合宿

「夏だ! 海だ! 合宿だー!」

 夏休みに入って一週間ほど経った頃、俺達ことりノートと大学の軽音部は、海辺のペンションを借りて二泊三日の合同合宿に来ていた。

 これなら各楽器の担当ごとに教えられるし、自分達の活動にもプラスになるからとのことで、大学が運営する海辺のペンションを借りて合宿をすることになったのだった。

 合宿所には楽器が置いてないため、家にあるドラムやキーボードも専用ケースに入れて背負って電車に乗ってきた。ギターとベースはいつも持ち歩いてるから楽でいいが、今回初めて自分の楽器を運ぶことになった奏音ちゃんと詩音は少し苦労していた。

 ペンションに現地集合になっており、皆、時間通りに到着した。

「という訳で、まずは自己紹介からいくか。まずはギターボーカルから」

「俺は小鳥遊 響! 好きな食べ物はカレー! よろしくな」

「エメラルド、ギターボーカルの生駒 慶だ。好きな食べ物はチーズケーキ! よろしく」

「好きな食べ物の流れが……。次、キーボード」

「櫻井 奏音。好きな食べ物はシチュー。よろしく」

「奏音ちゃんまで乗ってるし」

「俺は福原 拓。奏音ちゃん、お手柔らかに頼むよ」

 福原が奏音ちゃんに握手しようとすると、奏音ちゃんが応じようとする前に、詩音が福原の手を払って言った。

「先に言っておきますが、姉さんに恋愛感情を抱かないようにお願いしますよ」

「え、ああ、うん」

 一瞬、気まずい空気が流れる。

「おいおい、仲良くしようぜ。ドラム組も自己紹介して」

「櫻井 詩音です」

「土屋 広樹っす」

 ペンション内に入り、部屋の確認をする。

「部屋割り、奏音ちゃんは一人部屋で、後は同じ楽器同士、響と生駒、詩音と土屋、余った俺と福原ってことでいいな。リビングが皆で合わせる部屋で」

「ああ、それでいいぜ」

 俺達はリビングで楽器の組み立てをしてから……。

「じゃあ、早速、俺達の曲を聴いてもらおうか」

 もう何度もやってきた俺達の代表曲「ディスカバリ―」を演奏する。

 曲が終わると、三人は拍手して、口々に「すげえ」と言って褒めてくれた。

「で、お前らはどの曲をやるんだ?」

 響が聞く。

「 BUMP OF CHICKENのHello,worldと……」

「やっぱバンプかあ。俺らも『天体観測』やったなあ」

「MONGOL800の小さな恋のうた」

「ああ、それもいいよなあ」

「名曲」

「曇天。DOESの」

「ほら銀魂の曲」

「下ネタですか。姉さんには聞かせられないですね」

「いや、確かにアニメでは下ネタも言ってたけど、曲はマジで神曲多いから!」

 俺が銀魂のフォローを入れる。奏音ちゃんと詩音はアニメには疎い。

 曲の紹介をしながら、皆で楽譜を読み合っていく。

 皆、練習は真面目に取り組んでくれた。

 教え方としては響と奏音ちゃんは感性で行くタイプで、詩音は理論型で厳しめ。

 俺は自分の練習もしながら、ドラムの側で詩音の発言にツッコミを入れたりしていた。


「そろそろ飯にしようぜ」

「何、食べるんだ?」

「近くにスーパーがありましたよ。誰か買い出しに行って来て下さい。僕は姉さんと一緒に待ってますから」

 ペンションには包丁やまな板、鍋など、料理に必要な道具がある程度揃っていた。

「じゃあ俺と、あと二人くらい荷物持ちで付いて来てくれ」

 ことりノートハウスに引っ越して来てから、俺は自炊を覚えて、簡単な料理ならレシピ無しでも作れるようになっていた。なので料理担当は俺、その俺が買い出し担当になるのは自然な流れだった。

