戻ると美月はあからさまにため息を吐いた。こんなに早くサッカーを切り上げて帰ってくるとは思わなかったらしい。ごく自然に隣に座った美月が肩に頭を乗せる。
「せっかく二人きりだったのに」
「んん……でも、まぁまた次もあるし……」
もごもごと口を動かせば、美月が驚いたように私の顔を覗き込む。一気に熱が顔に集まっていく感覚に、思わず両手で頬を押さえる。
「……楓から言ってくれるんだ?」
「や……あー恥ずかしい」
さっきまでため息を吐いていたのに、焦げ茶色の瞳がキラキラと輝いている。耐え切れなくて手で顔を隠せば無邪気な笑い声が私を包む。浮かれている言葉なのは自覚していたけれど、言ってからこんなに恥ずかしいとは。
「早く次が楽しみだなー」
「あー、もう意地悪!」
「フフフ」
ふわりと甘い香り。頭に美月の腕が回って抱きしめられている。柔らかい暖かな感触と、甘い匂い。今日一日で体に染みついて、記憶からも消えてはくれないんだろうな。恥ずかしいのに、期待して次が欲しくなる。
「好きよ、楓」
「……私も、」
気持ちが大きくなっていく。美月が真っすぐに伝えてくれるからなのかな、恥ずかしいけど、素直に言葉に出来る気がしてくる。伝えたいものを、素直に伝えられる気がする。
「美月のこと好きだよ」
そう言えば、美月の腕の力が一層強くなる。密着して、少し息苦しい位に抱きしめられると美月の体が少し震えているのまで伝わってきた。腕を回して美月を抱きしめ返す。幸せで満たされて、同時に苦しい位愛おしい。大事にしたいな。出来ること全部してあげたいな。
「おねえちゃーーん‼‼」
「わっ」
遠くから響く大音量が美月を呼んでいる。その後に続く騒々しい足音が階段を上るのを聞いて美月の体が渋々離れていく。最後に一つ、頬にキスをして美月が隣に座るタイミングで部屋の扉が勢いよく開いた。
色んな意味で心臓が限界なくらいバクバクうるさい。
「お姉ちゃん‼ 充電器知らない?」
「知らない。 リビング探した?」
「探したもん」
「テーブルの上は?」
「えー、そんなとこないよ」
「流星テーブルでゲームしてたじゃない」
「……あっ‼」
また唐突に扉が閉まって、勢いよく階段を下りていく音。少しして大きな声が「あったー‼」と響いた。まるで小さな嵐のようだ。
「本当騒々しい」
「あはは。 私は一人っ子だから新鮮かも。 流星くんいくつなの?」
「六つ下で十歳。 いい加減もう少し落ち着いてもいいのにね?」
「お姉ちゃん相手だからじゃない?」
「それはあるみたいなのよね。 あの子バレンタインの度に何個も貰ってくるもの」
「え、十歳で?」
時代はどんどん進んでいるのかもしれない。私が十歳の頃なんてはるとずっとバスケばっかりやってたのにな。
「まあ顔はいいしサッカーも上手だから騙されてるのね」
「確かに目とか特に美月にそっくりだよね」
「それって、私も顔がいいって言ってる?」
「……まあ、美月は可愛いでしょ」
惚気とかじゃなく、これは事実として。初めて見た時からお人形さんみたいだなって思っていたし、誰に聞いてもほとんどの人が同じことを言うと思う。じゃなきゃ下校中に言い寄られたりしないもん。
「なんだか楓がどんどん素直になっていて、私の方がもたないかも」
「なにそれ」
美月の言葉に笑えば、美月が目を細めてこちらを睨む。今日一日で、美月の知らない面をたくさん見れた気がする。本当は余裕なんてないこと、顔を真っ赤にして照れること、姉としての一面も。色んな一面を知って、私はきっと更に彼女のことを好きになってる。
そして、きっとこれからも。
耳をすませて流星君がこっちにきていないことを確認してから、美月をじっと見つめてみる。拗ねたような眼差しは少しの間驚きの色を宿して、その後にゆっくりと優しく私を見上げる。緊張する。ズレたりなんかしない様に、歯がぶつかっちゃったりしないように。ゆっくりと顔を近づけていく。何度か触れたそこに、次は私から。
そうして触れた唇は今まで一番甘い気がした。
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