第6話
「死んじゃうの?」
意識を失ったフィルの脳に、その思いがよぎった。
体には多くの傷があり、服はフィル自身か誰かの血で汚れていた。
どこに行けばいいのかわからず、よろよろと歩いていた。他に行くところがなかったのであろう。
疲れ果ててしまったフィルは、「まだ倒れてはいけない」と自分に言い聞かせ、生きることに対する執着で歩き続ける。
どれくらい歩いたかわからないが、花の香りが鼻についた。しかし、意識は朦朧としていて、自分がどこにいるのかわからない。
フィルはもう限界だったのか、それとも花の香りが心を和ませてくれたのか。フィルはついに花海に倒れた…
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ぼんやりとした意識が花の香りを感じ取る。この嗅ぎ覚えは?でも、以前どこで嗅いだか思い出せない。
この香りの記憶を懸命に探そうとするが、答えを見つけようとすればするほど、それが遠ざかり、意識もはっきりとしてくる。
フィルが目を開けると、ベッドに寝ており、傷は治療された。
しかし、誰がこんなことをしたのであろう。フィルは不思議に思った。
ベッドの横で寝ている金髪の少女を見、彼はすぐに答えをわかった。彼を治療するために家に連れてきたのは、彼女である。
フィルはベッドから降り、ここはどこであるか確認したかったが、少女を起こしたくないから、ベッドの上で静かに顔を見ていた。
色白の肌、端正な顔立ち、ただ、顔には数個のそばかすがあった。それほど美人とは言えないが、その顔を見てフィルが少し惹かれた。
その少女を見て、フィルはまた嗅ぎ覚えのある花の香りを嗅いだ。その匂いの元をたどると、金髪の少女から香っていることがわかった。
フィルは、どの花か確認するために、少し身を近づいた。しかし、その音を聞こえたのか、少女は目を開けて上を向いた。
そのとたん、彼女の目の前にハンサムな顔が見えた。
フィルは顔をそむけ、少女は恥ずかしそうに赤らんだ顔を両手で覆った。
一瞬の恥ずかしさの後、少女はフィルを直視する勇気がなく指を少し開き、恥ずかしそうに「ご気分はいかがですか」と尋ねた。
その時、フィルの心は若干動揺していたが、なんとか冷静に見える顔をして「はい、フィルと言います。あの日、私を治療に連れてきてくれなかったら、私は生き残らないかも。どうもありがとう」と話題を変えた。
少女は「いや、元気な姿を見て安心した」とそれ以上何も言わずに返事した。まだ、さっき見た場面が頭に残っており、昨夜は疲れていたから目の前の男と同じ部屋で一夜を過ごすのかと思うと、胸が高鳴る。
「私はイヤナです、昨日から食べていませんね、お腹が空いているのでしょう、今食べ物を用意してきます」。恥ずかしそうに、イヤナはその隙に部屋を出て行った。
イヤナが出て行ったのを見ると、説明する機会もなくなり、フィルはベッドから降りて筋肉を動かした。
体の傷はまだ痛々しいが、たいしたことはないから、数日で治るであろう。
怪我がたいしたことないことを確認したフィルは、逃げ出したイヤナを探すために部屋から出ようとした。
イヤナはすでに料理を持って部屋に戻っていたが、フィルが起き上がったのを見て心配そうに尋ねた。「起きあがっちゃだめ、3日間ベッドで休んでいろと医者さんが言った。
フィルはイヤナから食事を取り、「大丈夫、だいぶ良くなったよ。ご飯を食べたか。一緒に食べよう」と首を横に振って誘った。
フィルが近づくと、イヤナは再び照れながら、その誘いを承諾した。
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食後の何気ない会話で2人の気まずさは解消された。
その会話の中でフィルはこの家が実はホテルであることを知った。
もともとはイヤナと両親の3人で運営していたが、数年前に両親が病気で他界し、現在はイヤナ1人で経営している。
イヤナの話だけでなく、フィルも自分の冒険の話も語り、会話が弾んでいた。
「うわっ!フィルさんの冒険はどれも素晴らしいです!私も外に出て、世界を見てみたいですね。」
このようなことに興味を持つイヤナは、フィルのような冒険家に憧れ、前ほど堅苦しくなくなった。
旅人たちがホテルに持ち込む物語に、彼女は外の世界に憧れを抱くようになる。
しかし、体が弱く、家族にも病歴があるため、思い切って外出することはほぼ不可能だとわかっている。
というわけで、あくまで思いつきに過ぎない。
「大丈夫、きっとできると思う」。
フィルは、奇跡的なものをたくさん見てきた。世の中には未知のものがたくさんあるから、イヤナには治療法があるはずだと確信を持って言った。
イヤナはフィルの言葉を慰めとして受け止め、話題を変えて自分の近況に対して文句を言った。
「最近、村に来る冒険者の数が減っているが、ホテルはまだ存続できるでしょう…」
彼女の両親が残したものはホテルだけであり、潰れるのを見たくないのである。
