三人で付き合っちゃダメですか?
里王会 糸
三人で付き合っちゃダメですか?
第1話
好きだと告げる、声の震えをまだ覚えている。
「楓、帰ろ」
その声と同じ声が私の名前を呼ぶ。それだけで、まるで羽のように簡単に心臓が揺れた。
「あ、……うん」
声に振り返れば、そこには友達の美月がいた。校則ぎりぎりをせめたカールのかかった髪が胸元あたりまで伸びている。垂れた目尻が、すっと細くなって私を見下ろせば私の心臓がバクバクと鳴り始める。
「何、まだ意識してる?」
「いや……いや、」
自分でも気付いているけれど、私は嘘をつくのが下手だ。罪悪感が喉をしめつけるような感じと、思考が急停止するからすぐにバレる。今回もバレたらしく、目の前の美月はクスクスと口元を押さえて笑いだす。
「私としてはそっちの方が嬉しいけど」
「あ~、もう、帰ろ」
立ち上がってリュックを背中に背負えば、空いた手に美月の手がそっと触れた。ひとひゃを混ぜた様な変な声が漏れて、一気に顔に熱が集まってくる。ほんの少しだけ私よりも低い身長は、全部を武器にせんばかりに綺麗な上目遣いを披露する。異性のクラスメイトに人気な理由が、今なら分かる気がする。
手を引っ張られて、覚束ない足取りで隣を歩く。心臓が早くて胸のあたりが少し痛い。すれ違うクラスメイトや先輩にぎこちない挨拶をしながら校舎を出れば、我慢の限界とばかりに彼女は隣で笑い始めた。
「凄いよ、体がちがち」
「あ~~~~」
「フフフ」
確信犯。
でも、そりゃそうじゃん。
まだ美月に告白されてから二週間しか経ってないんだから。
「もう大人しく付き合わない?」
「お、となしくって……ちゃんと考えてるの」
「ふうん……嫌じゃないなら付き合ってみたらいいのに」
内巻きウェーブの髪が肩を滑る。隣で小首を傾げる彼女は、それだけで絵になる。そんな彼女に言われてしまうと、理性がいとも簡単に揺れ動いてしまう。でも、そんな中途半端な気持ちで向き合って、傷つけたりしたら嫌なのも本当の気持ち。
美月は大事な友達でもあるから。
「傷つけるのは嫌」
「誠実。 そういうとこも好きよ」
「ひゃ」
春の風みたいに、暖かく軽やかに彼女は笑う。美月にこんな風にアタックされて、落ちない人っているんだろうか。そんなことを考えてしまうのは、私はもう敗者なのかもしれない。
最初の印象は少女漫画のヒロインみたいな人。あの時はストレートな髪に綺麗にセットされた前髪が清楚な雰囲気を醸していて、お人形みたいな綺麗な輪郭と少しだけ垂れた目尻でかたどられた目が可愛い印象を与えていた。だから多分すぐに話しかけて、それですぐに友達になった。
それが、まさかこんなことになるなんて。
「でも楓」
「な、なに?」
「私から見ると、かなり脈ありに見えるんだけど」
第一印象とは遠いその目の強さ。私の知らない底の部分まで見透かすみたいな瞳。じっと見上げてくるその目が、今回は見逃すと言わんばかりにクスリと笑って逸らされる。
「勘弁してください」
「フフフ、今日はこのくらいにしとこうかな」
鼓膜を震わせる笑い声に、心までくすぐられている。自分の気持ちが、ぐっと引っ張られている気がする。これが全部美月の計算通りなんだったら、この人は将来とんでもない魔性の女になるのかも。
「楓ー!」
「っ、はる」
遠くから聞こえた声に振り返ると、ものすごい速さでこっちに走ってきたはるが隣に並ぶ。「あちー」とこめかみに浮かぶ汗を拭いながら溌溂とした笑顔を向ける彼女に、美月があからさまに不機嫌な声を漏らす。
「なんで来るかなぁ」
「そりゃ帰り道同じなんで」
この二人は一カ月前くらいからずっとこんな感じで喧嘩をしている。お互い引かないし、お互いが自分は悪くないと主張している。加えて喧嘩の理由は教えてくれないしでこれも私が頭を悩ませていることの一つだった。
「てか美月はベタベタしすぎ」
「羨ましいなら
「羨ましいとかじゃないし」
「あー、はいはいもう駅着くよ美月」
「……」
信号を渡れば、白いシンプルな建物が見えてくる。気持ち程度にコンビニが併設されたその駅で美月と別れるのがこの一年で決まったやり取り。横断歩道を渡り終えて私とはるは真っすぐに、美月は駅に向かって左に曲がる。
「じゃーねー、美月」
「……また明日ね、楓」
はるの言葉を華麗にスルーして美月は名残惜しそうに私の手を離す。少しだけ拗ねたように頬を膨らませる彼女に手を振れば、彼女は渋々と駅の方へと歩いていく。その姿を見送ってはると一緒に帰路を歩く。
はるとは小学校のバスケクラブからの幼馴染み。一番付き合いの長い友達で、こうやって一緒の高校を選んだ仲でもある。
「……美月となんの話してたの」
「え? えー、あー……なんだろ、中身ない話してたよ」
「へー」
「聞いたくせにめっちゃ嫌そうにするのやめてよ」
「聞かなきゃよかったなって」
拗ねたみたいな声。なんで喧嘩してるんだろう。一年の時は三人で一緒にお昼を食べたり教室移動したり、休みの日に遊んだりだってしていたのに。はるが誰かと喧嘩するのだって珍しいことで、頭の中が整理出来ないことばかりでぎゅうぎゅうになっていく。
「……楓」
「なに?」
「美月と、付き合うの?」
「ひぇ」
はるの言葉に心臓が跳ねあがるのが自分でも分かった気がした。
思わず立ち止まってはるを見上げれば、むすっと不機嫌な顔が私を見返す。なんで怒って、いや、そもそも。
なんで知ってるんだ。
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