第27話
毎年お祝いしてた。時には家にお邪魔して楓のお母さんやお父さんと一緒に食卓を囲んでお祝いした。皆でハッピーバースデーを歌ったオレンジの景色の中、楓がろうそくを消す横顔を覚えている。
「おめでとー楓ー」
「ありがとう」
部活の放課後。部室でお祝いという名のお菓子を食べて少し駄弁るだけの会。祝日は部活が終わってもまだ有り余る時間があった。お祝いなんて半分は口実で、実際はこうやって集まりたかっただけなんだろう。
楓の誕生日会はそれくらいの軽さだった。
でも、そんなの当たり前だ。何十人といる部員全員にちゃんとお祝いをしてる部活なんてある訳ない。友達だってこれくらいの距離感なんてざらにある。おめでとうと言ってお菓子の一つでもプレゼントする。実際にはこれくらいの人の方が人生の中には大勢いて、そんなもんだって——
「おめでと、楓」
「……ありがと、はる」
自分で選んだはずだったのに。隣にいるのが辛いなら、少しずつ離れていけばいいって思って離れたのは私の方なのに。こんな風に思うのは都合がいいって分かっている。それなのに、思わずにはいられなかった。
どうして、私はまっすぐに楓の誕生日を祝うことすら出来ていないんだって。
「……最悪」
こんなの全部自業自得じゃないか。身から出た錆ってやつで、それなのに被害者面するのが調子のいいことだってことくらい分かっている。でも、美月を見た時に打ちのめされた。
「諦められてたら……とっくに諦めてんだよ……」
この気持ちを無かった事にしようと何度したことか。それでも今まで一回も成功したことがなかったのに、どうしてまた離れようなんて馬鹿なことしたんだろう。でも、これ以上見たくなんかないんだ。誰かを想って笑う顔なんか、私は。
「いたっ」
「っ」
睨みつけていた地面から視線を上げる。肩で息をしている美月が、ふらふらとよろけながら近づいてくる。文化部で運動嫌いなくせに、なにやってんだよ。また逃げようかと思う気力も削がれて、ふらふらと近づいてくる美月を見つめる。
「あっつい」
綺麗にセットされていたはずのボロボロの髪をかき上げながら隣に美月が座る。鞄から何か取り出して胸元まである髪をそれで綺麗に束ねていく。なんて言うんだろう、使ったことがないから名前が分からない。
もうすぐ陽が沈むけど、そう言えば隣の美月が「誰のせいで」と不満を隠すでもなく言いのけた。
「陽希、そこの自販機でお水買ってくれない?」
「……私のせいだから?」
「そう」
「はぁ……じゃあ追いかけなきゃよかった」
「フフ、本当にね」
なんなんだよさっきから。そんなに息を切らして、汗までかいて、せっかくオシャレした髪やメイクをボロボロにしてまで何がしたいんだよ。
ため息を一つはいて立ち上がる。暗くなってきた公園を照らす自販機でペットボトルの水と麦茶を一つ。戻って水の方を美月に差し出す。ハンカチで首を拭いながら彼女がにこりと微笑む。世の中の趣味って本当によくわかんない。また一つため息を吐いて座り直せば、彼女は気にせず水を飲み始める。
「はー、生き返る。 足早すぎるのよ全く」
「……なんでわざわざ追いかけてんだよ」
「そりゃあんな泣きそうな顔して走り出されたらしょうがないじゃない」
「そんな奴かよ」
「柄じゃないわよ。 でも、陽希だって走ってくれたじゃない」
思わず美月の顔を凝視する。だって、なんていうか本当に柄じゃないから。義理とか貸しとかそういうの気にしない奴だと思っていた。そんなことよりセットした髪とか汗をかきたくないとか、そういうことの方が大事なやつだって。
そんな感情が漏れていたのか、美月が眉を顰める。
「意外って顔するのやめてくれる?」
「……意外だから」
「ちょっと……ま、軽口言えるくらいには元気なのね」
猫が隙間をすり抜けるように、するりと話題に踏み込む。私はただ閉口を決め込んで麦茶で喉を潤す。思っていたよりも喉が渇いていたみたいで、中身の三分の一程を一気に飲んだ。
どうやら美月は私の事を心配してくれているらしい。顔を見た瞬間いきなり逃げ出す私を心配するなんて、随分と優しいことだ。自分が上手くいってるから余裕なんだ。そんな風に考える自分にイライラする。元気なわけないじゃないか。そんな言葉が口から出そうになる自分がいやだ。
「……わかんない」
「え?」
「わかんないよ、なにも」
だって本当に、この気持ちを楓に伝えるつもりなんかなかったんだ。それがうっかりと外に出て、感情的な自分のままこの関係が始まってしまった。どこまで見せていいのか、何がダメなのか、私と楓の関係の何が本当は変わったのか、私は分からなくて、ただ目の前の現実を受け入れていくだけで精いっぱいで。
気づけばどんどん美月と楓の仲が深まっていくのに、私は未だに何もできない自分のままだった。でも、ずっと隠すという選択ばかりを選んできた私が、今更自分から見せるなんて簡単には出来ないじゃないか。結局私はまた同じ選択をして、今こうして一人ふさぎ込んでいる。私は、どうしたらいいんだよ。
何もかも、変わらなければ良かったのに。
「ごめんね」
「……何がだよ」
「楓と付き合えるなら、陽希をどう巻き込んでもいいと思ってたから」
「最悪だろ……」
「だからごめんなさい」
まるで本当に謝罪するみたいに、私に向き直った美月が頭を下げる。
違う、そうじゃない。本当は違うってわかっているんだ。
美月は好きな人に好きだって言っただけだ。きっと美月がいなくたっていつかはこうなってた。楓を好きになる人は今までだっていたし、きっといずれ楓が惹かれる人は現れた。結局何もしないまま隣にいるって、そういうことなんだ。何も変わらないものなんてこの世にはきっとないから。
自分で自分のやりたいことを選択できなきゃきっとダメなんだ。
「でも、今は違うの」
頭を上げた彼女が真っすぐに私を見据える。暗くなった空でも満月のせいか美月の表情はよく見える。美月はいつだってやりたいことをやっている。そんなところが少し苦手だったはずなのに、どうしてだろう、ほんの少しだけ楓と重なるのは。
「今は、陽希が傷つくのは嫌」
そのまっすぐさが今、楓と重なって見えるのはどうしてなんだ。
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