第13話 綻び 歪み a dissonance③

それからほどなくしてリナと藤堂が戻ってきた。

リナは耳まで赤い…藤堂と何を話してきたんだろう?ちょっと気になったけど女の子同士の話には男子の俺が触れちゃダメな気がするからそっとしておこう。


稲架上の歌も終わり、俺はそこから他の部屋に顔を出して回った。

花味と田草はすっかり仲良くなったみたいで同じ部屋にいた。向こうのクラスの生徒は試合中の花味と打って変わって大人しい様子に何故か戦慄していたが。その部屋には男女10人ぐらい、2クラスのメンバーが入り混じって盛り上がっていた。

試合中に見せた男気からか、田草も女子に囲まれて赤面していたし、花味は「よく見ると童顔で可愛い♡」とうちのクラスの女子にアピールされていた。花味の傍にいてじっと花味を見ているのはうちのクラス女子だ。鳳(おおどり)といったっけ。花味もすっかりモテモテだな羨ましいぞー、なんてね。うん、いいよねこういうのと楽しい気分になった。


もう一つの部屋ではしょうちゃんもとい村正や藤島、あとは眼鏡にお団子頭のジャージさんもいた。試合中に緩慢にポンポン振ってた子だな。ここにも2クラスのメンバーが入り混じって8人ほどいた。そんな中でも、藤島は甲斐甲斐しく村正にお菓子をあーんしてたべさせたりポッキーゲームをねだっていたりした。ここはバカップルを隠しきっていない。寝取りと無縁の幼馴染ってのはいいよね。まさかこんなラブラブな藤島がどこぞのチャラい奴に実は寝取られ済みとかそんな事あるはずないもんな!

お団子頭の眼鏡の子は、時々どこか寂しそうな顔で村正を見ていた。…三角関係なのかな。がんばれしょうちゃん?


かくして大盛り上がりだったカラオケだが、遅くなる前に帰らねばという事で声をかけて帰る事にする。リナも同じように、あまり遅くなるとあめりが心配するからという事で早くようだった。みると藤堂がこちらに向かってウインクしている。…わかってるって。

藤堂と福田は、家が近かったとの事で刷屋が送ってくれるそうで安心して帰ることが出来る。いい奴だな刷屋。

「カラオケ楽しかったねー」

リナと並んで帰り道を歩く。早めに参加したのでまだ19時前には帰れそうだな、なんて話をしながら歩いている。…そうだ、忘れる前に。

「あー、そうだリナ。良かったらメッセージ交換しないか」

そう言うと、「ふぇっ?!」と声を挙げつつビクッと飛び上がっている。

「あ…すまん、嫌だったら」

「いえ?!全然そんなことないしぃ?!むしろ知りたかったしぃ?そんな嫌なんてことないから、ぜ、ぜんぜん、そう!喋れる!送れる!エアリアル!はい、メッセージ交換!」

テンパっているのか、わたわたとスマホを出しつつそう言うリナはみていてなんだか可愛らしいなぁと思った。リナってこう…不意打ちされると可愛いところが表面に出てくる気がする。なんとなく、そういう所いいなぁと思う。

「は、はいこれ!メッセージのバーコード画面!」

そう言ってズイズイッと差し出されたスマホの画面を読み込み、お互いのメッセージ交換をする。これでメッセージを贈ったり、通話やスタンプを送れるようになる。

テストによろしく、と送ると、すぐに既読がついて「よろしく!」というぷいきゃーのスタンプが返ってきた。送った後で「あっ…!」と恥ずかしそうな顔をしているリナ。

「あ、その、今のスタンプは家族で使ってるときとかに使っちゃって…ぷいきゃー、この歳で変、だよね…」

「いや?全然変じゃないだろ。人の好みも趣味も人それぞれなんだから、そこに変とかおかしいとかないと思うぞ。それに俺も何年か前までは妹に付き合ってぷいきゃー見てたしな」