「んじゃ、俺、行くわ」

「俺も」

 ギターボーカル組が手を挙げてくれた。

「じゃあ行くか」


 十分もしないうちにスーパーに着いた。

俺はカートにカゴをセットし、野菜売り場から回り始めた。

「何作るんだ?」

「まあ定番のカレーにしようかと思って思ってる」

「やった~! 篤志のカレーはマジ美味いからな!」

「そっかー、早く食ってみてえ」

「あんまハードル上げんなよ。普通だよ普通」

 梅村家で作られている、ごく普通のカレーだ。

 7人分の分量を考えながら、食材をカゴに入れていく。

「これも」

 響がポテチとかお菓子をカゴの中に入れる。

「おい、あんまお菓子ばっかり入れんなよ」

「いいじゃん。菓子パとかしようぜ」

「ライブのためにスタミナ付けるとか言ってランニングしてる分が無駄になるだろうが」

「むう……。たまにはいいじゃん。その分、走るし」

 こいつは本当にそのカロリー分走るからな。ランニングに付き合っている俺の身にもなれ。

「へえ、体力作りとかしてるんだ。すげえ」

 生駒が素直に感心したように言う。

「お前もやるか、ランニング?」

「いや、俺はいいよ。そんなガチめにやってないからさ。ゆるく行こうぜが俺らのモットー」

「そっか」

 響は少し寂しそうだった。ランニング仲間が欲しいのか。

 大学のサークルなんて、一時の遊びで、それで食っていこうなんて奴はほぼいない。

 生駒達のスタンスが普通なのだ。


 買い物から帰り、少し練習を挟んでから、俺はカレー作りを始めた。

 一人暮らしで、たまに料理もしているという福原が野菜の皮むきを手伝ってくれた。

「お~い、カレー出来たぞ~」

「わ~、美味そうです~」

「いただきま~す」

 パクパクパクとカレーを食べる皆。

「いつもと同じですね」

「いつも通り美味しい」

 詩音の褒めているか分からないところを奏音ちゃんがフォローしてくれる。

 こうして合宿一日目は終わった。


「海だーーーー!」

 合宿二日目は曲の練習はそこそこに、海に泳ぎに来ていた。

勿論、皆、水着である。

奏音ちゃんはスク水だ。

「水着、これしか持ってない」

「姉さんは何着ても可愛いのです。あ、ちなみに、三秒以上、姉さんを見た場合は見物料1000円いただきます」

「理不尽な罰金だな」

 昼飯を海の家の焼きそばとかで済ませ、後は適当に泳いだりして遊んだ。


夕方、ちょちょいと練習をして夕食。

今日は焼肉。

皆、美味しそうに肉を食べている。野菜も食え。

夜は海岸に出て、花火をした。

「綺麗ですね、姉さん」

「うん」

 平和に線香花火をしっぽりやる櫻井姉弟達とは反対に、俺はスパーク花火を持った響に追いかけられていた。

「ちょ、おま、子どもみたいなことすんじゃねえ!」

「ハハハ、逃げろ~、篤志~」

 軽音部組は打ち上げ花火に点火していた。

 そういえば、高校の夏休みも、こいつらと遊ぶことはなかったなと回想する。

 高校の音楽準備室で集まって練習、その後コンビニとかには寄ることはあっても、どこかに遊びに行くことはなかった。

 別に不仲とかじゃなくて、バンドメンバーは友達とは一線を画していた。

 一緒にカラオケに行くオタク友達は大野氏とかがいたし、クラスメイトとの仲も悪くなかった。なので、ことりノートの皆で遊びに行くという選択肢を取らなかった。

 でも今回は単純に楽しかった。

 こいつらと、もっと馬鹿やってみたいと思った。


 次の日。

 二泊三日の合宿の最終日。

 昨日が遊んでばかりだったので、今日は真面目にやった。

 何とか曲を通せるまでになり、ギリギリ人に聞かせてもいいくらいのレベルにはなった。

 でも、まだ改善点は多々あるので、文化祭までに仕上げていくことを目標にした。


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