第23話

 世の中は大型連休、いわゆるゴールデンウィークに突入した。部活内でも家の用事がある人は休んでもいいとはなっているけれど、レギュラーメンバーで休む人はいなくて、それは私やはるも例外じゃない。


 私たちにはゴールデンウィークは関係ないのだ。


「あっつ……」

「先輩、これ」

「ありがとう」


 杏奈ちゃんからタオルと給水ボトルを受け取る。連日の快晴に、だんだんと夏の気配を感じる。美月は、どこか家族で出掛けてたりするのかな。連休前半の予定とかも聞けば良かったかな。


「あの、楓先輩」

「ん?」

「え、えっと……」


 何か言いづらいことなのか、杏奈ちゃんは口をもごもごとさせている。思ったことは結構はっきり言うイメージだから少し意外だな。それくらい言いづらい事なのかもしれない。私は隣の床を数度叩いて彼女に隣に座るよう促す。


「どうかした?」

「……あの、最近……はる先輩と何かありましたか?」

「え?」

「気のせいだったら申し訳ないんですけど! なんかこう、前に比べて一緒にいる事少ないなーって」

「……んー、どうなんだろ」


 咄嗟に上手く言葉が出てこなかった。もっと上手く返せたらいいんだけどな。実際、私も杏奈ちゃんと同じ気持ちだから上手く誤魔化せない。下手な笑みだけを返して、ぼんやりと体育館を眺める。外でどこかの運動部がランニングしている掛け声が聞こえる。


 実際明確な心当たりがあるわけじゃないし、確実に避けられているのかも分からない。時折違和感として感じるくらいの小さな変化は、気のせいとも思えるようなものだった。でも、そっか。

 杏奈ちゃんも気付く位には、気のせいじゃないんだな。


「私がはる先輩にさりげなく聞いてきましょうか」

「え? いやいいよいいよ、そこまでしてもらわなくてもさ」

「……出しゃばりすぎですかね、すみません」

「そうじゃないよ。 もし、はる側になにかあるんだとしたら、それはちゃんと直接聞いてみるから」

「そうですよね……。 私かえはる推しなので応援してます!」

「あはは、ありがとう」


 ボトルを詰めたカゴを持って杏奈ちゃんは他の部員の元へと走っていく。かえはる推し、ね。


 はるの姿を探す。弥生先輩のとこにもいなくて、同級生の輪の中にもいない。コート内に視線をやれば、そこに一人シュート練習をしているはるがいた。

 普段だったら何も考えずにそこに走っていけるのにな。今は少しだけ、怖い。


「……私、何かしたかなぁ」


 ゆっくり立ち上がる。ぐっと一つ伸びをして体育館の真ん中へと歩き出す。はるの手から放たれたボールが綺麗に声を描いて、ゴールへと吸い込まれていった。


「はる」

「っ、楓……」

「休憩もちゃんと取らないとバテるよ」


 籠からボールを取り出して、一つシュートを放つ。ゴールに吸い込まれて、床を跳ねるボールの音が響く。


「大丈夫だよ」

「はるはそう言って無理しすぎるきらいがある」


 はるはすぐに抱え込むし無理をする。中学の時だってそれで寝込んだこともあるのを知ってる。無理やり給水ボトルを差し出せば、渋々はるがそれを飲む。


「……あのさぁ」


 ああ、怖いなぁ。私がまた知らないうちにはるを傷つけたりしてたら嫌だな。はるに対してだと、私はいつも甘えすぎちゃうんだろうな。はるなら、そう思って信頼しすぎちゃうんだ、きっと。でも、それじゃまたはるを泣かせちゃう。そっちの方が、嫌だから。


「ごめん、私またなんかしたかな」


 真っ直ぐに見つめた視線がゆっくりと下に落ちていく。それは紛れもない肯定で、私の心臓にズキリと痛みが走る。

 ようやくまた距離感も掴めてきて、自然と隣にいることが出来てるって思ってたのは、私だけだったみたい。


「いいよ、そこまでしなくて」

「え?」

「全部掬おうなんて最初から無理な話なんだよ。 人には手を伸ばせる人数も範囲も決まってるし、だから」


 どうして今、笑みを浮かべるんだろう。どうして今になって真っ直ぐに私を見つめ返すんだろう。なんでいつも、はるは何も言わないまま決めちゃうんだ。私は何も知らないまま、はるはいつも自分で抱え込む。


「気にしなくていいよ」


 作り笑い。これ以上は踏み込むなと暗に言われている気がする。

 言ってくれなきゃ分かんないのに。言葉以外でも知る方法は確かにあるけれど、言葉にしてくれなきゃ分かんないことの方が多いのに。

 なんでいきなり距離を取るんだ。


「分かんないよ……それじゃ」

「……」


 次は私が視線を落とす。茶色の床についた細かな傷が、照明に照らされて浮かんでいるみたいだ。

 

 次の瞬間、休憩終了を知らせるタイマーの音。休んでいた部員が一斉に立ち上がってコートへと集まってくる。はるは投げっぱなしだったボールを拾って籠に戻すと、何も言わず私の隣から離れていった。

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