そう言うと、スマホを胸元で抱きながら「…ホントそういう所だぞぉ」と恥ずかしそうにしているリナ。…よくわからんが何だろう。

「…ん。それじゃ行こっか♪送り狼にならないでよネ?」

そんな軽口を言いながら、さっきより軽く見える足取りで俺の少し先を歩いていくリナ。

「残念、ドライバーで変身できる方の灰色の狼だ」

「夢は無いけど夢を守る事は出来る狼さんなんだ。じゃあ私も守ってもらえるから安心だね」

多分な!と言って笑いながら、とりとめのない話をした。今日のサッカーの話だとか、中間テストもうすぐだねとか。あめりちゃんがよつばのクローバーを河川敷で見つけて喜んでいた話をしている時なんかは、凄く優しいお姉ちゃんの顔をしているの、リナは気づいてるのかな?


「おねえちゃんおかえり!わぁい、くろうおにいちゃんこんばんわぁ」

にこにこしながら喜んんでいるあめりちゃん。抱っこするときゃっきゃと喜ぶので、喜んでもらえて嬉しいしあと可愛くて癒される。

「ふふっ、九郎もお兄ちゃんって感じするよね」

「そりゃお兄ちゃんだからな」

ははは、と2人で顔を見合わせて笑った。

「――そだ、ご褒美の件はまた日にち決めようか」

「ああ、わかった」

そう言いながらあめりちゃんをゆっくり地面に下ろしてあげると、「なぁになぁに?なにするのー?」と興味津々な様子だった。

「今度、九郎お兄ちゃんも一緒にうちでホットケーキのパーティーをするの」

「わぁい!あめりほっとけーきだいすき!」

リナの言葉に、ぴょんぴょんとびはねてよろこぶあめりちゃん。ほっこりして、腰を落として頭を撫でる。

「くろうおにいちゃんのほっとけーきはあめりがやいてあげるね!」

それは楽しみだなぁ、と思わず笑みがこぼれた。

そんなリナとあめりちゃんに手を振りつつ、俺は家に帰った。


ちなみに次の日起きたら全身が死ぬほど痛かった。

ダヨネー。筋肉痛というか身体のダメージがつらい。

教室に入ると、「おはよー!」と挨拶をしてくれるリナ。…と、今日は少し雰囲気が違った。

「判官おはよう!」「昨日はおつかれー」、とそんな風に、俺の姿を見たクラスの皆がそれぞれに挨拶をしてくれた。皆に同じようにおはようと返していくと、俺の席の傍に藤堂と福田がいた。

「はよ、判官。任務の進捗は?」

「イエスマム、完了であります」

そんなやり取りに満足そうな顔をしているのは藤堂。

「おはろーQちゃん、にゃんぱすー」

手をひらひらさせる福田にもおはよう、と挨拶を返す。

「…ん?」

何か視線を感じるので見ると、佳織がこちらを…正確には俺と、藤堂と、福田の3人をみていた。

「…チッ」

佳織が舌打ちをしているのが見えた。

「…ごめん判官。あんたまで飛び火した、かも」

「元から俺にはあんな感じだ。気にするな…歌は気にするなぐらい気にしなくていいぞ」

「メダル3枚いれなきゃ」

俺の軽口にははは、と笑い気が楽になったのか表情が柔らかくなった藤堂。

そもそも藤堂と福田の2人が佳織に文句を言われる筋合いもないだろう、と思う。

そう思ってちらり、と様子をうかがっていると、よく見れば佳織の周りにいる男女は、昨日から減っていた。特に運動部の男子は佳織の周りからいなくなり、陽キャ組だけが残っている。その陽キャ組も、仲の良い女子がいるから、とか雰囲気で一緒にいるような、どこかぎくしゃくしたようななんともいえない雰囲気を感じる。それぞれの会話もどこかよそよそしい、昨日の朝とは打って変わった雰囲気だ。

