第24話
インターホンを鳴らして数秒、機械音に変換された楓の声が返ってくる。しばらくして玄関が開いて、ワンピースに身を包んだ楓が出迎えてくれた。紺色のシンプルなワンピースは初めて見た気がする。今日の為に買ってきてくれていたらかなり萌える。
「お邪魔します」
玄関を上がれば、広い空間が静かさを際立たせているようだった。昨日の夜ベッドの上で散々騒いでいたというのに、今日の心臓も相変わらず元気なようだ。楓のワンピースが階段を上る度にふわりと揺れていて可愛い。
楓の部屋は三回目だったっけ。それでも二人きりというのは正真正銘初めてで、私は落ち着かない心臓を宥めながら一先ず大量の荷物をラグの上に置く。
「何か飲み物取ってくるね」
「あ、楓」
部屋には入らずリビングへと行こうとする楓に荷物の中の一つを手に取って追いかける。中身はもちろんケーキだ。しかも柄にもなく、手作りの。
「これ……冷やしておきたいのだけど」
「……あ、もしかして」
その言葉に頷けば、楓の目が喜びに綻ぶ。
「今食べちゃダメかな……?」
「っ、それはいいけれど」
「じゃあコーヒーか紅茶淹れてこようかな……コーヒー派だっけ」
「うん」
「待ってて」
そう言うと私の言葉も聞かずに部屋を出て行ってしまった。今日はいつもよりテンションが高い気がするのは、楓もまた今日を特別な日と心臓を高鳴らせているのだろうか。そう考えてしまう程には浮かれているけれど、今日くらいはそうならざるえない。
紙袋から箱を取り出す。中身は彼女が戻ってきたら披露しよう。こっそりと一人中身を確認して崩れていないことを確認して戻す。しばらく待っていればドアがノックされてドアを開ければお盆を持った楓が中に入る。コーヒー豆の匂いがする。
テーブルにコーヒーとお皿が置かれて、向かい合って座る。楓の手がゆっくりと箱を開けていくだけなのに、胃が痛くなるほど緊張する。家事全般はそれなりにやるし、同年代と比較すれば料理は出来る方だと思うけれど、もはやそれではこの緊張は払えそうにない。
「え、凄い……美月お菓子作るのも上手なんだ」
「お菓子はそんなになんだけれど、まあ今回は流石に気合入れたから」
「……ありがとう」
その言葉を聞けただけで今朝までの奮闘も意味があったというものだ。崩さないように慎重にお皿に移して、恐縮ながらバースデーソングを歌う。自信がないものばかり立て続けに披露していていい加減体が悲鳴をあげそうだ。
「ハッピバースデトューユー」
「……えへへ」
まあ、楓が喜んでくれるならいいけれど。そのままフォークで一口サイズに切って口に運ぶ様子を固唾を飲んで見守る。口に入れた瞬間、ぱちくりと瞬きをしてから満面の笑みを浮かべる楓に息を吐き出す。
「美味しいよ美月、本当にお店のみたい」
「それなら良かった」
「……凄いなぁ美月は」
私に伝えるというよりは独り言のようなその言葉に言葉を飲み込む。喜んでくれているなら何よりだろうけれど、何か違和感を感じる。さっきまで満面の笑みを見せていたのに、今はなんだか少しだけ寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。本当はちょっとまずかったりしたらどうしよう。私も一口口に運ぶ。何度も試作品を作ったせいか少し飽きた味がするけれど、うん、作りたかった味の通りではある。少なくとも甘いものが好きな人にとっては食べられないものではないだろう。
食べ進めていく間の沈黙に、コーヒーを一口飲み下す。流石に変に気にしすぎだろう。そう思うことにしてタイミングもいいことだしともう一つの袋に手を伸ばす。何をするかこちらもかなり頭を悩ませた。
まぁ結局、これに関してはあげたいものを第一優先にしてしまったけどね。
「楓」
「え、わ」
「お誕生日おめでとう」
「……えぇ……プレゼントまでいいの?」
「もちろん。 むしろこっちが本命」
ケーキは楓の好みをリサーチして出来る限り応えられるようにしたけれど、こっちは私の我儘みたいなものだから、楓が気に入らなかったら仕方ない。そう心に言い聞かせる。
「……ネックレス……?」
「……まぁ」
流石に予想外だったのかじっと見つめている楓を見ているとなんだか急に恥ずかしくなってきた。三人で付き合っていいとか言いながら独占欲丸出し過ぎるかもしれない。嫌でも、そんなことはもちろん織り込み済みで選んだわけで、後はもう堂々とするしかないのだ。
「……楓が嫌じゃなかったら、私が付けてもいい?」
「……うん、もちろん」
楓の隣に座り直して、彼女の首にネックレスを通す。春より少しだけ伸びた髪を掬って整えれば、彼女の胸元でネックレスが輝く。ペンダントトップの丸い装飾は、太陽をイメージしているらしい。その文言が気に入ってこれにしたのは、流石に言わない。
「うん、似合う」
「本当?」
「もちろん。 今日のワンピースにも合うし、可愛いわ」
頬を赤く染めた彼女と目が合う。今日成すべきミッションを無事全てクリアした安堵のせいか、今二人きりで目の前に楓がいるという状況をふと改めて認識する。なんとも切り替えの早い人間だと自分でも驚くけれど、一度意識してしまえばもう手遅れであることも自覚していた。
もう一度楓の髪を撫でて、彼女に視線で合図を送る。今のこの状況って、もしかしなくてもいい雰囲気でキスしない方がおかしいと思うの。
ゆっくりと近づけて、唇に触れる。あの日以来なせいか少しだけぎこちない触れるだけのキスをして離れる。ゆっくりと瞼が開いて、黒の瞳が私を捉える。
「大好きよ」
瞳が揺れて、そしてゆっくり瞼がかかる。目を細めてくしゃりと笑う楓が私の背中に両腕を回す。伝えたいものが少しでも伝わっていたらいい。伝えると決めたことが、少しでも最善の選択になってくれたらいい。今この瞬間の気持ちが、ぴったりと寄り添っていたら嬉しい。
だからそんな願いも込めて、彼女の体に腕を回した。
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