フィルは恩返しのチャンスとばかりに、「回復のための時間が必要だから、ゲストとして泊まっていい?」
長年にわたるこれらの冒険で得た収益は、特に財宝のためというわけではないものの、普通の人が一生を過ごすには十分すぎるほどである。
「本当に?」
それを聞いたイヤナは、嬉しそうに椅子から立ち上がり、フィルをじっと見つめた。
「それはよかった」
イヤナは、客が来たこと、両親が残していったホステルを壊さずに済んだことに安心した。
イヤナの幸せそうな顔を見て、フィルも笑顔になった。一生、彼女の笑顔を見ていたい…。
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わずか半年間で、あっという間に時間が過ぎてしまった。
フィルが長期のテナントとして住んでいるので、閉店の心配はない。
その間に、フィルの調子が回復した。
フィルがいることで、村のチンピラも迷惑をかけるにこなくなり、住民とも仲良くなっている。
イヤナとの関係は、時間とともに友情から愛情へと変化していった。
フィルからもらったドレスを着たイヤナは、まだ咲いていない蕾にひざまずいた。「フィル、見て。そろそろ咲きそうですね、早く見たいです。」と言った。
イヤナの好きなスミレと知り、フィルも愛おしそうに「はい、もうすぐですね。でも、お医者さんがあまり長く外に出ない方がいいって言ってから、部屋に戻った方がいいよ」と言った。
イヤナは頬を膨らませ、「勘弁してくださいよ!う少しだけ見させてよ!」と懇願した。しかし、フィルには無理だったようで、部屋に連れ戻されてしまった。
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「フィル…フィル…」
数日後、窓から聞こえてきたイヤナの声で、寝ていたフィルが目を覚めた。
フィルが2階の窓から外を見ると、まだ咲いていないつぼみがすでに咲き、華やかな花の海を作り出していた。
花の海の真ん中に立ったイヤナは、まるでフィルと喜びを分かち合いたいかのように手を振っている。
フィルに気づかれたことで、彼女は嬉しそうに花の周りをぐるぐると回っていた…
少女のように遊ぶイヤーナを見ながら、フィルは微笑んだ。
時間が止まり、この瞬間が永久に続けばいいのにと思うほど。
しかし、それは叶わなかった。フィルが見守る中、イヤナは大好きな花の海に倒れこんでしまった…。
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ベッドに座りながら、イヤナは窓の外に広がる花畑を眺めていた。
病状が悪化し、長くは外出できないかもしれないことも知っている。
大好きなスミレに触れられないのは、彼女にとって不幸なことである。
フィルはベッドのそばにやってき、イヤナを見た。一番恐れていたことが現実になった。
しかし、まだ彼女を失うわけにはいかないと、「きっと大丈夫だよ」とイヤナの手を握った。
フィルの決意の表情に、イヤナは「そうだ」と信じているからこそ、希望を持てたのである。
それから、フィルは名医を訪ね歩き、イヤナの病気を治療できる薬を探し始めた。
このような生活で、フィルは貯金をほぼ使い果たした。
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(ノック、ノック!)
ドアをノックした後、フィルはお湯を持ってイヤナの部屋に入ってくる。
今、フィルの顔は長時間の出かけで少しやつれた感じになっている。
「イヤナ、この薬を飲めば、治るかもしれないよ」。
フィルの言葉を聞いて、イヤナは何の期待もなかった。このような場面は100回くらいあったからである。
揺れるスミレを眺めながら、イヤナはフィルに「フィル、外に行きたい。」と淡々と言った。
イヤナは家の外を散歩したいだけなのだろうと思い、フィルは何か言おうとした…
「フィルが以前言った通り、世界は素晴らしいところだ!このベッドで一生を終えたくない、世界を見たい!」。
と言ったイヤナは、突然ベッドから降りて立ち上がり、元気なふりをしてフィルを見つめた。
「本に書かれた七色のスミレを見てみたい!フィル、7色だ!とても美しいに違いない」
イヤナはフィルに甘く微笑んだ。フィルが一番たまらない甘え方である。
「七色のスミレか…」
イヤナの期待に満ちた目を見て、フィルは無言で固まり、ゆっくりと涙を流していた。
翌日、二人は早々に荷物をまとめて、馬車で静かに村を後にした…
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数ヵ月後、蹄の音が聞こえてき、馬車がホテルの前に停まった。
フィルはここに戻ってき、一人残った…
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