「…あの後、少しいたけど佳織イライラしっぱなしだったみたいで、早くに帰っちゃったんだって」

ぼそり、と藤堂が教えてくれた。

あの後、というのはカラオケでコップが割れた音で俺と藤堂が部屋に入ったときのやりとりの事だろう。…何やってんだよ佳織。


家に帰ったが今日は両親の帰りが遅く、観月は早織ちゃんと映画を見に行っているのでいない。中間テストも近くなったのでしっかり勉強をしないとな…と机に向かう。

それから30分ほど勉強をしていただろうか?隣の家―――佳織の部屋の電気がついた。

俺と佳織の部屋は、それぞれが二階で向かいあるようになっている。だからお互いの部屋の電気がつけば気づいてしまうのだ。

「へぇ、ここが佳織の部屋か、綺麗にしてるじゃん」

「えへへっ、いらっしゃい羽目田先輩!あ、ベッドに座っててください」

佳織の部屋から佳織と羽目田――あのヒョロい男だろう―――の声が聞こえた。

「おっと何か蹴っちまった。なんだこのゴミ袋」

「あー…元カレ?みたいな幼馴染?のだっさい男がくれたプレゼントとか、写真とかですよ。つまんないものとしょうもない思い出なんて、もういらないなって」

「ほーん?どれどれ…なんだこれチュパカブラのぬいぐるみか?…うわなんだこのペンダントやっすい作り。ふーん、ここら辺は写真か。なんだ佳織、中学の頃は随分芋みたいだんだ」

そんな2人の笑い声や嘲るような声が窓超しに聞こえてきた。チュパカブラのぬいぐるみは小学生の頃佳織が欲しがっていたで誕生日プレゼントにあげたものだ。ペンダント…は去年の佳織の誕生日にプレゼントしたものだろう。佳織の好きなシマエナガをデザインしたペンダントトップのものを贈ったから。

「俺ならもっといいものプレゼントしてたのになぁ」

「わーい、来年から楽しみにしてますね♪」

そういう羽目田の言葉と、嬉しそうな佳織の声が聞こえる。

…そんな言葉にやるせない気持ちになる。

俺と佳織は終わった事、と納得はしているし、思い出は思い出として切り替えていく心づもりではいたが―――それまでの思い出を全部否定するような言葉に心を抉られるように感じた。

「で、これどうするんだい?」

「え~、そんなの捨てるに決まってるじゃないですか、邪魔だし」

そういって笑う佳織の声が、知らない誰かのように聞こえる。

…こんな状態で勉強なんてできないな。

出かけよう、と思ったところで、「あっ…」という佳織の声が聞こえた。

艶やかな声。「あ、ん…ちょ、先輩…隣電気ついてた…九郎(あいつ)いるかも…」という佳織の言葉を、「なんだ、聞かせてやればいいだろ」と言いながら下卑た笑い声をあげる羽目田。

…もういい、わざわざ相手する必要もない。

バッグに勉強道具と筆記用具を詰め込み、部屋の電気を消して部屋を後にする。

「はははっ、電気が消えた。負け犬が逃げていったぞ」

そんな羽目田の不快な声を背に、俺は手早く家を出る。

―――本当に、変わっちまったんだな佳織、と。

溜息と共にそんな事を思いながら。


とはいえ家を出たところで外で勉強するには少しまだ夕方は寒い。

ファミレスか、コーヒーショップにでも行くか…と思いながら道を歩いていると、声をかけられた。

「やっはろー九郎君。元気?…ってどうしたのその顔」

仁奈さんだった。大学の帰りなのか、鞄を持ちながらてをあげていた…だが、俺の顔を見て驚いている様子だ。

「何かあったの?凄い顔してるよ。しんどい?…お姉さん話聞くね?」

そう言って俺の手を引く仁奈さん。

「あ、えっと…」

「とりま、ナイチンゲール(ウチ)いこっか」

俺も何か言葉を返そうとしたが、仁奈さんは構わずグイグイと俺の手を引っ張っていく。

道中何かを話そうとしたが、「後で聞くからいーからいまは黙って心休めときなよ」と言われ、有無を言わせられないまま俺はナイチンゲールに連れて行かれた。

「今日は休みでお父さんもでかけてるけどね、私は鍵があるから」

そう言って鍵をあけて店に入る。明かりのついていなかった店内は薄暗いが、コーヒーのいい匂いがしてなんだか落ち着いた。

「それじゃそこにかけてて。ブラックでいい?」

そういって仁奈さんがにっこり笑った。

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