第33話 妹たちはVtuber

私の姉には素敵な幼馴染がいる。


いつも優しくて頼れるお兄ちゃん。…本当のお兄ちゃんではなかったけど、実の兄のように慕っていた、憧れの人…九郎お兄ちゃん。

九郎お兄ちゃんとお姉ちゃんは両思いで、2人が恋人同士になるのは自然な流れだった。それを羨ましいと思う気持ちもあったけれど、2人ならお似合いだと思って、私は2人の仲を応援していた。

―――だが、そんなお姉ちゃんは高校生になって変わってしまった。

見た目が派手になり、態度も同じように大きくなった。家の中でもお父さんや私を見下して難癖をつけるのですごく面倒くさい人になり、お母さんはそんなお姉ちゃんの肩を持つので家の中の雰囲気は良くなかった。おまけにお姉ちゃんは九郎お兄ちゃんをゴミと言って馬鹿にして、別れてもっといい彼氏と付き合いだしたという始末。いくら何でも酷すぎるし、お兄ちゃんに対しても失礼だと言ったらぶたれた。…それから私はお姉ちゃん…いや、姉と一定の距離を取るようになった。日に日に怠惰になり態度も大きくなるお姉ちゃんは『大好きなお姉ちゃん』ではなく『姉』となり、冷めた目で見るようになっていった。

姉との事で九郎お兄ちゃんや、その妹で私にとって無二の親友の観月ちゃんとも疎遠になってしまうのかと悲しかったが、九郎おにいちゃんは変わらずに接してほしいと言ってくれて、涙が出た。やっぱり九郎お兄ちゃんは、…私の憧れの人。


九郎お兄ちゃんが入院したと観月ちゃんから聞いたときは大急ぎで病院に行ったりもした。直接顔を見るのは姉の事もあって気が引けたので、その時九郎お兄ちゃんに付き添っていた―――本人はお友達、と言っていたけど―――“大垣さん”に話だけを聞かせてもらって、その時に連絡先も交換した。…九郎お兄ちゃんに寄り添う大垣さんを見ると、ずきり、と胸が痛んだけど、私にはそういう資格がないから、と首を振り…どうか九郎お兄ちゃんが元気になりますようにと神社にお祈りをしにいった。幸いすぐに退院していたので、ほっと胸をなでおろしたっけ。

それからしばらくしたある日、家に帰ると、姉は私の帰宅に気づかずに誰かと話していた。電話で、…自分が中間テストでとった赤点を九郎お兄ちゃんのせいにしたこと等を意気揚々と。そんな事までするようになったのか、と姉を軽蔑した。そして姉にきずかれないように、その会話を録音したのだ。

―――その録音データをどうするか、私はずっと迷っていた。…このデータを渡せば、きっと姉はまた私に暴力を振るうかもしれない。怖いし、痛い思いをする。…悩んで、悩んで、ずっと悩んで、姉が何かコンテストに出るその当日にやっと覚悟を決めることが出来た。これをリナさんに事で私は姉に何かまたひどい事をされるかもしれない、…それでもと、録音した音声データを大垣さんに送信した。

結果から言えば、帰ってきた私は姉に何もされなかった。リナさんからのメッセージで、送った録音のおかげで九郎お兄ちゃんの潔白が証明されたと感謝されて胸をなでおろしたが、返ってきた姉からされることに震えもした。しかし、帰ってきた姉はゴミを見るような目で見てきたけどそれだけだった。…それが私には不気味だった。コンテストで負けて土下座をしてからから帰ってくるまでの間に、何か企み事が動いたのではないかと、言葉にできない不安を感じたのだ。

それから姉は停学になり、その時はお父さんやお母さんも学校に行ったりして大変だったようだが―――肝心の停学になった姉は、日中どこかに出かけているみたいだった。どこに出かけているかは私にもわからない。ただ、姉の部屋にいつの間にか大きなPCがあるのが気になっていた。姉は貯めていたお金で買った、と言っていたが…あれは高額なゲーミングPCだと思う。そんなものを買うお金が姉にあっただろうか…?


…そんな風に、家の中の居心地は悪くなる一方だったがお隣の観月ちゃんと進めていることが、私にとっては毎日の楽しみだった。

「ねぇ、観月ちゃん。昨日は初めて視聴者の人が3桁をこえたよ!」

「わぁ、すご~い!」

観月ちゃんと私の2人三脚で産みだした個人Vtuberの「海月沢ジュエル」。クラゲをモチーフにしたいという観月ちゃんの意見を元に私が書いて、それから独学でライブ2Dを勉強して動かせるようにしたVtuberのモデルだ。キャラクターの名前は最初、観月ちゃんがゲルルとかゲリリとか候補に挙げていたのでそれだと下痢になっちゃうよ…と言ったら苦渋の選択…あ、禁止カードじゃないよ?――で発音が似ていて綺麗な言葉のジュエルにしていた。

事の発端は去年、観月ちゃんと2人でよくVtuberをみていたけれど、観月ちゃんが自分も出来るかなぁ?という話になりそれなら私が絵を描くよ!と私がデザインとイラストを描いて、2人で造り上げたのだ。プロが書いたものじゃなくて…私が書いた絵で、素人の私がおぼつかなく作ったライブ2Dなのでお世辞にも、プロの人やプロダクションのような綺麗なものじゃない。けど観月ちゃんの持って生まれた“声”と朗らかな性格が、少しずつリスナーやチャンネル登録者を増やしていった。

収益化をしていないから本当に配信をみてもらうだけのチャンネルで、学生である事は名言していないけど観月ちゃんがポロッと「クラスの皆には内緒だよ」なんて言っちゃったり、そんな観月ちゃんに『声がそっくり!』と視聴者の人達は盛り上がったり、リクエストに応えてかっこいい歌を絶唱したり、ミリタリーゲームでは視聴者の人達に『中尉』と呼ばれてかっこいい幼女ボイスを出していたりと、観月ちゃんの人柄あっての愉快で楽しい放送をしている。

個人Vということでマイペースにのんびりとやっていて、最近2桁後半の視聴者がみてくれるようになったと言っていたけれどついに3桁いったというのは、私も嬉しい。

嫌な事や辛いこともあるけれど、親友と2人で積み上げてきたこの活動は、今の私にとって本当に大切なものになっていた。…このままずっと、こうやって楽しい配信を続けていけたらいいなぁ。

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